第二十話 アリスの箱庭
今日は緊急のお客様が来る。
王妃様の妹君であるベレンガリア様のご子息、アリス様がこの王城にいらっしゃるのだ。
なんでもアリス様はこの世のものとは思えない天使のような見目をしていて、毎日誘拐犯に襲われるのだそうだ。それを守るのはかつて最強の王国騎士として周辺諸国に名を轟かせた御仁なのだけど、その最強の騎士様は急用で故郷に帰らなければならず、騎士様がいない間アリス様を王城で守るということになったらしい。アリス様はフローレンス王子にお会いしたいとのことで、結果的には私たち王子付きのメイドがアリス様の護衛役ということになった。
天使のような見目……毎日誘拐犯に襲われる……そんな愛くるしい人間がこの世に存在するものなのかと考えていたら、可愛らしさの残った綺麗な女性と、一人の天使が「フローレンス王子はどちらに?」と私に話しかけた。私は急いで膝を着き、指を組み合わせ祈りのポーズをする。
「すみません、天使様。天国へのお迎えはもう少し先でお願いします」
やり残したことがいっぱいありすぎて、後二百年くらい待ってくださいと言えば、天使はくすりと笑った。
「素直で素敵なお姉さん。僕は天使じゃありませんよ」
その微笑みはまさに天使。気のせいだろうか。後光が、後光が見えるよ! 羽根とか輪っかも見えるよ!
きっと、この人たちがいらっしゃると言っていたベレンガリア様とアリス様なのだろう。う、美しいっ! 金髪に青い瞳……神が愛すべき麗しい造形……まさに天使!
「フローレンス王子はこちらです。ご案内致します」
私は抱き締めたい欲求を圧し殺し、努めて冷静を装う。
「ありがとうございます。えへへっ。早く王子にお会いしたいです」
と、手を繋いできた天使に、私は骨抜きだった。
王子、ダッシュで! ダッシュでこの子に会いに来てください!!
無事、王子とアリス様はお会いし、ベレンガリア様は王妃様に会いに行った。今、王子とアリス様は動物の話で盛り上がっている。私も、私も混ざりたいなー。前世で飼っていたパグの話とか、ダメかなー。ダメだろうなー。ぐすん。
王子はお暇ではないので、いつまでもアリス様の相手をすることは出来ない。国の要人との会談へ行く王子にはララを付かせ、私とリリーはアリス様の護衛をすることにした。リリーはアリス様と目があった瞬間、酷く嫌そうな顔をする。
「お姉様ぁ。私、子供嫌いなんです」
う、うん。知ってたけど、こんなに天使な子なのに受け入れられないか。君には後光とか羽根とか見えないのかね。あと本人の目の前でそういうこと言うの止めようよリリー。アリス様、気まずそうだよ。可哀想だよ。
「ごめんなさい。暫くお城に滞在させて頂きます。アリス・リシェ=ルルージュです。可愛いお姉さん。お利口にしているので、どうか宜しくお願いします」
「可愛いお姉さんじゃなくて、リリーです。私のことは居ないものとして扱って良いですから」
「そ、そんなこと出来ませんっ」
「そうして頂きたいのです。分かってください。私は貴方個人が嫌いなのですから」
リリー、その子貴族だから! きつい物言いは許されないから! 許されるのは王子だけだから!
なんとかフォローをしないと!
「す、すいませんアリス様。リリーはちょっとツンデレで……」
リリーとアリス様は二人して「つんでれ?」と首を傾げた。
そうだよね! ごめん! この世界にツンデレなんて言葉なかったわ!
