くぐれば天国。
暖簾は赤い
だからこそ潜る
景気よい摺り音
がらりと潜った門を皮切りに
我慢できない程の薫りが本能を燻った
何気無く 辺りを見渡せば
小鉢に舌鼓を打つ面々
口に含んだ矢先から
喉を通り過ぎる爽快感
漆色の御椀
小さすぎるのが ちょいと解せない
だが それが丁度良いのだ
空いた矢先 箸は摘まむ
重厚な色合いの机上に佇む
色とりどりの肴達
小鉢をつつき 追う酒よ
五臓六腑に染み渡る
観ているだけで 唾が鳴る
空いた席はないものか
腰を据えて いざ会食
眼に映る魚介類
先ずは一手に悩むのだが
淡泊な味わいを求めていた
とりあえず 生いっちょう
それは 邪道なり
温い茶で喉を湿らせる
脇に添えられたツメシボ
湯気が嬉しい
顔を撫でる濡れタオル
早々と袖に置き 店の主は腕を振るう
燦然と光輝く光り物
既に味付けされたようであり
私はおもむろにかぶりついた
潮騒の旋律が奏でる
辺りの騒々しさなど静まるほどに
噛み締める度に訪れる幸せ
さすれば 出番
注文するまでもなく傍らに聳えるは
渋く あつらわれた
さながら 鉄塔
肴をまだ口に含み
冷酒が放り込まれたのである
その後
珠玉の肴が 数々振る舞われた
お腹が朽ちた頃合いを見計らって
熱めの茶を馴染ませる
至福のひととき
「ごっそさん」
会計の紙を手にした時
あまりの仰々しさに
思わず 言葉を失ってしまった
うまい話には裏がある
財布と相談するも 足が出てしまった
しかし
それに勝るものもあった
頬を朱に染めつつも 平静を装う
決して 酔いは回っていない
いかんともしがたい現実
申し訳なさそうに 私は言った
「皿洗い、させて頂きます」
そのときは思いもよらなかったが
やがて実を結ぶなど とは
まだ 憂いを帯びない机を磨く
真似事ではあるだろう
私は勢いよく 発する
「らっしゃいませ!」
熟練な手付きではない
だが 御越し頂けた事が嬉しい
綻ぶ頬に 精一杯の感謝を灯しながら
お客さまへと目付きを配らせるのだ
ありふれた寿司屋は
今宵も 常連さんで賑わう
皿に盛られた魚と 酒
決して
呑まれないように
飲むなら食べねば。
酒の肴は様々です。