エピソード1「最悪の告白」
人を寄せ付けない山村翔がラブレターをもらうなど前代未聞であった。
彼は今時リーゼントヘアーの17歳高校生である。不良だからというわけではない。ただ彼の好きな漫画の主人公がリーゼントで恰好良いから真似しているだけだ。中学時代から。その結果他者から敬遠されるようになったがどうでもよかった。同じ漫画好きとSNSで繋がっているから学校に友達一人いなくても寂しいという感情に苛まれることもなかった。
ただ彼は焦っていた。この見た目のせいか突っ張っていると思われることが多い。実際彼のヘアースタイルを貫く精神はツッパリかもしれないが、客観的に見て山村翔という人間は無遅刻無欠席の真面目学生である。なのに恐れられるし、不良学生に絡まれる。この時も「放課後校舎裏で待っています」という文面に戦々恐々としていた。明らかに女子の可愛らしい筆跡なのに果たし状だと思い込んでいた。まさかタイマンで、とは言わないだろうな? 決闘罪で捕まるなんてなったらどうしようと彼は焦っていた。なんとか相手を優しく言いくるめて事態を回避しようという算段ばかりしていた。
ともかく彼は校舎裏に向かっていた。無視すればいいものを、真面目学生である。
すると女子が一人で待っていた。場所を間違えたか、と彼は冷や汗をかいた。しかし女子は山村翔の特徴的な姿を見かけるなり、走り寄ってきた。
背が低いのに対し長い黒髪で市松人形を思わせる少女だった。顔は整っていてかなりの美少女、これなら校内で知らない者はいなさそうなものだ。しかし山村翔には全く見覚えがなかった。彼があまりに他の人間に興味がないせいもあるが、足音一つ立てないで接近する彼女の方もどこか存在感が薄かった。忍者の末裔かな、などと彼は暢気に思った。
「翔君、手紙読んでくれたんだね。来てくれて本当に嬉しい」
「あんただったのか。良かった……」
山村翔はハッキリ言って馬鹿な男子なので思ったことをそのまま口にする。果し合いじゃなくて良かった。それで事態をよく理解してはいないのだ。
「良かったなんて……やっぱり私達、両想いなんだね……」
「ええと、誰だっけ。俺のことは知ってるみたいだけど」
「二年の浪川奏です。今日から山村奏になります。奏、と呼び捨てにしていいからね」
「違うクラスか? ええと、今なんて言った」
「奏って呼んで、ダーリン」
「その前」
「翔君、好きです。私と付き合ってください」
「ん……」
なんということだ。愛の告白を受けて山村翔は固まった。勿論女子にモテたことなんて一度もない。免疫がないあまり、突拍子もない呻き声を上げた。
「へぇあっ!? 俺のこと、好きって、冗談かな?」
「私はいつでも本気です。あなたを愛するために生まれてきたんですもの」
「でも俺は奏のことよく知らんし……うーん……」
「私は翔君のこと知ってるよ。山村太郎さんと山村光子さんの間に生まれて好きな料理はハンバーグ、ツイッターのアカウント名はsyo0268、この前新しい自転車を買ったけど本当はバイクに乗りたいんだよね。私が今度プレゼントしてあげるね」
「おい……なんでそんなこと知ってるんだよ……」
「だって翔君のことが好きで好きで……好きすぎてたまらないの。私の細胞一つ一つが、あなたを求めて叫んでる。あなたの血液を私の血液に取り込みたい。あなたの肉と混ざり合いたい!」
そう言って奏がどこからともなくナイフを取り出したのを見て、流石の山村翔もヤバイ案件だと思い至った。彼女はストーカーの類で恐るべきヤンデレというやつだ。現実にこんな人間がいるのか? しかしギラギラ光る銀色の刃が一刻の猶予もないのを教えてくれる。
奏は頬を紅潮させながら恍惚として山村翔を刺した。急所、心臓ど真ん中を。そして突き抜けた。
「翔君!?」
少女の腕はリーゼントの少年に吸い込まれていた。これにはさしもの奏も驚いた顔をする。手応えがまるでない。暖簾に腕押しとはこのことか。
人体の60パーセントが水分と言われている。しかし山村翔は100パーセント水だった。固体から液体へと変化する体質の水人間! 現実にこんな人間がいるのか? しかし彼は突っ立って息をしていた。
「お、俺はこの辺で……」
バツ悪そうに山村翔は逃げ出す。決して振り返らず脱兎の如く。その背中を見送る奏はうっとりして我を忘れる。
やがて奏は濡れた右腕に舌を付けて、水滴を舐めとった。
「翔君、素敵すぎる……」
この出会いがとある港町での異能力者の大抗争を招くとは、二人とも夢にも思わなかった。
新連載です。よろしくお願いします。