表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

子狐さんのはじめてのおつかい

作者: モミアゲ雪ダルマ

 これは、駄狐さんがまだちんまかった頃のおはなし―――


「狐耳と行く異世界ツアーズ」の閑話用として投稿した話を宣伝用に独立させてみました。その関係でオリジナルとして読めるよう、固有名詞を一切隠す等少々構成を変えていたりします。

 興味が湧いた方がおりましたら

 http://ncode.syosetu.com/n9833cr/ よりどうぞよしなにm(_ _)m

 これは、どこかの異世界ホールが見つけられたその時よりも、もっと昔にあったかもしれないおはなし。

 駄狐さんがまだちんまくて、どこにでも居そうな悪ガキが愛犬といっしょに野山を駆け巡っていた頃のおはなし。

 そんなIFは、いかがですか―――






「おっかいっもの~♪はっじめてぇ~の~、おっかいっもの~♪」


 その日、子狐さんは社会勉強の一環で人里へと買い物へ行く事になりました。お母さんからお願いされたのは今晩のカレーの材料。一つだけ子狐さんが好きなお菓子も買ってきて良いよと言われ、俄然はりきっているみたいです。


「とっりがっら、たっまねっぎ、チョコレイトー!」


 はじめての一人で街中お散歩という事で気分はウキウキ、お母さんは心配していたけれど大丈夫!なぜならばこんな事もあろうかとな再放送に感化され、ついでに録画していたはじめてのおつかいスペシャルを何度も見返して予習しておりますので!

 という訳で、さっそく山の中腹にあるバス停からバスに乗って麓の町へとレッツゴー!


「……おぉお~!」


 バスにはお母さんと一緒に何度か乗った事もあるけれど、一人で乗るバスはまた格別。この前ロデオの実験に一方的に付き合って貰ったツキノワグマの山下りの方が迫力は凄かったけれど、なんといっても今日は一人でのバス乗車!どんどんと流れていく風景についつい見とれてしまい、気が付けばあっという間に町に着いてしまいました。


「ごじょーしゃありがとうございましたー!」

「はい、ご乗車有難うね」


 運転手のおじさんからは苦笑と共に見送られ、でも子狐さんの頭の中は次なる冒険もとい、お買い物への期待感でいっぱいでそんな事には気付きません。物怖じする事もなくずんずんと街中を練り歩いていきます。


『ん~まぁ、お前は妙に抜けた俗っぽいところがあるからね。あの子の時とは違って浮世離れして映る事もないだろうし、普段通りにしてれば案外ばれないんじゃあないかね』


 そう言いながらお母さんが子狐さんに仕込んだのは商品タグ付きの紐。これを耳と尻尾の目立つ場所に付けておけば、何故か狐である事がばれないという優れものなのだそうです。その事実を知った際の子狐さんに奔った衝撃はまさに空前絶後の大革命!すっかり変装にすらなっていない偽装に心奪われてしまいました。


「くふふ。ただいまより、しょうてんがいへのすねーくをかいししますっ」


 懐から取り出した子供用の防犯ベルを通信機に見立て、居もしない上官へと発信する子狐さん。その後に近くの廃品回収へと出されたばかりらしきダンボール箱を借りて頭を隠し、モフ過ぎて入りきらなかったタグ付きの尻尾を隠さずに潜入作戦(おかいもの)を開始します。これもお母さんによる日頃の熱心な教育(ゲームプレイ)の賜物。幼心に常在戦場の精神を宿し、いざ出陣なのであります!


