第五話 長い長い片想い
「ねぇ、お姉様。どうして急に、王子に私たちの素をさらけ出せなんて言ったんですか? 確かに、王子は情けないほどに優しいとはいえ、王子ですよ。それに、今までモブのように個性を消せと仰っていたではありませんか」
王子の部屋で緊急会議をして、自室に戻る途中、リリーは私に疑問をぶつける。
ララも隣で興味を示していた。
「王子はね。まるで操り人形のような人なんだよ」
彼は優しい。とても。
周囲が抱く理想に答えようと、清廉潔白で、文武両道であろうとする。周囲の期待に応えようとする。人の意見を聞いてばかりいる。自分の意思を捨ててまで。
だから、彼は友という者がいないのである。
誰も、彼に友達という存在になって欲しいと望まないから。彼と会うときは、まずこの国の王子だとして会うから。
あの方は、自分の感情を出すことが苦手だ。
「リリーとララに、あの方の素の感情を出して欲しかったんだ」
王子はオリアーナによって変わる。ヒロインである彼女は、彼と対等に話をして、彼を王子としてではなくフローレンス個人として扱う。
だから、王子も自分を出せた。
だから、王子はヒロインを好きになった。
でも、彼女は王子を裏切った。
「…………」
その壊れた部分を、補えればいい。
そう思って、リリーとララに素で話して欲しいと言ったのだけど、あそこまでカオスになって、緊急会議がしりとり大会になるとは思わなかった。というかリリー。君だけずっと私への言葉だったんだけど、どうして誰も突っ込まなかったんだろうね。きっと、私も王子も追及するのが怖かったんだろうね。ララは興味ないだけだったろうけどさ。
リリー。ここは私の部屋だ。
リリー。ここは私のベッドだ。
リリー。…………うん。おやすみ。
朝起きるとリリーに抱き締められていた。私が男子学生なら鼻血出したり、うっひょーとか鼻の下を伸ばしたりするのだけど、残念ながら私は女である。補足すると、私は女性を恋愛対象に見たことはない。
「イケメンなら…………いや、イケメンがいたら横っ腹蹴ってベッドから落とすな」
良かった。隣に寝るのが可愛い女の子で。
いい匂いするしな。
二度寝をしたいけれど、そうもいかない。なんせ私はメイドなのだから。
着替えをして、リリーを起こし、私は王子の元へと行くのだった。
王子の制裁の件も大事だけれど、イザドラがどうしているかも気になるので、私は午後の仕事をリリーとララに任せ、イザドラの屋敷へと向かった。
部屋に入ると、編み物をしているイザドラの姿があった。顔色も良いし、どうやら泣くのはやめたようだ。
「……あら、シャノンどうしたの?」
「ちょっと暇でね」
「嘘は泥棒の始まりよ? 謹慎の身で何かと大変な王子のメイド長なんだから、暇なわけがないでしょう。……心配は無用ですからね」
「心配は勝手にするものなのでー。……実を言いますと、案を考えて頂きたくて。国王陛下に媚を売る」
「媚を売る。……そこまで堕ちたのね」
「えへ」
何とかするぞと意気込んだはいいものの、何をすればいいのかが解らなかった。それに、国王陛下の言う制裁というものがどんなものなのかも想像が出来ない。最悪な結果は身分剥奪だろうか? それでも私は王子に付いていくけれど。
「私から国王陛下に聞く……うーん。答えて下さるかしら」
「あの国王陛下は、何を考えてるのか読めない人だからね」
戦場にふらりと現れ、敵を薙ぎ倒す。厨房にふらりと現れ、食材全てを使いきる。町にふらりと現れ、剣の稽古を子供にする。
何をやらかすか解ったもんじゃない。いや、やらかしたのはうちの王子か。
ここに来たのは失恋のイザドラを心配したのもあるけれど、もう一つ心配していることがある。それは、イザドラの結婚についてだ。王子との婚約破棄は、いざこざがあったけれど成立している。なら、新しい彼女の婚約者とは誰なのだろうか。有名な男性はヒロインの手に落ちたから、それ以外となると。
