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中途半端なざしき童子との会話

作者: yamainu

「あの女、ぜってーおかしい」

 と、髪の薄さが目立ってきた神城が言った。

「そりゃあ、まあ、なあ……」

 と、口ごもる中町。昔からやせていたが、年を取るにつれてどんどん肉が削げ落ちて、爪楊枝みたいに細い体つきになっていた。

「いいんじゃねーの? 若い分には」

 と、俺。

 俺は、中年腹の徴候が見え始めた自分にちょっとがっかりしていた。

 

 俺たち三者三様、というか、周りの席にいる他の連中も含めて、この場にいる人間みんなが年を取った。卒業してから十年以上が過ぎた大学の同窓会ともなれば、時間の流れを感じずにはいられないものだ。

 暗い話はしたくないが、去年は一人死んだ。それから、そこまで仲が良くはなく、大学時代から既に浮いていた奴だったが、刑務所のご厄介になっているのも一人いる。

 時間は全ての人間を飲み込んで流れ行く。

 はず、なのだが。 

「おう、霜月。それに中町に神城。

 また老けたなあ。いやあ、見違えた、見違えた!」

 くだんの彼女が、酒の入ったコップを持ってこちらにやってきた。

 年の頃は十五、六に見える。大学にいた頃から、周りの連中よりやや年若く見えていた。つまり当時から、十五、六歳ぐらいに見えていた。

 十年以上が経った今でも。

 ぜってーおかしい。

 神城がそう言うのも、無理もない話だ。

「やあ、その……アイちゃん。久しぶりだね、うん」

 引っ込み思案そうに中町。

 恥ずかしそうでもあり、警戒しているようでもあった。

「……」

「ん? どーした?」

「……」

「……」

 中町は、しゃべりたそうなのだが会話が思いつかないらしく、口ごもっている。

 神城は、わざと食事に集中して何もしゃべらない。

 肩をすくめて、俺が言った。

「いや、またアイちゃんの顔が見られて嬉しいよ。最近どう?」

「ははは。ぼちぼちだね」

 屈託の無い笑顔。

 積年という言葉から遠い笑顔。

 彼女と俺の会話に勇気付けられでもしたのか、中町がおずおずと言った。

「しかし、変わらないねえ。うん、うん。全然変わらない。アイちゃん、今、えーと……その……」

「ははは。どーした、何が聞きたい?」

 神城がやや不機嫌そうに、目だけを向けて唐突に言った。「お前、今、年幾つだ?」

 中町が、バツの悪そうな顔をした。

 神城の質問は、中町が聞こうと思った質問と同じだったのだろう。まあ、当然聞きたくなる質問だ。女性に年は聞くもんじゃない、という言が一般的なのは誰もが知ってはいるが。

 けれど彼女は気にすることもなく。

「ははは。さてさて。いくつに見える?」

「十四、五のガキに見えるな」

「いひひ。若さには気を使っとるけんの~」

「お前はどこの人間だ」

「さて、どこだったかね」

 彼女はそう言って、もちろん年齢を答えることも無く。

「あたしはともかく、お前らはどうなんだよ。

 年食って、ちゃんとそれなりの生活してんのか? 神城は結婚して何年目だっけ? うまくいってんのか?」

 愉快そうに、俺たちの近況を聞きたいと話題を振った。


 ※

 

『わたしたちの地方の、ざしき童子の話です』


 それが語り始めの言葉だったか、〆の言葉だったかは忘れたけれど。

 あるいはもしかしたら、その本とは別の本だったかもしれないけれど。

 次のような話の本を読んだことがある。

  

 小さい子供たちが複数人で遊んでいると、いつの間にか、人数が増えているのに気づく。数えてみると、確かに多い。

 けれど同時に、みんな顔見知りなのだ。

 知らない顔は誰もいない。

 誰が途中から参加したのか、自分たちにも、また、近くで見ていた大人たちにも分からなかった。

 なので、子供たちは気にせずに遊ぶ。

 楽しい時間の共有が過ぎて。

 やがて気づくと、人数は一人減っている。

 誰かがいなくなったには違いないけれど、でも。

 誰がいなくなったのか、誰も指摘できない。

 

『そういうのが、わたしたちの地方のざしき童子です』。

 語り手はそのように言う。

 

 俺は思う。

 彼女はざしき童子だったのだ。

 いや、逆かな?

