第二十一話 彼は決意し、誓いを立てる
アリス様誘拐事件について、私の犯した過ちは二つ。
一つは私が護衛を離れ、後をリリーに任せたこと。
もう一つは……とある誤算だった。
楽しかったアリス様とのお出かけから城へと戻り、アリス様を客室に案内している最中、私はダニエル・ラシュトンとイザドラ・ティリエという珍しい組み合わせに会った。なんでも、ダニエルは婚約破棄の件でイザドラを疑ったことを思い出し、謝りに来た……というのはついでで、お菓子を強請っていたようだ。どうやらダニエルは、以前食べたイザドラのお菓子が気に入ったらしい。イザドラは乙女な趣味全般、可愛らしいお菓子作りや凝った手芸も出来るからなぁ。
それと、私がどこにいるかをダニエルは聞いていたという。まぁ、出かけてましたからね。いつもの場所にはいませんね。
「さぁ。ボクのメイド。適当な部屋でこのお菓子を食べさせてよ」
その手に持ってる可愛いお菓子に見覚えがあった。どうやら、イザドラからお菓子を貰うことには成功していたようである。
えーコホン。
さて、まずは自己紹介だよね。
「アリス様。こちらは魔術師のダニエル・ラシュトン様です。魔術がとてもお上手なんですよ。ダニエル様、こちらフローレンス王子の甥にあたります。アリス様です」
私の紹介に、アリス様はお行儀よく挨拶をする。
「こんにちは、ダニエルさん。僕はアリス・リシェ=ルルージュと申します」
「ん。こんにちは。今度すっごい魔術を見せてあげるからね。……それで、メイド? どこか近くの部屋でお菓子を……」
えーお次は。
「こちらはフローレンス王子の婚約者のイザドラ・ティリエ様です」
「こんにちは。アリス様」
「こんにちは。イザドラさん」
「…………このボクを無視するなんていい度胸だね?」
ぬ!?
スルーしてやり過ごそうと思っていたのがバレて、私はダニエルに抱き抱えられた。近くにいるリリーは叫んで非難をするけれど、ここが三階だというのにダニエルは窓ガラスを割って飛び出した。さらにリリーが悲鳴を上げる。ダニエルは風の魔術を使い、ゆっくりと静かに地面に下ろされる。
おおー! やっぱ魔術はすげーや!
「景色の良いところを見つけたんだ。そこでおやつにしよう」
返事は求められず、強引に手を引かれる。
私は三階の窓辺で鬼の形相をしているリリーに、「少ししたら戻るから、それまでアリス様を宜しく」と大声で言って、後を任せた。
「全然抵抗しないんだね」
「まぁ。誘いは断らない主義なもので」
断られたら悲しくなるから。
拒絶は怖いから。
だから、私は誘いを断らない。断れない。
まぁ。ものによっては断ったり、スルーしようとしたりもするけどね!
ということで、護衛任務があるのでまきでお願いしますよダニエル様。
この国自慢の緑の薔薇ばかりを集めたバラ園の芝生で、すちゃっとダニエル用にいつも持ち歩いているフォークを持ち、渡されたケーキをあーんと口へ運ぶ。彼は満面の笑みでそれをもぐもぐと食べ、カップケーキを三つ食べ終えると、突然私に抱きついてきてそのままの勢いで押し倒し、芝生の上で二人して寝転がる形になった。なんでだ!
「あー。このメイド、ボクのモノにならないかなぁ」
物か。私は物なのか。
ダニエルが頬をすりすりしてきて、イケメンの顔が至近距離にあることに私はドキドキするが、お菓子も食べさせたし、さて帰ろうとする。けれど、当のダニエルが離してくれない。
「ダニエル様。そろそろ仕事に戻りたいのですが」
「真面目だなぁ。もうちょっとくらい時間をちょーだいよ」
はいっと、ダニエルは手紙を私の前に差し出した。どうやらダニエル宛の手紙のようだが、読んで欲しそうな目だったので、おずおずと封筒から中身を取り出す。便箋に書かれた内容をしっかりと最後まで読み、驚きを隠さずにダニエルを見ると、にっこりと笑ってくれた。
「嬉しそうだね。ボクのメイド」
「ええ……ええっ。そりゃもーうれしいっすよ!」
手紙の内容は、湖の枯れた村であるニムバス村の村長から、ダニエル・ラシュトンとそのメイドへ宛てられた謝罪と感謝の手紙だった。今は井戸や水路の作り方を教えてくれる快活な老人と若い衆、そして村人達が一丸となって、頑張っているらしい。
これを嬉しまずにはいられない。
「それを早くキミに見せてあげたくてね。仕事の邪魔して悪かったとは思うけど、ボクもそろそろ研究室に籠らなきゃいけないし、少しの間会えなくなると思うからたっぷり我が儘させて貰ったよ。ふふっボクすっごく頑張るから。だから、これくらい許してよね」
チュッ。
ふにっと、私の頬に柔らかいものが当たる感触がした。
な、な、ぬぅあ!
