第九話 タイミングは大事
城の敷地内にある塔の地下。薄暗闇の鉄格子越しに、私は彼女を見た。栗色の髪に、目立たないけれど可愛らしい顔つき。ドレスを着て、こちらを睨み付ける彼女は、乙女ゲーム『primavera†Siesta』の主人公オリアーナである。
私は婚約破棄の一件で彼女を少しだけ恨んでいたけれど、結果よければ全てよしということで、彼女に対する恨みは消えていた。逆に、二人が自分の気持ちをきちんと言えたのは、実はこの子のお陰じゃなかろうか……くらいに思っている。
「こんにちは。主人公」
と挨拶をすれば、彼女は驚いた顔をした。
牢屋の隅にいたオリアーナは鉄格子に近づき、貴女は誰よと聞いてきた。
私はシャノン・フリエル。一介のメイドですよ。
なんて、自己紹介をしても、モブなので聞き覚えはないだろう。
「私になんか用なわけ? ばっかみたいって笑いに来たの?」
ちゃいます。ちゃいますねん。
私はオリアーナに質問しに来たのである。逆ハールートを目指した彼女に、私は二つ質問があるのだ。
「貴女がこの世界を乙女ゲームだと自覚した時期と、貴女の生前の年齢を知りたいのです」
私は十歳の時、イザドラは生まれてすぐに自覚した。年齢はイザドラの方が少し上だ。
転生にもばらつきがあるのを私は知っている。
私の予想では、オリアーナが自覚したのは私とイザドラより遅く、年齢は若いと思った。なにせ、逆ハールートを選んだことが何よりも決定付けている。
「自覚したというか、気付いたら入学式の校門前。…………生前っていうか死んだ記憶無いんだけど、元の私は十二歳よ」
お、思ったより若い!!
オリアーナというよりオリアーナちゃんだな!
まぁ、まあ当たったから良しとしよう。
「それが何か?」
オリアーナちゃんは随分と攻撃的な性格のようである。威嚇する子猫のようで大変可愛らしい。
「逆ハールートを選んだ理由を聞いても?」
「大好きな皆と、ずっといることの何がいけないわけ?」
なるほど。オリアーナちゃんは攻略対象者たちが大好きなのか。いや、それはそうか。逆ハールートの選択肢を間違えないくらいやり込んだのだから。大好きなのは当たり前か。
「君は二つの間違いをしたのは解るかな?」
一つ。当たり前だけど、何もしていない人に罪をきせちゃいけません。逆ハールートには、イザドラの断罪が必要なのだけれど、いくら必要でもダメでしょ……という話だ。
二つ目。実はこの逆ハーエンド、この世界ではハッピーエンドというわけにはいかない。王子ルートをプレイすると解るのだが、元国王からこの国では一夫一妻制が導入されている。さらに、国王陛下の妻になるお方に、他の男がいるというのは言語道断なのである。
皆に愛されてハッピーエンドが乙女ゲームでは可能だけれど、この世界ではそれでエンドではないのだ。
「私は君をかなり若いと予想してた。……それはね、この逆ハールートが現実的ではないからなんだ。乙女ゲームで知っているとはいえ、ここは住む世界とは違う世界。そんな不安な中、まともな人は一番難易度の高く、先も不安な逆ハールートを選ばないと思った」
個別ルートで安定が一番良いだろう。宰相の息子ルートが将来的にも安定感が抜群だ。おすすめだ。
「何よ。あんた私に説教しにきたわけなの? 暇なの?」
「違うよ。私がとある問題を片付けたら、国王陛下がなんでもご褒美をくれるっていうから、貴女をここから出す権利が欲しいってお願いしたの。だから、待っててねっていう報告」
「はっ同情?」
「うん。同情」
同情もするだろう。私は十歳までのこの世界での記憶がきちんとある。イザドラは生まれてから始まった。なのに、オリアーナはこの世界に馴染むための時間が少なかったのだ。
「だから、町のパン屋にでも……」
「嫌よ。せっかく貴族に生まれたんだから、貴族に嫁ぐの!」
我儘プリンセスめ。
「それじゃあ、ここから出たら、婿探しの旅にでも行きますか」
「ええ。お願いするわ」
やれやれ。ふむ。言いたいことは言った。
私はさっそく、原作よりも厄介なキャラになっただろう天才魔術師ダニエル・ラシュトンの元へと向かうのだった。