 そのざしき童子は彼女だったのだ。

 

 ※


 よその大学は分からないし、うちの大学も十数年が経った今ではどのようであるかは分からないが。

 当時のうちの大学は自由なもので、出入りの管理体制というものがとても甘々だった。

 入り口の門は、用務員さんが早朝に開けてから夜に閉めるまで、誰が見ているでもなく全開放だった。

 もともと、高校以前のような制服があるわけでもなし。とすると、一般的な服装なら違和感を与えることは無く。

 受講する講義は自分たちで選択するから登校の時間もばらばらなわけで、誰がいつ入り口の門を通ろうが、誰も気にするわけもなく。

 つまりは誰でも見咎められずに構内に入れた。

 まあ、大学ってそんなところじゃないだろうか。

 

 彼女のイレギュラー性に気づいたのは、俺らの大学生活が二年目の半ばを過ぎた頃。

 というか、それまでの間、本当に誰も気づかなかったわけでも無いのだけれど。

 

 彼女はいつも平然と、大学の教室に入ってノートを開いていた。気さくな性格で、隣に座れば誰にでも話しかけた。

 そして彼女と数分話せば、もう何年来の付き合いのような気になる。そんな女性だった。

 そんな彼女の小さなイレギュラー性は、誰も彼女の本当の所属を知らないことだった。

 うちの大学では入学時に一応のクラス分けをされたけれど、それはあくまでの所属であって、実際の講義は自分で選んで出席する。他のクラスの人間と混在して講義を受けるのがごく普通だ。

 彼女はいつも、「他のクラスの気さくな奴」と認識されていた。どのクラスの奴からしても、そうだったのだ。

 そして。

 気づいてみると、彼女が出席確認で名前を呼ばれるところを誰も見たことが無かった。

 講師にもよるが、例えば授業の始めか終わりに名簿から名前を読み上げて出席を確認するタイプの講師の場合。彼女は平然と隣の人間と会話をしたまま、そして呼ばれることなく終わるのだった。また、そういう出席確認をきちんと取るタイプの講師の場合は受講人数の多い講義を選んで顔を出していて。例えば人数が少なくてすぐ顔を見られて確認されてしまうような講義には、基本的に顔を出さなかった。

 提出物や出席カードの記入のみに頼って口頭での出席を取らない講師や、もともとルール違反に寛容な講師の場合なら、人数の少ない講義でも顔を出した。それでも何かの拍子に顔を確認されながら出席を取られることはあって、すると彼女はこう答えた。

「すいません。この講義、ほんとは取って無いんですけど、時間があったんで出てみてるんです」

 つまり、彼女が正規に申請した講義に出席したところを見たことがある人間は一人もいなかった。

 

 あるとき、誰かが言った。

「そういやあいつ、どこのクラスだ?」

 別の誰かが言った。

「入学したとき、学年全体のレクリエーションあったじゃん。あいつの姿を見た奴いるか?」

 別の誰か。

「この前、学年の旅行があったよねえ。あいつ、いた?」

 

 なんとなく、そのあたりでみんな理解していたのだと思う。 

 ただ、とても気さくで親しみやすく、害の無い相手だったので、それ以上は誰も問いたださなかった。

 多分、おそらくだが。

 ほんとの大学生でもないのに大学に紛れ込んで講義を受けている、奇特で勤勉な女の子。

 変わり者の女の子。

 最終的にはみんながそう推測し、認識し、そう受け入れていた。

 俺らの大半は特に強い目的意識もなく親の金で当然のように大学に来ていたから。彼女がわざわざ自分の意思で大学に来ているのかと思うと物珍しく、どこか好ましく。

 たまには自分で学費を稼いでうちのような二流大学にわざわざ来た奴もいたにはいたが、彼らにしたってそんな彼女をつまはじきにしようだなんて悪意を持つ者は少なくとも俺たちの代にはおらず。

