第三話 シナリオ
「王子、いい加減に起きろ」
ばさっと、私は王子の包まっていた布団を引き剥がす。
一介のメイドに過ぎない私の発言と行動に驚いた王子は、目と口を大きく開けて、固まっていた。
「解ってますか? あと三週間切ったんですよ?」
何をとは、言わなくても解るだろう。
国王陛下が下す制裁のことだ。
「まさかこのまま待ってるだけなんて言いませんよね?」
「ち、父上は謹慎と……」
「なら、国王陛下に謝りの手紙を書けば良いじゃないですか。……解ってますか? 私たち使用人が不安に思っているということを。主である貴方が、そんなんでどーするってんですか! 次期国王フローレンス王子!」
王子ははっと、息を飲んだ。
視線を彷徨わせ、自身の映った鏡を見る。
何日も風呂に入らず、ろくに食事を取らなかった酷い姿を。
「……そう、だね。僕は王子なのだから」
無理して作られた笑顔の意味を、私は知っている。
彼がオリアーナに救われた理由を、私は知っている。
フローレンス王子は、自分が王子だということを窮屈に感じている。
彼には自由がない。
国王になるという道しか許されていない。
本当の友もいない。
いるのは友と呼んでいる仲良く『しなければならない』者たちだけだ。
彼はとてもとても優しい人なのに、周囲は彼にそんなものを求めてはいない。
王子であれと、周囲は彼に押し付ける。
誰かの上ではなく、横で、対等な関係を望む人なのに。
その悩みを解っていて、私は何もしなかった。
私は一介のメイドに過ぎなかったし、オリアーナが王子を救うと私は知っていたから。
でも、今はどうなのだろう。
愛しいオリアーナに裏切られた今は。
「……おう、じ」
「なんだい?」
「………………いえ。なんでもありません」
私は一介のメイドだ。何か出来るはずない。
フローレンス王子は優秀なお方だ。失恋から目を覚ましたのなら、もう彼の力だけで大丈夫だろう。
「シャノンは時々、今のような顔をするよね」
「変な顔をしていましたか?」
「何かを堪えるような顔だよ」
それはきっと気のせいですよと言って、私は王子の着替えを手伝い、手紙の用意をする。終始無言で側に控えていると、一通の手紙が差し出された。
「シャノンはイザドラと仲が良かったよね。この手紙を渡して欲しいんだ。疑ったことを謝るという内容だよ。……シャノン。何か悩んでいるのなら、こんな僕でも力になるよ」
「勿体無い御言葉です。しかし、王子のお手を煩わせることなど、何もありません」
私は手紙を受け取り、馬車を走らせイザドラの屋敷へと向かった。
きちんとノックをしてイザドラの部屋へと入り、ベッドに座る彼女へと、私は抱きつく。
もう、限界だった。
「ど、どうしたの? シャノンが甘えるなんて珍しい」
「…………っ……大事な人の大事な時に、私は何も出来ないっ。大事な人が悲しんでるのに、手を伸ばして差し上げられない。私は……ずっと、あの方の悲しみを無視して!」
感情が昂った。上手くいくと思っていたのだ。きっとあの甘い物語のように、オリアーナが王子を救ってくれると。王子が本当の幸せを手に入れることが出来るのだと信じた。だから、モブキャラだった私は余計なことをせず、王子の悲しむ姿を見ても我慢したのだ。なのに! オリアーナは王子を選ばなかった。全員を選び、イザドラを落とそうとした。私とイザドラでなんとか無実を証明して、彼らの目を覚まそうとしたのに、それなのに、制裁と言われ、さらに王子を追い詰める結果になった。幸せになって欲しかっただけなのに。
失恋で悲しむ王子のままでは、このままでは駄目だと思って、次期国王なのだからとあの方をまた追い込んで……。
「なんで、一介のメイドなんだ。ヒロインとかもっと重要な役ならっ」
それなら、もっと動けたのに。なんで、モブなんだ。
私なんかに心配して下さる優しい方を、どうして救えないんだ。
「シャノン……シナリオはもう終わったのよ。もう、モブとか気にしないで良いの」
イザドラは私のことを優しく抱き締めてくれる。
頭を撫でて、背中を落ち着かせるようにぽんぽんと叩いて、イザドラは言う。
「だから、好きに動きなさい」
私は顔を上げる。包み込むような微笑みのイザドラが、私を見ていた。
「私も力になるから」
王子もイザドラも優しいのに、なんで世界は彼らを追い込もうとするのだろう。
私は、強く拳を握ったのだった。