「こらこらそこのお子ちゃまよ、そんなきったねぇダンボール被ってたら汚れちまうだろ」

「うにゃあぁぁああっ!?」


 ですが子狐さんの努力空しく、商店街へと踏み込んですぐにあっさりとその偽装は破られてしまいました。こんな事なら犬ぞりを用意して突貫すればよかったなどと思いつつも、町の人達には妙な事をするんじゃないよ、この前の連続記憶抹消事件のもみ消しには苦労したんだからな!と強く念を押されたのを思い出した子狐さんはぐっとこらえ、首根っこを掴まれたままに宙ぶらりん。


「ここは清潔がモットーな食品を扱う店が多いんだ、そういう遊びは他でやってくんな……って、たまに来る別嬪さんとこのお嬢ちゃんじゃねぇか。こんなところでンな珍妙な格好して何やってんだ?」

「おかいものなのです!おかあさんにきょうのかれーのざいりょうをかってこいっていわれたのです!」

「おーおーそうかい。どれどれ、メモを見せてみな。おいちゃんが必要な物のある店を教えてやるよ」


 可愛い子狐さんを見たおじさんは優しい笑顔で話しかけてきます。お母さんの言った通り、耳に付けた商品タグに目を向けたおじさんは胡散臭そうな表情から一転、その頬を優しげに緩めそんな事を言ってきました。

 やっぱりお母さんは凄い!お前はアタシに似て整った目鼻立ちをしてるからね、可愛さを振りまいておけばそこらの男共なんかイチコロだよって言ってたのは本当だったんだ。

 このようにして子供の自信というものは徐々に積み重ねられていくのでしょう。自信を付けてやや太々しい態度を見せた子狐さんはおじさんの言葉に嬉しさを隠せず尻尾をぶんぶかと振りながら、それでも今日の任務を果たすべく誇りをもってこう答えるのです。


「ふふん、けっこうなのです!これはわたしのはつのしょうねんば!どくりょくでおかいものをはたしたさきにこそ、みらいはあるのですっ!」

「……はは、そうかい。それじゃあそんなひたむきなお嬢ちゃんに俺からの餞別だ。そのダンボールの替わりという訳じゃねぇが、この手引きカートを使いな。用が済んだらあそこの寄り合い所に返してくれりゃ良いからよ」

「おぉお!?でんせつのぶきをにゅうしゅしましたっ!」


 まさか物資を運ぶには最適とされる手引きカートを貸し出して貰えるとは。可愛い子が旅をすると色々と得をするというこの世の絶対法則を心に刻み込み、おじさんへと別れを告げた子狐さんは意気揚々と商店街を進んでいきました。

 『この尻尾、お高いので無闇に触れないように』――おじさんの親切心によりその尻尾にこっそりと括りつけられた、追加のタグをぶら下げながら。


 ・

 ・

 ・

 ・


「むふうっ、たいりょうなのです!」


 小一時間が過ぎた後、子狐さんの引きずるカートの上には各種素材が山盛り状態となっていました。その顔からはやり遂げた達成感に満ち溢れ、それに呼応するかのように耳はピクピク尻尾もふりふりとご満悦の様子。

 ついでに言えばタグのついていない側の耳には、


『この耳、本物じゃないので触るべからず』


 といった貼札がされていたり、はたまた残る五本の尻尾にもそれぞれ、


『狐コスという事にしておきましょう、可愛いは正義!』


 とか、


『愛でるべき地元の天然愛玩動物、マスゴミなんぞにタレコミしやがった奴ぁ俺達深海爆走団がフルボッコ☆DAZE!』


 などとわりかし洒落にならないタグが付けられていたりもしましたが、まだ漢字や隠語があまり読めない子狐さんにはそんな事は分かりません。こうして町の皆の好奇と厚意に支えられ、子狐さんは次なる舞台、空き時間を使っての公園デビューを果たすのでした。


「だんぼーるをいかにつかいこなすかがにんむのせいひをけっていする、といってもかごんではないのです……」


 ねんがんの公園デビュー。ですが商店街の思いやりに溢れた大人達とは違い、思った事を包み隠さず口にする子供の無自覚の残酷性とは怖いものです。いざ現地へと赴いたはいいものの、やっぱり怖くなってきた子狐さんはまたまた近場にあったダンボールを拝借し、公園の入り口付近に手引きカートを置いての潜入作戦を開始します。今日が廃品回収の日でほんとうによかったっ……!