 大学側の視点に立って「学費を払ってもいないのに来ている」ことを咎める気にはならなかったので。

 好き好んで勉強しに来てるなら、べつにそれはそれでいいんじゃないかな、と。

 仲間内の害の無いルール違反には無思慮で寛容である場合が多い俺たち学生は、そう受け入れていた。

 

 俺が彼女と親しくなったのは。

 

 いや、彼女は誰とでも親しかったので、この言い方は違うな。

 俺が彼女と、子供時代の秘密の共有のような、奇妙な共通意識を共有するようになったのは。

 

 ささいな、偶然の縁だった。


 当時の俺は典型的な読書好きの人間で、暇さえあれば本を読んでいた。どこに行くにも本を持っていった。講義中にも、教材と一緒に私物の本が机の上に乗っていた。

 読むジャンルは特にこだわらず。手当たり次第に読んでいたが。

 特に多かったのが、SF小説だった。

 一般の人にはあまり馴染みは無いが、海外SF好きの人間には馴染み深い出版社の薄青色の背表紙の文庫をよく図書館で借りてきては、手元に置いて、通学中やら、話し相手がいない場合の休憩中やら、まあ時間の合間に読んでいた。

 そのときも、そんなSF文庫が机の上に乗っていて。

 たまたま隣に座っていた彼女が、それまでにも何度もあったように、話しかけてきた。

「まーたお前は本読んでるのか。つか、小説読んでるのか。教材でも読んでろよ。そのほうがきっとためになるぜ?

 で、今度は何読んでるんだ?」

「ん……」

 俺はその本を彼女に近い位置に置き、まず題名を見せてから、裏返して、本の裏のあらすじが見えるようにして彼女に示した。俺は口下手なほうで、本の内容をうまく説明するのは苦手だったから、そんなふうにあらすじを見せて済ますのが常だった。分かりやすいようにあらすじが裏表紙に書いてあるんだから、それを読ませるのが確実に決まってる。

 彼女はまずそのあらすじに目を通す前に、題名だけを見て、そこに使われている単語について言った。

「メトセラ……って誰だっけ?」

「聖書の中の人間らしいよ。長生きだったそうだ」

「……。

 長生き、ねえ」

 その時点では特に強い印象を受けた様子でもなく。

 彼女は次に、あらすじに目を通した。

 しばらくして。

 俺はなんとなく、本の裏表紙を見つめている彼女を眺めていたのだが。

 彼女は顔を上げ。

 妙に疑念を帯びた、堅い、壁の向こうにいるような、そんな目で。

 俺を見た。

「何かあたしに言いたいことがある……ってわけでもないよな?」

「は?」

 よく分からなかった。

 彼女が何を言いたいのかよく分からず、しばらくまごついていると。

 彼女は肩をすくめた。

「そうだな。こんなのは偶然だ。よくあることだ。べつに、なんの意味も無い。

 だが……他人事じゃあないな。

 なあ、霜月。この本、借りていいか?」

「……。

 いいよ」

 彼女はその場で本を開き、読み始めて。

 そして俺は、そんな彼女をずっと眺めていた。

 

 それから俺は。

 その教室での講義の合間に。

 次に、別の教室に移って中町や神城と合流して大学生同士の馬鹿話などをしたその合間に。

 講義が全部終わって家に帰宅するまでの合間に。

 自室で寝るまでの合間に。そんな合間合間に。

 彼女に貸した本と、そのときの彼女の、そっけない、壁のあるような表情を思い起こした。


 実のところ、彼女に貸した時点ではまだ俺はその本の中身はほとんど読んでいなかったのだが。

 もちろんあらすじは読んでいたので、それを自分の中で反芻して、何が彼女の興味を引いたのかを、漠然と考えていた。

 

