死装束は美しく
あなたが最後にくれた花の意味を私は未だに知らないの。
花に詳しい友人は意味を調べないほうがいいって言うの。
でも私にはわかるのよ。あなたの思い、あなたの気持ち。
そう、きっとこれがあなたの愛。
私はパソコンの画面から目を離すとため息を一つ吐く。そして背後にあるベッドを振り返ると、そこで寝そべるクライエントと目が合う。
彼女は白い薄手のワンピースを身に纏っているだけで、見てるこちらが寒くなりそうだ。そんな彼女に声をかける私は半ば呆れ声。
「そんな格好で寒くないの?」
「別にいいじゃない。どうせ血の代わりに花びらをばら撒くんでしょう? 少しくらい寒いほうが、肌が白くなって綺麗だと思うの」
個人的には不規則に飛び散る血飛沫のほうが好みなのだけれど、これが彼女の要望なのだから仕方がない。
「まぁいいわ。それより、こんな感じでいいのかしら?」
私は身体を正面に向き直すことで、暗にパソコンの画面を見てほしい。と示す。
「見せて」
私の肩越しに画面を覗き見る彼女は、真剣な眼差しで一字一句間違いがないか確かめているようだ。そして口元にゆっくりと笑みを浮かべると嬉しそうな顔でこちらを向く。
「なかなかいい感じね。でも一つだけ付け足してほしい言葉があるのよ」
「何を付け足すのかしら?」
彼女は笑みを浮かべたままの唇を私の耳元へと寄せる、囁かれたのは不快な言葉。
「ええ、わかったわ」
私はキーボードに手を伸ばし、手早く言葉を付け足していく。
――あぁ、これだから愛だの恋だのは嫌いなんだ……。
頭痛がしてくるのは、不快な言葉を聞いたせいか。それとも部屋中に充満している、甘ったるい香りのせいか。
香りは室内に大量に置いてある花から漂ってくる。これが何の花なのかは私は知らない、彼女が全て用意したからだ。
――それにしても、この花。
「随分と甘い香りがするのね、珍しいものなのかしら? 花の形はコスモスみたいだけれど、色はピンクじゃなくて濃い赤……」
彼女はたくさんの花の中から一輪を手に取り、嬉しそうにそれでいて寂しそうに話す。
「この花はね、チョコレートコスモスって言うのよ。彼が私にしてくれた、最後のプレゼント」
「プレゼント、ね。もしかして私に打たせた花って?」
私の問いかけに彼女は首を縦に振る。
「その彼は、どうしてあなたにこの花を送ったのかしらね?」
「知らないわ」
――嘘、本当は知ってるくせに。即答したのは、嫌なことから目を背けたいから。言いたくないのは、言ったら認めてしまうようで怖いから。
壁にかかっている時計をふと見ると、深夜十二時を指している。
「そろそろ時間ね」
私の言葉に彼女はその身を僅かに強張らせる。
「もしかして、今さら死ぬのが怖くなった? あなたの彼への思いっていうのも大したことなかったのね」
わざと煽るようなことを言うのは、一度決めた『死ぬ』という決心を鈍らせないため。
「そんなことないわ。彼に私という存在を刻み付けるためだもの。私が死んだら、後のことは分かってるでしょうね?」
――ほぅら、引っ掛かった。
私は口元が緩みそうになるのをこらえながら、これからの計画についての確認をする。
「分かっているわよ。この花や毟った花びらを、あなたの身体とその周りにばら撒く。お金が振り込まれていることは確認済みだから、その金額に見合うくらいの働きはするわ」
「そう、安心したわ。……ところで、私はどうやって死ぬの?」
彼女はほっと胸を撫で下ろすと、私を見つめて自分の死に方を聞いてきた。
「まずは睡眠薬を飲んでもらうわ。かなり強力なものだから、すぐに効果が表れるはずよ。そしてあなたが眠りについたことを確認して、私が注射器を使って体内に毒物を入れる」
道具を見せながらの説明が終わると彼女は少し考えているようだ。まさか死ぬのをやめるとか言い出すのでは、と思ったが。
「とてもいい方法ね。私は寝ているだけでいい、それに身体に傷が付くことがない。素晴らしいわ」
彼女は嬉しそうに微笑んで、私から睡眠薬を受け取り一錠ずつ飲んでいく。そして全て飲み終えると、身体をベッドへ横たえお腹の辺りで手を組んだ。
五分ほど経ったころ、私は彼女が眠っていることを確認する。どうやら深い眠りについているようで、起きる気配どころか寝返りさえも打たない。安らかに眠っているのだ、それこそ死んだように。
「もういいかもね」
私は注射器の中を毒薬で満たす。そして彼女の血管に針を刺し、ゆっくりと体内に注入していく。彼女は少し苦しそうに小さく呻いたが、それも間もなく聞こえなくなった。
「あーぁ、死んじゃった。男に捨てられたくらいで死ぬなんて、バッカじゃないの? そんなんだから、捨てられたんじゃない?」
彼女。いやクライエントが死んだ今、私は仕事用の仮面を脱ぎ捨てる。
「ま、これも『お仕事』だしー? お金も貰ってるしー? ちゃーんと、お花をばら撒いてってあげる」
私はクライエントの周りを花で飾り終えると、パソコンの画面を一瞥する。
「まったくもう、ばかみたい」
そこには私が打った、クライエントの思いがあった。
あなたが最後にくれた花の意味を私は未だに知らないの。
花に詳しい友人は意味を調べないほうがいいって言うの。
でも私にはわかるのよ。あなたの思い、あなたの気持ち。
そう、きっとこれがあなたの愛。
それでもあなたを愛してたのに。
チョコレートコスモス:恋の終わり・移り変わらぬ気持ち