「何だこいつ。ダンボールなんてかぶってきったねー!」

「あれ、何だろこのもふもふの。やわこいー」

「おれ、知ってるぞ!これスネークっていうんだ。あにきがそんなゲームやってた!」

「にゃぁあああああっ!?」


 もとより緊張感でがちがちになっていた子狐さん。ダンボールに開けた覗き穴からの景色にばかり気が向いていたのもあり、気付けば近所の子供達に取り囲まれてしまった模様。その驚きで今はまだ眠っている齢の離れた姉そっくりな、狐にあるまじき悲鳴を上げてしまいます。


「あーきつねさんだー。かわいー」

「うっそでー!きつねって黄色くて犬みたいなどうぶつじゃん。こいつ黒いし、立ってるし、言葉もしゃべってるじゃん」

「おれ、知ってるぞ!こういうのコスプレっていうんだ。いたいたしいかまってちゃんがその内じどりで脱ぎ始めるんだぜー」

「あぁあああ……」


 いきなり子供達に取り囲まれてしまった子狐さんは大パニック。ビックリマークとハテナマークが頭の中で肩を組み、ワルツを踊って大合唱をしているに違いありません。子供達との出会いが出会いだっただけに、お母さんや商店街のおっちゃん達に教えてもらった偽装戦略などは今やもう頭の中から場外ホームラン。

 すっかり混乱してしまった子狐さんは驚いた勢いに任せてダンボールもろとも霊気の嵐をまき散らし、周りの子供達を吹き飛ばしてしまいました。


「いってー!?何すんだこいつ!」

「ふぇーん、いたいよぅ……」

「お、おいこまれたきつねはじゃっかるよりきょうぼうなのですっ!」


 子狐さんはどうして良いか分からずに、よりにもよってそんな捨て台詞を吐きながら脱兎ならぬ脱狐の勢いで戦術的撤退を試みます。公園の入り口に置きっぱなしな手引きカートの存在を忘れたままに―――






「――ぐすっ、ぐすん」


 やがて仰天の衝撃も収まり後悔ばかりが降りしきる中、我に返った子狐さんの目に映るのは見慣れた山の麓の小脇道。その頃には買い物の品を置き忘れた事にも気付き、しかし慌てふためきながらも先程の自分の行為を思い返した子狐さんは、おまわりさんに通報されていたらどうしよう、怖い人たちが来て捕まっちゃうかもなどと子供心に罪悪感がいっぱいになり泣きじゃくってしまいます。


「なにしてんだ、おまえ?」

「わひゃあっ!?」


 本日何度目かになる驚きの声を上げながら、今度は霊気を噴き出さないよう気持ちをこらえて声のかけられた側を振り向く子狐さん。そこにはいかにも生意気そうな、今も顔に生傷を作ったばかりの様子な男の子、それと人懐っこそうに尻尾を振って子狐さんの周りで匂いをクンクンと嗅ぐ黒い犬の姿がありました。


『犬が来たら吠え立てられて正体がばれる、なんて本で読んだ事があるからね。気を付けな』


 ふとお母さんが当てになるんだかならないんだか分からない受け売りを言っていたのを思い出し、更に怯えてしまった子狐さん。ですが黒犬も見た目まだ子犬と言える程に幼いからでしょうか、好奇心旺盛にしきりに尻尾を振っては子狐さんの顔を舐め、特に吠えてくる素振りもありません。その様子を目の当たりにした子狐さんもまた、先程までの泣き顔はどこいったとばかりに満面の笑みを浮かべて尻尾を振り始めてしまいます。


「おい、しっぽふれてるぞ」

「はっ!?こっ、これはにせものなのです!つけしっぽなのですっ!!」

「……まぁ、どっちでもいいけどな」


 必死で尻尾を押さえながらな子狐さんの弁明が功を奏したのか、それとも尻尾に取り付けられた各種残念タグを見て憐れに思われたのかは分かりませんが、どうにか誤魔化す事は出来たようです。ここが引き時とばかりにタイミングよく停車したバスへと乗り込もうとした子狐さんですが、そこで大切な事実を思い出してしまいます。


