相性診断アプリ
「やっと期末テストが終わったな。出来どうだった?」
友人Aにそう聞かれ、俺はスマホで今話題の言葉を見ながら答える。友人Aはクラスの中でも仲の良い存在だ。
「全く。赤点候補筆頭だわ。まあ、留年しなければ良いんだよ」
友人Aは俺もだわーと言いながら、試験中に電源を落としていた携帯の電源ボタンを長押しし命を吹き込む。
「そういや最近、面白いアプリ出たんだってよ」
「へぇ、どんなアプリなんだ?」
俺はゲームアプリのログインボーナスを受け取るのを忘れていたのを思い出し、アプリケーションを起動しながら脊髄を介さず反射的に質問した。
「異性の芸能人の写真が2枚ずつ出てきて、好みの顔の写真を選ぶんだよ。それを続ければ続けるほど、自分の好みがより詳しくわかるんだってよ。なんか人工知能かなんかが集めたデータで大体のことがわかるんだってさ。
例えば、あなたが好きなのはアイドルグループの誰それだとか。それが意外と当たるんだってよ」
「ふーん」
今日のボーナスでガチャ一回分が貯まり、良いキャラが当たらないと思いつつ引く。
案の定、良いキャラは当たらなかった。そのせいか、そのゲームのダンジョンに潜る気が失せ、友人Aの顔を見て話を聞くことにした。とは言え、友人Aもこちらを見ていないようで、シンプルな赤色のカバーで覆われたスマホを操作していた。
「それがさ、それだけじゃないんだって。相性診断もできるんだってよ」
「それは、どういうことだ?」
俺にとって少しだけ興味がある話だった。
「例えば付き合ってる彼女の顔を読み取ると、どれだけ自分の好みに近いかわかるんだってよ」
「なんかおかしなアプリだな」
俺は家に帰ってから、そのアプリについて調べた。
評価は3.8。本当に自分好みの人が当たっていると噂らしい。最頻値が5であることからも、信頼に足るアプリであると予想できる。
「まぁ、暇だし入れてみるか」
実際に試してみると、友人Aが言う通りに二枚の写真が画面に浮かび上がる。その写真には女性が二人いた。片方は長い黒髪で清楚そうな人だった。もう一方は金髪ショートで、休みの日には都会の街に出たり、夏休みには外でバーベキューをしていたりしそうな女性だった。俺は明るい方ではない人間だと自覚しているので、清楚そうな黒髪の女性を選ぶ。
次は黒髪の女性でもロングとショートの女性が浮かんできた。俺はロングの女性を選ぶ。
その次は片方だけが髪が長い女性と耳にピアスをしている女性が出てくる。俺は前者を選んだ。
それからも質問がいくつかあったが、どんどん微妙な違いになっていった。
そして、最後に出てきたのは一枚の写真と、その人物の名前が出てきていた。その女性は長い黒髪の女性で、まつ毛が長く、ほんの少しだけふっくらした顔立ちだった。見るからに優しそうな顔だった。彼女はアイドルらしく、俺は知らない人だったが確かに好みだった。
「へぇ、凄えなこれ。結構当たるもんじゃん」
それから二週間後。テストが返却され、赤点をギリギリ回避し安堵していた時だった。時期にしては異質の転入生だった。
「突然だが、新しくこのクラスに入ってくる生徒を紹介する。じゃあ、自己紹介をしてくれ」
俺にとっては名前は場面で形を変える記号そのものだった。今ネットでは大体の人が本名を使わず、自分の名前をもじったり、英語を使ったりしている。プライバシーの観点から、それを忌避している。今新入生の人は電子黒板の前で自己紹介をしているが、それは電脳世界では存在しない名前。今紹介しているのは現実世界の通し名。俺は二つも覚えるのは面倒なので、机の下でスマホを触って、名前を聞かなかった。とりあえず声で女性だと言うことはわかった。イントネーションは自分と違い、関西の雰囲気を漂わせていた。
最初の授業が終わった休憩から、新しいクラスメイトの周りをクラスの何人かが囲っていたのだろう。いつもより教室は騒がしかった。俺は通学鞄の中からイヤホンを取り出し、休憩が終わるまで音楽を聴くことにした。
帰りのホームルームの時間が終わった。ようやく転校生が来たという非日常な空間から抜け出せる。と思っていた矢先だった。件の転校生から話しかけられる。
「それ、今ネットで話題になってる飲み物やん! いちごミルク味の水とか興味あったんやけど、飲む機会なかったんよぉ。ちょっと貰っていい?」
初めての会話がこれだと聞いて信じられる人がいるだろうか。試験期間中勉強していない時に、ノックせずに自室に入られた気分だった。
「自分で買いなよ。ペットボトル一本も買えないぐらい、小遣いもらってないなら別だけど」
転校生の顔を見た。顔は一般的に見て可愛い顔だった。しかし、金髪でショート。少なくとも、俺の好みではない。
「初めて喋ったのに冷たいなぁ。ちょっとぐらいいいやろー?」
しかし、この女子は俺から目を離さない。ずっと目と目が合っていたため、その目がブラックホールに見え、何か吸い込まれそうな感じがして怖かった。と思っていたら、唐突に俺の手からペットボトルを盗み、俺が口をつけた奇妙な味の水を飲み始めた。
「あっ、飲む、な……って言ったのに」
言葉を出すのがあまりにも遅く、声を出した時には全てが終わっていた。
「結構変わった味やなぁ。でも、私は結構好き! また、自分で買って飲むわ!