「うわぁぁああ!!」
頬っぺた! 頬っぺたにちゅーされた!
ぐわあああッ!!
「ぷはっあははははっかわっ可愛いすぎかっ」
と、まあ。そんなこんなでダニエルに遊ばれて精神力を削られた私は城内へと戻り、リリーからアリス様が誘拐されたと報告を受けたところに、時間は戻る。
笑って嬉しそうなリリーに、私は頭を抱える。
「まず一番大事なことを聞くよ。アリス様は無事? 安全だといえる?」
「アリス様は現在、手足を拘束され口枷もされて、暗い部屋に閉じ込められております。怯えられていらっしゃるようですけれど、大事なのは見た目ですから、傷つけられたりするような怪我の心配は無用かと。ですが、絶対なんてものはあるわけがないので、危害を加えられそうになったら見張っている部下が守りますので、どうかご安心ください。お姉様」
にこっ。
じゃないんだよ。リリー。
「もしかしてだけど、リリーはアリス様の警護を疎かにしたのかな? そうじゃなきゃ、誘拐なんてされるはずがないと思うけど」
リリー、君はとても優秀な子だ。君が守っていて、誘拐されるなんて、そうそう起こるものじゃない。
「だって私、あの子が嫌いなのですもの。お姉様は大好きですけれ……」
「色々、説明してくれるかな?」
そりゃ、私も護衛を離れたからあまり責められる立場じゃないけれど、でも、まずはアリス様の奪還を考えないと。
リリーの話によると、アリス様は自らこの城を出て行き、それを待ち伏せていた誘拐犯に見付けられ、捕まってしまったらしい。
しかし、外は危ないと分かっていて何故、アリス様は自ら城を出たのか。その疑問を小さく独り言のように呟くと、その疑問にリリーが答えてくれた。
「アリス様はお姉様とお出掛けをして、勘違いをなされたのです」
勘違い?
お出掛けをしただけで、一体アリス様は何を勘違いしたというのだろう?
「おそらくアリス様は、今まで騎士の方に『側』で守って貰っていたのでしょう。誘拐犯を薙ぎ倒す姿を間近で見ていた。そんなアリス様は、今回の護衛をどう思われたでしょう。お姉様が出したアリス様に気付かれないように誘拐を阻止せよとの気の回したご命令は、アリス様にはどう映ったのでしょう」
リリーの目は、アリス様を想像してか厳しいものだった。本当にリリーはあの天使ともいえる無垢な少年が嫌いらしい。
「誘拐なんてされないのではないか。あのお馬鹿なお坊っちゃんはそう思ったのですよ」
人の賑わう王都。大勢の綺羅びやかな貴族。故郷から離れ、ひっそりと内密で来た土地。
自分以外にも狙う価値のある人がここにはいる。
自分がここにいるとまだ知られてはいない。
だって、出掛けたというのに、誰にも狙われたりしなかったのだから。
もう一度町へ出掛けたい。
安全な──今なら。
アリス少年はそう思ってしまったのかもしれない。
「だとしても、彼を野放しにして、誘拐犯に誘拐させることは、なかったんじゃないかな」
護衛が任務だったはずである。
嫌いだからって、子供の誘拐を見過ごすなんて。
そんなことがあってもいいのだろうか。
「私はあの子が嫌いでした。ああいった手合いは、一度痛い目を見たらいいのです。それに、拘束されることくらい、どうってことありません」
そうだね。どうってことないよ。
特殊な訓練を受けた人たちならね。
「私達ならどうってことないよ。でも、あの子は違う。そんなの堪えられない」
目隠しされ動けない状況。拐われたということ。信頼における騎士はおらず、慣れない土地。
不安要素は多く、守られる存在であるアリス様は怯えている。
「誰だって最初は怖いです。けれど、慣れればっ!」
慣れれば……。
「そんなものに慣れた頃には、人が変わってしまっている……かもしれない。そうでしょう? リリー」
リリーは一旦黙り、しかし再び口を開いた。
「…………。……そうやって甘やかすから、いけないのではないでしょうか。子供はこれから来るであろう困難の為に、そういった事態に慣れておかなくてはなりません。それを与えるのは大人の役目です」
「だとしても、それを与えるのは、会って一日そこいらの私達じゃない」
リリーはくっと、下唇を噛んだ。