アリス様は外の世界に興味があるらしい。屋敷の外、城の外。アリス様にとって外は危険な場所で、決して行ってはならない場所だから、憧れが強いのだろう。私たちにとって何でもないことでも、アリス様は目を輝かせながら話の次をと促す。そんなアリス様が可愛らしくて、その可哀想な境遇を何とかしてあげたいと思ってしまう。
彼は、毎日誘拐犯に狙われているのだという。それは一つではなくて、裏で依頼している者も何人もいるらしい。
天使な見目であるが故に。
彼自身は何も悪くはないのに、窮屈な思いをする。
そんな彼の外への憧れを叶えてあげたい。
私は耳打ちでリリーに指示を出す。メイド数人を呼び出し、アリス様には内緒で彼の護衛をしてもらう。リリーも離れた所から護衛をする。なんせリリーは目と勘が良い。
私はアリス様の手を握って、安心させるようににこりと笑った。
「アリス様。城下町へ行きましょう」
君は必ず守ってみせる。
安心で安全な普通のお出かけを、君に送ってあげよう。
「わぁ! わあ! わあぁぁぁ!」
大興奮のアリス様。城下町をキョロキョロと興味津々で見ている。あっちへいったり、こっちへいったり、とてもお忙しい。食べ物を物欲しそうに見ているので、僭越ながら毒味をさせていただいてから、アリス様にお渡しする。ふむ、美味い。
「もぐもぐ……とても美味しいです!」
「ですよね! いやぁお口にあって良かったです。次はどれにしますか?」
えっと、と言いながら、アリス様はフードを少し持ち上げ、辺りを見回す。
目立たないようにとアリス様にはローブを着て貰ってはいるけれど、完璧に隠れているわけではないので、近くの通行人の何人かは、息を忘れるほどにアリス様に魅入っていた。
「あ! あの子の持っているお菓子はなんですか?」
「それはですね……」
私が説明をしようとした途端、アリス様が指差した子が躓いて転びそうになった。しかし、どこからかリリーがさっと現れ、転ぶ手前でその子を押さえた。
「ふー。危ない危ない。次は転ばないように気をつけてね」
と言ってリリーは笑顔を向け、お礼をしつつ走り去る子供に手を振り続けた。そして、ばちっとアリス様と目があうと、リリーはぷいっと顔を逸らす。
「シャノンさん。僕、リリーさんに嫌われてないですか? 子供とか関係なく」
「うーん。なんででしょうね」
こんなに可愛いのに。
リリーは嫉妬をする子で、私はアリス様に魅了されているけれど、今回はそういったものじゃないとは思う……。アリス様の何かが、本当に嫌いなのだろう。
私はひとまずお菓子の説明を再開しようとする。けれど、アリス様はずっとリリーの方を見ていた。
「そんなにリリーが気になりますか?」
「……え? あ、はい。気になります。僕、嫌いって直接言われたの初めてで」
何がいけないのでしょうかと、アリス様に聞かれた。私も知りたくはある。リリーに聞いたら教えてくれるだろうけれど、すぐに聞くのはつまらない。
「じっくり考えてみましょうか。自分を見つめ直すのは、大事なことだと思います。……それに、頑張って当てたいですしね!」
「……ふふっ。成る程。では、どちらが早く当たるか勝負ですね」
頑張りますとアリス様は力強く手を握った。
物事を楽しく考えるのも、大事なことだぜ。
途中だったお菓子の説明をアリス様にして、売られている店へと一緒に向かい、あつあつの出来立てを購入。勿論、毒味をきちんとしてから手渡す。喜んで食べるアリス様に私は満足感を得つつ、後ろに立ったリリーからの小声の報告を、アリス様に気付かれないよう、私は表情を変えずに聞く。
「誘拐犯五名と、誘拐組織六チームに少しの間眠っていただきました」
ほうほう。思ったより多いな。最強とも呼ばれた騎士がいないのを好機と踏んだのだろうか。メイドだからって舐めて貰っちゃ困るぜ。それにしても、その数はまったくもって、面倒だ。
「ありがとう。敵が強いようなら私が動くから、ちゃんと見定めてね。無理はしないように」
「誘拐に手を染める者ごときに、お姉様が手を下すまでもありません」
リリーはそれだけ言うと、気配を消し、姿も消した。流石、諜報や隠密といったものを得意としているリリー。忍のようだ。にんにん。
さて、アリス様に危険の及ばぬように、危険を感じられないようにとやっていたけれど、そろそろ潮時かもしれない。数が多いと隠しきれなくなる。
「アリス様、そろそろ城に戻りましょう」
「えっ!? …………もう、ですか?」
「はい。もう、です」
安心で安全なお出かけだとアリス様に思ってもらうには、そろそろ限界なのである。組織ならば、そろそろちゃんとした対策を練っているかもしれない。
「分かりました。今日は、とても楽しかったです」
にこりと笑う笑顔に、私は嬉しさを感じた。
でも、この時の私は気付かなかったのである。
私の────過ちを。
「アリス様が誘拐されました」
そう言ったリリーは、どこか嬉しそうだった。