「あ……おさいふ、かばんのなかだった……」


 なんという事でしょう。公園に置いてきたカートの中には買った食材だけでなく、財布や住所を書いたノートを入れたかばんまで入っていたのです。これには帰ってからのお母さんの雷が最大級になりそうな予感ひしひし。目に見えてだらだらと脂汗をかきながら硬直してしまった子狐さんを傍目に、バスは無情にも発進してしまいました。


「ぶぇええぇぇ……」

「おいおい、いきなり泣いてんじゃねーよ」


 ここにきて子狐さんは失ってしまった物の大きさを知り、途方に暮れてついには泣き出してしまいます。脇でじゃれていた黒い子犬もそれに釣られてきゅーんと鳴き、その主人である男の子は困った様子で頭をかき始めている様子。仕方が無しにといった感じに事情を聞き始めた男の子ではありましたが、それに対して子狐さんの涙ながらの言葉は支離滅裂。その内諦めてしまったのか、黒犬を連れてどこかへ行ってしまいました。


「ぐすん……はくじょうもの……」


 それから更に暫くが経った後のこと。いい加減に泣き疲れた子狐さんがいじけて野原をごろついていると、夕陽を遮る長い影がそこに差し込んできました。どうやら誰かが通りがかったみたいです。


「ほら、せんせいがあずかってくれてたぞ。このカートだろ?」

「え……」


 その声に顔を上げてみれば、なんと先程の男の子が手引きカートに積まれた荷物一式を運んできてくれていたのです。これには子狐さん感無量、目一杯に涙を浮かべながら男の子へと抱き着き、感謝の気持ちを表現します。


「うわっ!?なななっ、なんだよきもちわりぃな!おれはこうはなんだ、べたべたひっつくなっ!」


 これはまだ幼い子狐さんにも分かります、たしかつんでれとかいうやつなのです!お母さんがそういったどきどきしちゃう漫画をたくさん隠し持ってるの、知ってますし!


「えへへ、ありがとー」


 ―――ちゅっ。


 最後にお礼の意味を込めて薄い本で見た通りの愛情表現をしてみると、男の子は一瞬驚いた様子で固まった後、顔を真っ赤にして言葉にならない大声を上げながらダッシュで走り去ってしまいました。


「あれ?おれいのときは、くちじゃなくってほっぺだったっけ……?」


 またやらかしちゃったかな?そんな感じに首を傾げる子狐さん。暫くやわこい印象を受けるふとまゆをきゅっと寄せて悩む素振りを見せた後――ま、いいかと深く考える事もなく気分良く次のバス時間を待つことにしました。これでみっしょん完了によりお母さんには褒められるし、女狐たるもの、男を誑かしてナンボだって前に言っていた気もしますから。

 こうして子狐さんの一日限りの大冒険は幕を閉じる事となります。その経験はきっと後々の成長に生かされるきっかけとなった事でしょう。

 そしていつの日か、自分が親となったその時に子供達へとその経験を伝えるべく更なる成長を遂げていく。これこそがこの世に生まれ落ちた者としての自然の姿であり、日常の一幕におけるふとした感動というものが子供達を育む要素足り得ると――そう、思いたいものですね。








「――っと、いう事が昔にあったよーななかったよーな気がするのよね。結局耳と尻尾についてたタグのお陰で事情がばれちゃって、母さんにはこっぴどく怒られちゃったけど」

「……何というか。当時の状況が見事に脳裡に浮かぶ辺り、凄いわよね」

「ふふんっ、私は結構オトナだったのですっ」


 時はいつかの秋祭り。凡そ十数年ぶりの再会となる親友同士の自覚の無い会話が華咲かせる中の一幕。それを傍で聞いていた俺はと言えば、真白な記憶の引き出しを漁りながらも心はどこか、落ち着かず。


「……あの、お母さま?」

「あ~。そういえば当時、あのすかたんの後始末のついででどっかの男の子の記憶を消した覚えがあったよーななかったよーな」

「汝、当時から不憫してたのじゃな……」


 この姉をして涙される複雑な心境。何というか、こいつら母娘って……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