第二話 失恋
舞踏会が終わり、次の日の朝。
私は王子を起こすべく、寝室の扉を叩く。
すると、起こす前に中から王子が顔を覗かせた。
「……食欲がないんだ。…………あと、しばらく何も出来る気がしないから、そっとしておいて欲しい」
涙で真っ赤に腫れ、鼻声の王子はそれだけを言うと、布団の中へと戻ってまたずびずびと鼻をすすっていた。どうやら、一晩中泣いていたらしい。
メイドの私は彼に食事をとって貰わないと困るのだけど、今日くらいはいいかと思って寝室を後にする。
ヒロインのオリアーナに裏切られたショックで、フローレンス王子は舞踏会後からあんな調子である。情けないとも言えるけれど、優しく純粋な王子なのだ。
「とはいえ、立ち直って頂かないとなぁ……」
国王陛下は仰られた。
一ヶ月後に正式な制裁があると。
王子に何かあったのなら、困るのは王子だけではないのだ。王子に使える者全員に不安が広がっている。
私は溜め息を吐いた。
こんな予定ではなかったのだ。
イザドラの無罪を証明し、オリアーナの浮気を暴いて、王子たちの目を覚まさせるという予定だった。
まさか国王陛下が出てくるとは思わなかったのである。
しかも制裁とは……。
思ったより事が大きくなってしまった。
私は今後のことを考えながら、面倒なことになっているであろう友達のもとへ向かうことにした。
「しゃぁああのぉぉおおんんんー!!」
がばぁっと、扉を開けるなりタックルという名の抱きつきをされ、私は油断して勢いよく倒れた。痛い。
王子同様に目が真っ赤で、イザドラは私に抱きついて離れない。
「イザドラ様、一旦お部屋に戻りましょう。ね?」
「シャノン。私、わだじぃいい!」
無理矢理イザドラを立たせ、私たちは部屋へと入った。
涙をぼろぼろ流す彼女を落ち着かせ、紅茶をティーカップに注ぐ。
「…………ぐすっ。絶対、フローレンス様に嫌われたわ……折角、諦めて見守ろうと思ったのに」
イザドラは、フローレンス王子に恋をしていた。
前世から、ずっと。
自分が悪役令嬢イザドラになったと気付いた時、彼女は悲しんだ。王子がイザドラのことを好いていないと、何度もプレイした彼女は知っていたから。でも、自分は一応婚約者なのだからという、小さな希望に、彼女は縋ったのだ。
しかし、物語が始まる三年前に、ヒロインの名前を偶然知ってしまった彼女は諦めた。
何故なら、彼女は知っていたから。
ヒロインのオリアーナが、王子を幸せにしてくれることを。
「なのに、なんであの子は、逆ハーエンドを選んだのよぉ」
王子でも、他の攻略者でも、相手は誰でも良かった。
けれど、逆ハーエンドだけは止めなくてはならない。
イザドラが悪にされるそのルートだけは。
実はハッピーエンドではないそのルートだけは。
「大丈夫。王子はイザドラを嫌いになってないよ」
……それより、失恋への悲しみがやばい。
これはイザドラにも言えるけど。
私は笑って、泣き虫のイザドラを慰める。
この時の私は思っていたのだ。
失恋の悲しみが、きっとすぐに終わるだろうと。
長くて三日くらいだろうと。
だって、このままな筈がない。
けれど、イザドラとフローレンスの二人は、一週間経っても、引き摺っていたのである。
ずっと、二人共部屋に籠り続けているのだ。
短気な私は、ついに我慢の限界をむかえた。