ありがとうなー」
俺は飲まれたペットボトルを数秒間見ていた。自分が飲んだ時よりも、それほど量は減っていなかった。正直、あれほどデリカシーのない女子は初めてだったが、不思議とそこまで嫌な気分にはならなかった。
次の日、その転校生は俺の隣の席で、どの授業でもぐっすり寝ていた。授業が終わる度、俺のところまで歩いてきた。
「なぁなぁ。悪いんやけど、さっきの授業のノート見せてくれへん?」
「ぐっすり寝てたね」
「え、見たん? 忘れて忘れて! 寝顔見られるとか、恥ずかしいわ」
顔を真っ赤にしたのを隠すように、手で覆ったが、ピアスをしている耳が赤く染まっているのに気付いた。
「そこまで見てないよ。君の寝顔見るくらいなら、黒板見る方が幾分か有意義だよ」
俺はノートを渡しながら茶化すように言うと、その女子は口を強く結び怒った表情をした。
「むっ。ノートはありがたく受け取るけど、なんか気に食わんのよなぁ」
不機嫌な表情のまま席に戻り、
「あんた、めっちゃ字、綺麗やな。びっくりしたわ」
俺は褒められて、正直少し嬉しかった。
「都会に行こう!」
突然俺に向かって彼女は言い放った。
「京都へ行こうみたいに言わないで」
そう言うと彼女は笑った。
「あんた上手いな。関西で通用するんちゃう?」
「関東では通用しないのか」
「そんなことどうでもええの。行くの行かんの?」
「なんで俺なの? 他の男子の方がいいでしょ」
俺の見た目は地味だ。彼女に似合うような男子はクラスの中でもカーストの高い男子だと思う。
「確かにあんた静かで冷たいけど、面白いやん? 最初はつまらん奴かなと思ってたんやけど、なんだかんだ嫌がらんからかなぁ。よくわからんけど、あんたとおるの楽しいんよ」
俺も彼女といて別に嫌な気分は決してしなかった。
「なぁなぁ、最近流行ってる相性診断してみいひん?」
「別にいいけど」
「でも私、そのアプリ入れてないんよ。あんまりスマホの使い方わからんねんなぁ。そっちは入れてる?」
その言葉を聞いて、彼女が普段スマホを触っていないことに気が付いた。
「入ってるよ」
「じゃあ私の顔写してええよ。あっ、撮るのはNGね。流出禁止!」
彼女は手をクロスさせて俺の方に向ける。
「流出しても得はないし、流出したら逆に殺されそうだからやめておくよ」
「よー私のことわかってるやーん!」
その笑顔が怖かった。
「じゃあやるよ」
彼女にスマホのカメラを向ける。そうすると、彼女は笑顔を浮かべながらピースをしていた。写真を撮るわけでもないのに。
【あなたの好みとのマッチ率……32%】
数秒後に出た結果だった。俺はその結果を信じたくはなかった。
「……どう?」
「……微妙」
「そんなもんやんな。それに、結果が全てちゃうし」
俺はあまり良い気分にはならなかった。しかし、朝に何の気なしに見た星座占いを信じてしまうような気持ちになっていた。
「なぁなぁ、今から映画行かへん? 気になる映画あるんやけど、男子しか興味なさそうな映画なんよ」
タイトル名を聞いてみると、今話題のアクション映画だった。
「いいよ」
特に断る用事もなかったため、俺は付き添うことにした。しかし、あの結果が胸に残っていて良い気分ではなかった。
映画は勧善懲悪のテンプレートだったが、フルCGであり映像技術は凄まじいものだった。
「めっちゃリアルやったなぁ!」
「そうだね。髪の毛一本も作り込んでて凄かったよ。時間がゆっくりになる演出も良かったよ」
「……あんた、私が絡んでも断らへんし、好きやわぁ。
……うちら付き合ったら、案外良い関係になるかもなぁ。なんちゃって」
俺は彼女と接する時間が長くなっていたが、その表情は初めて見るものだった。頬がピンクに染まり、少し微笑んでいた。
俺は何故か言うつもりはなかったことを呟いていた。自分の墓まで持っていこうと思っていたことを。
「……それはないんじゃないかな」
「……なんでそんなこと言うの?」
急に標準語になった彼女の声色、視線は極寒の冬よりも冷たかった。言った後になって、俺は深く後悔し、そして後戻り出来ないことに気が付いた。無意識に歩いていたら、既に崖から落ちていた。
「……このアプリの結果、悪かったんだ。32%だってさ。君と遊ぶのは楽しいけど、いざ付き合うと合わないのかなって」
いつも星のように輝いている彼女の目が本物のブラックホールとなる。
「何? アプリの言うことが全部なの?」
「いや、そうじゃないけど。ネットの人は皆当たるって言ってる。だから、信じられないけど、信じてしまうんだよ」
「私はそんなもの信じない。確かにデータを集めたアプリが言うように、私とあんたは合ってないかもしれない。でも、でも、32%以上に仲良くなりたいと私は思う!
……そんな人だったんだ。もっと私のことをわかってくれてる、まともな人だと思ってたよ」
軽蔑の眼差しを向けられた。その目の下にはキラキラと輝く雫が浮かんでいるのが見えた。
俺は彼女と別れた後、どうやって家に帰ったか覚えていない。俺は自室に入るや否や、スマホの画面から相性診断のアプリケーションを削除した。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
後書きなので、真面目に書かせていただきます。
今の社会はエコーチェンバー(音が反響する部屋)またはフィルターバブル(泡のフィルターに覆われた状態)などと呼ばれています。それは自分が調べたいと思っている情報が検索エンジンを使用すると真っ先に出てくるため、自分の意見が返ってきやすいのです。そのような状況が続くと、いつかはネットに出てくる情報のみを信じてしまう危険性があります。主人公の「俺」が実際にそうなってしまった、社会によってそうならざるを得なかった人物です。
この作品を読んだ方には、この作品はこの社会で起こりうることだと思ってほしいので、後書きとして残させていただきます。