 それは。

 寿命の長い、とてもとても長い人間たちの話。

 彼らはその長命さゆえに、他の人間たちの中には溶け込めない。

 同じ時間を共有することはできず、それゆえに疑念にさらされ、疎まれる。

 その長命さを秘密にして、人とわずかな時間を共有するけれど。

 それも限界が来て、彼らは彼らだけの旅をすることになる。

 星々の海へ。自分たちの時間で生きるために。

 そんなSF物語。


 翌日。

 いつものように偶然に教室で出会った彼女は、もう本を読み終わっていて、言った。

「返すよ。なかなか面白かった」

 俺は本を受け取り、しばらく考えて。

 言った。

「君は長生きな人間なのかい?」

 彼女は戸惑った様子も無く、いつもの表情のままで。

 ただ、雰囲気にどこか壁を持たせて、言った。

「なんでそんなことを聞く?」

「いや、そんな冗談みたいなことがあったら面白いじゃないか。

 君がそのまんま、長生きな人種だってんならさ。偶然自分とまったく同じ境遇の人たちの本に行き会うなんてさ」

「……」

 彼女はしばらく、まるで壁の向こうからこちらを見るような雰囲気を漂わせていたが。

 何を、どう判断したのか。

 わざとらしく肩をすくめ、ため息をつくように笑った。

「いやいや、まったく冗談な話さ。

 うん、だから、冗談として話を続けようか。

 実際の話、まったく同じ境遇ってわけでもないよ。所詮はフィクション小説だからね。たまたま表面がシンクロしただけさ」

 雰囲気の壁は、もう無かった。

 彼女の話が真実かどうかはともかく、俺はそれが嬉しかった。


 ざしき童子の話も彼女としたことがある。

 彼女は基本的にフィクションに類する物語を自分からは読まない人間なので、ざしき童子に関しても名前ぐらいしか聞いたことが無いと言った。

 俺は彼女にざしき童子の逸話をいくつか話した。

 子供たちの輪の中にいつの間にか入り、そしていつの間にか去っていく童子の話を。

 俺たちの大学にいつの間にか入り込んだ彼女に。

 そして。

 いつか去っていくように思えた彼女に。

「これは東北地方の話なんだが、君はそっちにいたことはあるかい?」

 彼女はちょっと嫌そうな顔をした。

「確かにいたことはあるが……なんか嫌だな。

 子供の頃の自分が映っているビデオテープを他人の家で発見した気分にきっと似てる」

「なるほど」


 直接問いただしたわけではないし、どこにも確実性の無い話ではあるが。

 そんな冗談そのものな不確実を基盤に彼女の年齢を推測するのも面白いかなと思った。

 ざしき童子の伝承がいつ頃に発生したのかの目測をつけて。そのころの童子が何歳頃の子供だったかを考え、それが東北にいた頃の彼女本人だと夢想し。今の、十五、六歳に見える彼女の姿を基点にして。彼女がどのくらいのスピードで年を取るのかのあたりをつける。

 彼女はどのくらい生きてきたのか。

 夢想してみると、面白い。

 冗談のような夢想の話。

 

 そんな夢想の話を本人にそれ以上追求したことは無い。

 なんというか、彼女が本当に何百年も生きてきたのではなんて、どう確かめたものだろう。それに、そんなことはどうでも良かったのだ。

 真実など、どうでもいい。

 曖昧な、冗談のような間柄が心地よかった。

 

 日が暮れるまで遊ぶ子供たちの時間。

 そんなような、大学卒業までの時間が過ぎて。

 

 やがて、当然のこととして大学生活は終わった。

 俺たちは大学を卒業した。彼女は卒業式には出なかったが、卒業記念の飲み会には平然と参加した。

 同級生たちは就職して働いたり、あるいはしばらくフリーターとして暮らしたり。各自の生活を持つようになって。

 互いの生活にはそれほど深入りすることも無く。

 ただ、数年おきの同窓会の折に、互いの近況を冗談めかして話し合う。

 そんな同窓会に、彼女もずっと参加していた。

 