「ねぇ、イザドラの新しい婚約者って……」
「そんなのいないわ。私が好きなのは、フローレンス王子だけよ。私は誰とも結婚しないわ」
前世からの彼女の恋は、どうやら硬いらしい。
「……イザドラは、王子に告白とかしないの?」
告白なんて、この貴族の社会においては中々しないものだけれど。
イザドラは目をぱちくりとさせ、考えたこともなかったと微笑んだ。
「そうね。してみようかしら……もしかしたら、二度とないチャンスかもしれないもの。フローレンス王子にせっかくお話することが出来るのだものね」
画面のない、現実としてこの世界はある。
最早、シナリオなど関係ない世界なのだ。
イザドラは部屋に籠りっぱなしの王子を心配して、手作りのクッキーと、庭に咲く一輪の花を王子への贈り物として私に渡した。
「私ね。王子が逆ハーレムエンドで少しだけ嬉しかったの。王子ルートじゃなかったから……嫌な女ね。自分で自分に失望してしまう」
ちらりと、イザドラは花を見た。後ろめたいように彼女は言うけれど、好きっていうのはそういうものだろう。好きなんだから、嫉妬して当然のはずだ。
私は花が萎れないように、早めに城へと戻った。
「おかえり、シャノン」
出迎えてくれた王子は本に埋もれていた。難しそうな本が沢山だ。きっと王子も色々と調べているのだろう。
私はイザドラの手作りクッキーを王子に渡す。
「これ、イザドラ様からです」
「…………え。い、イザドラからっ。え、あ、ありがとう!!」
いや、そんな嬉しそうに私にお礼を言われても……。
今度イザドラ様にお礼を言っておきますね。
「さぁーて、緊急会議がはっじまっるよー!」
早速興味の無さそうな顔をしないの二人共!
リリーは髪の毛を弄り、ララは何かのまじないを始めようとしていたので、私はすかさず止めた。
「王子があんな場所で婚約破棄したのが悪いんじゃないですかぁ。自業自得ですよぉ」
その話はいいからリリー。
「制裁には関係ないと思って言わなかったんだけど…………それにはわけがあってね」
王子は申し訳なさそうに語りだした。
あの日に関することを。
オリアーナは何者かによって虐めを受けていて、その犯人がイザドラだと言ったのだという。宰相の息子や、騎士団団長の息子などはオリアーナの言葉を信じたが、王子はそれに異を唱えた。イザドラはそんなことをする人ではないと。けれど、オリアーナも他の彼らも信じはしなかった。王子はイザドラが犯人ではないと確信していたので、ララに調べてもらい、証拠を手に入れ彼女らにそれを出したのだという。
彼らは言ったのだそうだ。
「イザドラめ。他の令嬢か使用人を使って、自らは手を汚さないというのか」
と。
どうしても信じない彼らに、王子は悩んだ。
「……きっと、オリアーナも他の者たちもイザドラを誤解している」
王子は徹底的に調べ上げた。虐めの犯人がイザドラではないと。徹底的に調べたけれど、それで本当に誤解が解けるのか前回によって自信喪失していた王子は考えた。
そして、思い付いたのである。
誰も傷付かない婚約破棄を──。
「だ、誰も傷付かない……婚約破棄……だと!?」
王子の考えはこうである。
まず、イザドラとの婚約破棄を宣言する。
…………。
え?
き、傷付いた!
今、一人傷付きました!
「お、王子。婚約破棄は婚約者が傷付くのでは……」
「イザドラは僕のことをあまり好きではなかったから……」
いやいやいや。大好きだよ! 誰より愛が重いよ! なんせ前世からだからね!?
「三年くらい前からかな? イザドラが急に距離を置きだしたんだ」
ん?
………………三年くらい前?
