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23 おっさん、悪魔の囁きを聞く

「お帰りなさいませ、英二様」


 お袋から割り振られた部屋で綾華は満面の笑みで出迎えてくれた。

 自分の実家の客室でお帰りなさいと言われるのも変な気がするが。

 一週間も綾華と同じ部屋なわけだが本当に綾華は良いのだろうか。


「とりあえず、一週間も俺と同じ部屋な訳だけど本当にいいの?」

「もちろんですわ、わたくし夢のようですの。まるで夢が叶ったようですわ」

「えぇと、一応俺も男なんだけど?」

「はい、英二様は素敵な殿方でございますわ」


 ……うん、この子には俺が何が言いたいか伝わっていない。

 純粋培養なお嬢様だからなのか、同じ部屋に男女が一緒にいるという危険性が分かっていないな。

 綾華はニコニコしながら俺が持っていたコートを受け取り、クローゼットにかけてくれた。


 既に沸かしてくれていたのだろう、ポットの白湯(さゆ)急須(きゅうす)に注ぎ温かいお茶を用意してくれた。

 暖房は効いているが体の芯を早く温めるには温かいお茶がありがたい。


「ありがとう、お茶美味い」


 実家のお茶ではあるのだが、温泉旅館だけに地元の高級茶を使っている。

 高級茶も淹れ方次第では渋くなってしまうのだが、茶道を嗜んでいる綾華は急須での淹れ方も分かっているようだ。

 俺の言葉に綾華は微笑みながら、隣に座ってきた。

 この前のように身体を預けてはこないが距離が近い。


「一週間、何して過ごす? 俺は親父たちを手伝うつもりで来たけど」

「わたくしも何かお手伝い出来ることがあれば良いのですが」


 そういや、綾華の出来ることってなんなんだろう。

 旅館業務は体力業務だ。炊事・洗濯・掃除に配膳業務。

 受付や経理の仕事もあるが、綾華が受付をしたら場違い感丸出しだし経理を他人に任すなんてあり得ない。


「そうだな、何かあったら頼むと思うから」

「かしこまりました。それまでは英二様の身の回りのお世話をさせていただきますわ」

「あ、うん。別に特にやることないと思うけど頼むね」

「先ほど、この部屋を一通り確認させていただきましたが、良い部屋ですわ。くつろげますもの」


 綾華は何故か顔を赤くし俯いてしまった。特に落ち込んだとか泣いているという風でもない。

 ヒザの間で指を絡ませ、心なしか身体をもじもじさせている。トイレか?


「どうした、綾華?」

「あの、その……」

「うん?」

「こういうのって、夫婦みたいですわね」


 ……もはや何も言うまい。綾華はクビまで真っ赤にして顔を手で覆ってしまった。

 今の綾華は防寒着を脱いでいるため、四条家で見るお洒落な私服だ。

 髪の毛を後ろで束ねて横に流しているため、今の俺の位置からだと綾華のうなじが良く見える。


 桜色に染まったうなじは妙に可愛すぎ、思わず綾華の頭を撫でたくなったが、この密室で撫でたらブレーキが利かなくなりそうなので我慢した。


「そういや、そろそろ夕飯だな。せっかくだし、食堂に行くか? それとも、持ってきてもらう?」

「今日はこの部屋でいただきたく存じます」

「じゃあ、持ってきてもらおうか」


 俺が内線でフロントにかけると亜紀が出た。

 姉貴いわく、年末年始はバイトを兼ねて亜紀が受付担当らしい。


「亜紀か? 悪いけど晩飯は部屋に頼むわ」

「はぁーい、分かったよ叔父さん。なんなら精の付く物でも特別に混ぜちゃおうか?」

「ば、お前なぁ! どこでそんな事を覚えたんだ」

「えー、今時の女子高生なら当たり前だよ?」

「いいから、飯は俺の部屋な!」

「叔父さんとぉ綾華さんの『あ・い・の・巣』にね?」


 口じゃ勝てないので乱暴に受話器を切った。

 昔はもっと可愛げのある姪だったのに、なんか若い頃の姉さんに似てきてるな。

 振り返ると綾華が少し舟を漕いでいた。朝食後に四条家を出て強行スケジュールでの今である。

 お嬢様の綾華にはハードな一日だったろう。隣に腰を下ろし、そっと話しかけた。


「ごめん綾華、疲れたよな。少し休んでていいぞ」

「英二様がお休みにならないのに、わたくしが先に休むわけにはいきませんわ」

「綾華は俺の召使でも秘書でもないんだし無理しないでいいって。体力的にも俺の方が上だし。俺は実家で気が楽だけど、綾華は違うだろ? 何気なく装ってても緊張しているのは分かるんだから」

「……英二様、やっぱりお優しいですわ。でも、やはりわたくしだけ休むのは」


 ホント今どき珍しい大和撫子だよこの子。どうにか休ませてあげれないだろうか。

 あぁ、そうか。俺が休まないのがいけないなら、こうすりゃいいんだ。


「よし、綾華、風呂に入ろう」

「は、はい!?」


 途端に顔を真っ赤にして動きがカチコチになる綾華。

 何か喋ろうにもうまく言葉が出てこないようだ。


「どうした? 風呂に行くぞ。俺も入るから綾華も入ればくつろげるだろ?」

「お、お風呂でございますか? その、あの、嬉しいのですが、一緒にでございますか。嫌ではないのですが」

「うん、行くぞ大浴場。ウチの温泉は気持ちいいぞ」

「あ、大浴場の温泉。そうでございますわよね。今すぐ用意いたしますのでお待ちくださいませ」


 何故か、肩を落とし様な安心したような感じでそそくさと準備しつつ「そう、大浴場ですわよね」とボソボソと喋る綾華。


 俺はそんなに変なことを言っただろうか?


