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エピソード10「決戦前夜」

 朝谷(あさや)の豪邸からは月夜が一層美しく見えた。

 山村翔(やまむらしょう)は縁側に佇む。その隣に紺のワンピースの少女は座った。


「翔君、眠らないの?」


 (かなで)が問いかける。彼は瞼をこする。


「ああ、ちょっと仮眠した方がいいか。奏も寝ないか」

「私はいい。ダーリンが他の女に取られないか心配だし」

(ひびき)さんと(つばさ)のことを言っているのか? あのなぁ……」


 奏の嫉妬深さにはついていけない山村翔であった。彼女の思うような過ちはないと彼は信じている。


「それにずっと起きてることはわけないわ。48時間くらいなら」

「へーすごいんだな奏は」

「褒めてくれてありがとう翔君。でもこんなの暗殺者として仕込まれたことだから」

「そうか……大変だな」


 山村翔は改めて奏を見る。かなりの美少女だ。しかしどこか存在感が薄く、この夜にも溶け込んでいる。暗殺家業を継ぐ者故か。彼はこの少女がどこか寂しさを抱えているような気がした。


「ときどき私達は住む世界が違うんじゃないかって考えるの……それでもどうしても私、翔君の傍にいたくて……」


 奏は彼の腕を手繰り寄せて密着する。美少女に言い寄られるのは何と嬉しいシチュエーションだろうか。もし彼女に刺されたことなどなければ山村翔も素直に喜んだことだろう。

 だが多少慣れたとはいえこのヤンデレから恐怖を感じずにはいられなかった。


「俺、ちょっと寝てくるよ……」


 なので山村翔は理由づけて奏から離れようとする。


「うん、おやすみダーリン」


 と言いながらも離れない気配を見せる奏であった。

 その様子を陰から朝谷翼が伺っていた。すると姉の朝谷響に声を掛けられる。


「翼ちゃん」

「うわ、姉さん!? 驚かさないでよ」

「ふふ、山村翔君のことが好きなのね」


 一体何をと朝谷翼は顔を赤くする。それを図星だと姉は笑う。


「違う、あいつはただの同級生ってだけだし、馬鹿だし、髪型変だし」

「ふーん、怪しいわよ翼ちゃん」

「それより姉さん、本気で鬼抜隊と戦うの?」


 明らかな話題逸らしだが朝谷響は乗る。


「ええ、暁海町の治安を守るのも私達の務めよ」

「だからって姉さん自ら行くことないのに……」

「本当に心配性ね翼ちゃんは」

「心配もする! たった一人の家族なんだから」

「あはは、そうだったわね」


 朝谷響は妹の頭を撫でる。子供じゃないんだからと朝谷翼は拒絶しようとするが、結局なすがままに身を任せた。


「せめて姉さんと別行動じゃなければ……」

「あなたにはあなたの役目があるのよ。わかってるでしょ」

「自分のできることをする、でしょ」

「そう」

「姉さん」


 突然朝谷翼は姉に抱き着く。


「あらあら翼ちゃん」

「ごめん、しばらくこうさせて」


 朝谷響も自分の唯一の肉親を抱き留めた。

 一方その頃暁海町湾岸地区では夜も眠らないパーティータイムであった。

 煌びやかなネオンに彩られた巨大なクラブ「ファンキーヘブン」にはこの世の欲望が満ち満ちていた。

 バニーガールたちが手招き人々は駆けごとに興じる。一大カジノクラブである。あるいはバーの酒に溺れるか。フロアの熱狂に酔いしれるか。

 パフォーマー達が次々と現れてはヒップホップやダンスを披露する。その内の一人に鬼抜隊伊勢島利影(いせじまとしかげ)もいた。彼は自慢のラップでフロアを盛り上げる。

 それを二階席から眺めている黒いトレンチコートの美青年がいた。傍らには厳めしい巨漢もいる。小田巻聖剣(おだまきせいけん)藤堂虎太郎(とうどうとらたろう)である。

 ここは彼ら鬼抜隊の城だった。

 金と暴力で手に入れた理想郷。それもまだ建設途中である。小田巻聖剣は各界の要人がこのカジノに来訪しているのを見下ろしながら、より巨大な夢を描いていた。

 とすると着飾った美女が小田巻聖剣に近づいて、囁いた。


「ネズミが一匹、紛れ込んだそうよ」

「そうか……」


 小田巻聖剣は目をギラつかせる。この表情が阿刀田冷子(あとうだれいこ)は好きだった。だから彼の傍による。


「始末しようかしら、聖剣」

「いや、俺も行こう」


 フロアの熱狂も見飽きたかのように、腕を回す小田巻聖剣。それでこそ隊長だと阿刀田冷子は喜んだ。藤堂虎太郎は寡黙で何を考えているか表情からは読み取れないが、小田巻聖剣に忠実にその後をついていく。

 彼らはまだ骨組みだけの二号店に移動した。すると下の階に闇夜に紛れて一人の男が立っているのを認めた。

 黒いスーツをびしっと決めている長身の青年。その顔は朝谷家の従者風見凪(かざみなぎ)であった。

 小田巻聖剣は前髪を手で弄りながら見下ろした。


「近々朝谷組がうちと事を構えると聞いたが、まさかお前一人なのか?」

「藤堂虎太郎、阿刀田冷子、そして小田巻聖剣だな? 後の二人はどうした」

「朝谷組では質問を質問で返す教育をしているのか?」

「私一人で十分だ」


 風見凪はきっぱりと言った。ほう、と小田巻聖剣は腕を組む。


「面白い。俺が相手になろう。誰も手を出すな」

「オーケー聖剣」


 藤堂虎太郎も無言で頷く。小田巻聖剣は手すりから飛び降りて風見凪と同じ地面に着地した。


「来るがいい。蛮勇の無謀者」

「後悔するなよ小田巻聖剣」

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