ヒロインの存在が解った頃だろうか。
た、確かにイザドラは王子のことをそれで諦めた。
「あと、盗み聞きするつもりはなかったんだけど、イザドラが君に『王子といるのは辛い』って言うのを聞いてしまって。今まで無理をさせてきたんだなぁと」
違う。それちゃいますねん。
ヒロインと王子が結ばれるのを考えると、王子といるのは辛いってことですねん。
「すみません王子。頭が痛くなってきたので、もう一度最初からお願いします」
まず、イザドラとの婚約破棄を宣言する。
…………。
次に、イザドラがしたとされる虐めの容疑をかける。
そして、証拠を持ったララが王子を諌める。
「と言っても、何故かララは出てこなかったんだけどね」
ララを見るとぽかーんとしていた。そして、思い出したのかその時のことを語る。
「確かあの時は、シャノン様が舞踏会だというのに急に膝を付いて何かにお祈りをしていたので、私は隣で共にお祈りをしていました」
違うよ! お祈りじゃないよ!
ガッテム! って、崩折れたんだよ!
てか、隣にいたのかよ!
「まぁでも、イザドラが証拠を出してくれたから、そのまま進もうと思ったんだ。……でも、父上がお怒りになられて……リリーには、父上には静かに見守って頂きたいという手紙を渡して欲しいと頼んでいたんだけど」
リリーはあれぇ? という顔をした後、ポケットに手を入れて一通の手紙を出した。
「えへっ♪ 忘れてましたぁ」
ウインクして可愛く舌を出したって、許さないぞ。
「王子、誠に申し訳ありません!」
部下のメイドが本当にご迷惑をおかけして!
「シャノン様、貴女は神にも等しき御方、王子といえど人間に謝るなんて……」
「お姉様、こんな情けない奴に謝るなんて必要ないですよぉ」
君らのせいで謝ってるんだよ!
王子は過ぎたことだからもういいよと笑った。
笑って許せるレベル越えてます王子!
「本当は証拠を出して、その場の人たちにも客観的に見てもらって、オリアーナや彼らの誤解を解いて、僕がイザドラに誤解していたと許しを乞い、オリアーナと共に謝って、結婚を認めてもらおうと思ったんだ」
婚約破棄を舞踏会という場にしたのは、客観的に見てもらう為と、後もう一つ。
王子はオリアーナとの結婚を考えていて、それをするとなるとイザドラとの婚約解消をしなくてはならない。
けれど、ただ解消したとなると、あらぬ噂がたつかもしれないと王子は思った。
イザドラに問題があるから、王子は身分違いの少女に恋をした……など。
だから、王子は思った。
イザドラに疑いをかけ、許しを乞う悪役になろうと。
非を受けるのは、自分であろうと。
貴族は噂が好きだ。
これからのイザドラに迷惑をかけたくなかったのである。
「…………なるほど、失礼ですが私に相談しなかったわけは?」
「シャノンはイザドラと仲が良いからね。僕が悪役を演じるとなったら、優しいイザドラは許してはくれないだろうから」
……んー…………なるほど。
でも、乙女ゲームの王子は違う。
イザドラを嫌い、婚約破棄をしたはずだ。
「王子は、イザドラのことをどう思っているんですか?」
「えっ。えっと。……必ず幸せになって欲しい、初恋の人だよ」
そう言って王子は顔を赤らめた。
「………………」
違う。
王子はイザドラを嫌うはずだ。
なんで、乙女ゲームとの擦れがここで生じるんだ。
乙女ゲームとは、違う……。
そうだ。イザドラも違う。
最初から、彼女は本物のイザドラではなかったのだ。
じゃあ、もし、ヒロインを気にしなければ、イザドラの恋が叶ったはずだったということ?
「王子、オリアーナのことは、どう思っていたんですか?」
「彼女は僕を理解してくれた。思いやりのある人だ。この人となら、いい国を作れるだろうと思ったんだ」
もし、イザドラが王子を好きだと言えば、王子はどうするのだろう。
私には解らない。
解らないなら、今は保留だ。
「リリー、ララ。君たちにはお仕置きが必要みたいだね。リリーは私の私物、ララはたっぷり貯めた宝石でも取り上げようかな」
そう言うと、彼女らは慌てて逃げ出したのだった。