 棚から二人分の浴衣を出し綾華に手渡す。浴衣のサイズは綾華に合う感じの小さめのものがあった。

 多分、お袋が部屋割りの際に事前に変えてくれたのだろう。


 若干、赤らみの残る綾華と一緒に大浴場に向かい、先に出た方は部屋で待つと約束し男湯と女湯の暖簾の前で別れた。

 大浴場に入ると何人か先客がいた。先に身体を洗い、大浴場の外側に設置されている露天風呂で懐かしい温泉の臭いと景色に癒されていると聞きなれた声が耳に入ってきた。


「いよぉ、英二じゃないか。今年は帰って来たのか?」

「良太!? なんで、お前がここに居んの?」

「前に言ったろうが、俺は長期休暇の度に里帰りして、温泉(ここ)に入りに来てるの」


 あぁ、前の飲みの時にそう言ってたような。


「そうだったな、俺は親父の体調が良くないって聞いて飛んで帰って来たんだ」

「何、おやっさんの体調悪いの?」

「いや、ただのギックリ腰だったんだってさ。昨日治ったって」

「なんだ、良かった。前、会った時にお前のクビの事を伝えたら元気に怒ってたから」

「あー! 教えたのはお前だったのか。そのおかげで、今日、出合い頭に一発殴られたんだぞ」


 恨めしい目で良太を見たが涼しい顔で流されたが、さらに愚痴を言うのはやめておいた。

 せっかくの親友との温泉だし愚痴で浸かるのは勿体ない。

 子供の頃は良太とよく二人でここで浸かった。

 この景色を眺めながら色々と語り合いふざけたもんだ。

 懐かしさに思いを馳せていると良太が思い出したように言ってきた。


「そういや、お前がこっちに帰って来ていると、向こうで綾華ちゃん寂しがってんじゃないのか?」

「あぁ、俺に付いてきた」

「はぁ? 実家(ここ)に?」

「うん、おかげで姉貴からも一発貰う羽目になった。ついでに部屋も一緒にされて困ってる」


 最初は唖然とした顔だったが、次第に良太は爆笑し腹を抱えて笑い出す。

 仏頂面の俺の背中をビシバシ叩き、目に涙を浮かべていた。


「良太、痛いって。裸の背中に平手打ちは痛いって!」

「ワリいワリい。今年一の爆笑もんだったから。にしても良かったじゃんお前」

「何が?」

「これでようやく童貞卒業出来るだろ?」

「ぶ!? 無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い無い! 絶対ない!」

「……お前、どんだけヘタレだよ。せっかく、お袋さんが万全のセッティングをこしらえてくれたのに」


 いやいやいや、どんなにお膳立てをされても手を出せるわけなかろうに。

 明らかに淫行条例案件ですよ。第一、四条総裁からも俺を信頼しているって念を押されてるのに


「つか、綾華ちゃんがいるのに、わざわざ大浴場(こっち)に入りに来たの?」

「うん、当り前だろ」

「ハァァァァァァァァァ……、馬鹿だなぁお前。なんで部屋付きの露天風呂を使わないんだよ」

「いや、あれってカップル用だし」

「ヘタレ。アンポンタン。熟成童貞。普通、男女が一つの部屋って言ったら部屋付きのだろ。綾華ちゃんもそっちを期待しているんじゃないのか?」

「いや、綾華に限ってそんなことないだろ」


 と、言ったけど部屋で綾華が一通り部屋の中を確認したと言っていたな。

 それに、風呂に入ろうと言った時の綾華のあの反応。


 あぁ、なるほど、そりゃ赤面するか……しくじった。


「馬鹿だなぁ。綾華ちゃんだって年頃の女の子だぞ。お前、四条家のお嬢様だってことで変に美化してないか? どんなに純粋培養に育てようとも、情報過多なインターネット時代なんだし、お嬢様同士の日常生活にそっち系の話題が出てても不思議じゃないだろ。お嬢様校も純粋培養な子ばかりじゃないだろ」

「いや、否定は出来んけどさ」


 確かに美化しているかもしれない。四条家や学内の綾華を見てれば誰でもそうなるだろう。

 でも、二人で一緒の部屋であることを無邪気に喜んでいる綾華に限って、男女の何たるかを知っているなんて想像がつかない。


「だとしてもだなぁ……」

「はぁ……、冤罪以来のお前のヘタレっぷりは筋金入だからな。昔なら真っ先に飛びついてたろうが」

「昔は俺も若かったし、同世代同士でなら何の問題もないじゃん。綾華は十六歳だぞ?」

「だから?」

「倫理的にダメじゃん」

「お互い好き同士なら問題だろ」

「いや、向こうの親御さんに悪いじゃん」

「そんなもん、お互いが黙ってれば問題ないだろ」

「発覚したら淫行で捕まるじゃん」

「それもお互いが黙ってれば問題ないだろ。てか、発覚しても綾華ちゃんの親が揉み消すだろ」


 ああ言えばこう言う、悪魔の囁きが凄い。

 俺が理性を総動員して我慢しようと思っているのに。


「まあ、お前がどんだけ理性で抑えようとしても、童貞がどこまで我慢できるか見ものだな」

「どういう事だよ?」

「だって、お前さ、まだ家族以外の女性と布団を並べて寝たことないだろ?」

「う……」

「しかも、相手は美少女。浴衣の似合う和風美人。風呂上がりの艶っぽい姿。ご飯を食べて体力万全。暗がりでも分かる綾華ちゃんの寝息と甘い匂い。お前、我慢できんの?」


 ……出来ないかも知れません。

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