彼女はどうしてそこまで彼を嫌うのか。その意味を知りたいけれど、それを知るのはもう少し先の話だ。
私はリリーに告げる。リリー自らがアリス様を救うのだと。そして、ごめんなさいとアリス様に謝りなさいと。誘拐を止めなかった、アリス様を嫌った理由も、彼と面と向かって話しなさいと私は言う。
「失礼ですがお姉様。心のこもっていない謝罪など、誰も欲しがらないと思います」
リリー。この期に及んで、君はまだそんなことを言うのかね……。
「形だけでも謝るのは大事だよ。理由だって、アリス様も気になるだろうし。それに、そんな謝罪いらないと怒られてもいいじゃないか。その方が、トラウマになったり、怖がるよりも断然ましだよ」
「………………分かりました。私はお姉様の仰られる通りに致します」
こうして、アリス様奪還作戦は始まる。
彼を嫌い、誘拐を加担する振る舞いをした彼女によって、アリス様は救出されるのだ。
私はそれを陰からこっそりと、見守るのである。
アリス様が囚われたという空き家に忍び込み、リリーは一瞬で男たちの意識を失わせてゆく。殴ったり蹴ったりしながら、リリーはあっさりとアリス様がいる部屋にたどり着いた。そこにはリリーに支える二人のメイドが、アリス様を守るようにしながら立っていた。周りには男が二人倒れている。報告にあった犯人の人数全てを確認。どうやら、あっさりと鎮圧出来たようである。リリーはメイド二人を褒めながら、アリス様の前に立ち、堂々と彼に言い放つ。
「私は貴方が嫌いです。ですから、この度貴方が誘拐されそうになった時、私はそれを阻止しませんでした」
どぉーい!?
堂々としすぎだろ!! とツッコミたいのを我慢しつつ、私は陰から見守る。見守りに徹している。
そして、リリーは言う。アリス様を嫌う、その理由を。
「私は貴方が嫌いです。だって」
リリーはアリス様の手をとり、手のひらを撫でる。
「貴方の手はこんなに綺麗で、柔らかいから」
きょとんと、アリス様は首を傾げた。
「貴方は、まるで強くなろうとしていない。強くあろうとしていない」
「狙われているのに、貴方は努力を一切していない。ただ守られるだけの、守られることが当然だと思っている人の、どこを好きになれというのでしょう」
貴方は、普段剣を握っていないのでしょうと、アリス様の手を撫でながらリリーは言う。この手には剣を握った時に出来るたこもなく、硬くもなく荒れてもいないと、リリーは言う。
「だから、私は貴方が嫌いなのですよ」
ただ守られているだけだから。
怯えているくせに、人任せだから。
「子供だからは、理由になりません。その年よりも幼い頃、私の心酔するお姉様は家族を守るためにある決断をしました。私も、貴方より幼い頃、自分で足掻いた。二人とも貴方より強かった。けれど、貴方は違う。違うのです」
リリーはアリス様の腕を捻った。痛そうな顔をアリス様はする。けれど、一分間くらいそのままキープされ、アリス様はぐっと堪え、リリーはぱっと腕を放した。
「甘んじて非道を受けないで下さい。今は私を怒り、倒すべき所です。貴方には最高の騎士が付いていたはず。何故、貴方は彼から何も学ぼうとしなかったのですか?」
リリーは、私は決して謝る気持ちはありませんがと前置きをしてから、ごめんなさいと謝罪の言葉を口にした。そして、彼女はアリス様を置いて、二人のメイドを連れ、その場から去っていく。おそらく、後を私に託した形なのだろう。きっと、リリーは私がアリス様を慰めたりすればいいと思っている。
けれど、彼の眼を見れば分かる。
慰めがいらないということは。
「僕、強くなります。僕の為にここまで言ってくれた人は、初めてです。言葉全てが、胸に突き刺さりました。…………僕、あのお姉さんに誇れるくらい……強く、とても強くなります」
そして、彼はこの言葉通り本当に強くなる。
五年の歳月をかけて。
五年後。史上初の最年少副団長に就任したアリス・リシェ=ルルージュが、一介のメイドであるリリーにプロポーズをするのは、また別の話。
次の話は女性恐怖症になった攻略対象者に会いに行くよ! 的な話です!
予想以上に更新が開きましたが、だらだらとでも完結には向かっていきます。すみません。(;>_<;)