 ※

 

「そろそろ潮時かねえ」

 十数年目の同窓会もお開きになり、各自が帰路に散って。

 お互いに酒の残った気分で、俺と彼女は道を歩いていた。

「潮時って、何がだよ」

「こうして同窓会に顔を出すのがさ」

 ……。

 途端に、酒気が醒めていくのを感じた。

 だが彼女はそんな俺の感情を知ってか知らずか、俺より先を歩いていて、しばらく振り返ろうとはせず。

 やがて振り返った顔は、冗談のように笑っていた。

 だから、冗談のように話を続けよう。

 俺はつとめて明るく、暗い顔をしないようにしながら言った。

「なんでさ。

 理由もなしに欠席なんて許さないぜ。

 たまの遊びだ。昔みたいに毎日遊ぶわけにはいかなくとも、たまの同窓会ぐらい、顔を出し続けろよ」

 また明日遊ぼう、と軽く声をかけられた子供のように彼女は自然に笑みを返して。

 けれど俺の言葉を聞かなかったかのように、まるで俺が何も言わなかったかのように、自分の言葉を続けた。

「さすがにもう、見かけが違いすぎるからな。

 神城なんか、あからさまにあたしを不審な目で見てたじゃないか。

 ……昔、神城に告白されたことは話したっけか?」

「ああ」

 大学時代、神城は彼女に告白したのだった。

 そして彼女はそれを断った。

 それはあの大学時代から残る亀裂の中では比較的大きな俺たちのヒビだったが、しかしそれでも、今まで決定的な断絶を生むことはなかったのだけれど。

「年々、敵意というか疑いというか、そういうのが強くなってきてる気がするよ。

 告白してくれたときは、あんなに真剣に、一生あたしを愛するって言ってくれたのにな。

 やっぱり、潮時なんだよ」

 言葉は思いつかず。

 だから、ひとまず話題を逸らした。

「中町は結局、君に告白しなかったな」

「ははは。臆病なまんまだな。悪い奴じゃないんだけど。つか、いい奴だけど」

 でも、と彼女は言った。

「あいつが怖気づいてるのは、それだけあたしが遠い人間だからってのもあるだろ?

 それもだんだん、年々強くなってさ。

 あたしを腫れ物みたいに扱う。中町だけじゃなくて、あたしに好意を持ってくれる人間は、今じゃみんなそうだ。

 やっぱりそろそろ潮時なのさ」

「……」

 潮時。

 逸らした話題も、やはりそこに戻るのか。

 ざしき童子はもう、子供たちの輪から立ち去ることを決めたのか。

 俺は言った。

「どこに行くんだ? 連絡くらいはくれるだろ?」

「外国に行ってみようと思うんだ。

 実は、結構前からそう思ってた。今の名前もさ、そう思ってたから『アイ』って名前にしたんだよな。

 英語で『私』って意味なら、ちょうどいいかと思ってな」

 ほがらかに笑って。

「連絡は、やれない」

 そう言った。

「今まで残ってたのが未練だったんだ。

 でももう潮時だ。

 じゃあな。達者で暮らせ」

 そう言って、笑って去った。


 それっきり。

 縁は終わり。


 ※


 翌年の同窓会に、俺が弱い期待を持っていたのは確かだ。

 だが彼女は来なかった。彼女の携帯の電話番号はつながらず、もう誰も彼女と連絡を取ることはできなかった。

 そして彼女とは二度と会っていない。

 

 これで、この話は終わりだ。

 

 その後何年かの彼女のいない同窓会を経た後に。俺は出会い系サイトに手を出すようになって、散財の後に結局は適当な女と見合いで結婚して、子供ができた後に離婚してクソ忌々しい慰謝料を払ったりすることになるのだが、まあ面白くもない話だし、彼女とは関係の無い話なのでここでは話さない。

 ただ、今でも思うのは。

 彼女がいた時代は子供の夢のように幸福だったなと。

 それだけだ。

 


 

(了)

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