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 第十九話 ただいま!

「お姉様ぁああああっ!!」

 城の長い廊下を、品が欠けるというレベルを越えた恐るべき速度で走り、使用人が出入りする扉から入ったばかりの私の側へと来たのは、部下であるメイドのリリーだ。後からゆったりとしたペースで歩いてきたのは同じくメイドのララで、彼女はお帰りなさいませと言って、両手を差し出した。はいはい。お土産ですねと、適当に選んで買ったお菓子を手に乗せる。

「ありがとうございます。シャノン様。信者と共に頂きます」

 え、あ、うん。

 信者……。

 いるとは聞いたことがあるけれど、そのシャノン教とやらは、一体どれくらいの規模なんだ。お土産は、箱でいうと三個。小袋でいうと四十袋なので、まぁ足りるだろう。しかし、ララは考えながら指を折り、「……足りない」と小さく呟いた。

 指を折った数的に、確実に三人じゃない。

 え。待って、四十超えてんの!?

 嘘だよね!?

「リリーは……リリーはずっと、ずぅっとお姉様にお会いしたかったんですよぉーっ。嗚呼、生のお姉様っ! お姉様お姉様お姉様お姉様ぁ~っ」

「……う、うん。寂しくさせたね」

 信者への動揺はさておき、しばらく会えていなかったリリーのほっぺすりすり攻撃は好きにさせ、私は王子の元へと向かう。

「おかえりシャノン」

 !?

 向かおうと思っていたのに、フローレンス王子は待っていたように、すぐそこに立っていた。隣にはイザドラも一緒にいて、私は飛び付きたくなる衝動を押さえる。

 なんだよ。なんだよ。嬉しいじゃないか。なんで皆して迎えてくれるんだよ。もう!

「おかえりなさい。シャノン」

 と、イザドラが笑顔で言うから、こちらも口許が緩んでしまう。

「ただいま……ただいま帰りました! フローレンス王子。イザドラ様!」


 ダニエル・ラシュトンが無事に魔術研究機関に復帰し、私は王子のメイド長として少しの間仕えてから、他の攻略者へ行く予定だ。

 ダニエルの件について、王子は褒めてくださったけれど、私の作戦通りにはいかなかったので、いまいち素直にそれを受け取れなかった。けれど王子は、出掛けてから心境が変わったのは確かだから、きっかけはシャノンだと思うよと言ってくれた。相変わらず、王子は優しい。

 しかし、心境を信教と勘違いしたララが、なんとシャノン教を王子に勧めてきた。やめてくれ。王子は優しいから、話を聞いちゃうだろ! ほら、迷い始めちゃってるよ! 怪しい壺を買わそうとするなララさん! 買おうとしないで下さい王子!!

 私とイザドラが王子を必死にとめ、ララは不満げに頬を膨らませた。可愛いけど、ダメだからね! 値段はお手頃なのにと小さく言って主張しても、ダメだからね!


 夜、リリーが私のベッドの上で、気合いの入った下着姿で待機していたのは割愛するとして、早朝に彼はやって来た。目の下には隈を作り、眠たそうに体を左右にゆらゆらと不安定に揺らしながら、ダニエル・ラシュトンは私を見つけ、ぎゅっと抱き締めた。

「だぁきまくらぁー。すぴーすぴー」

 た、立ちながら寝てるぞコイツ!?

 察するに、ずっと私を抱き枕にしていたせいで、それが慣れてしまい、いなくなったから寝つけなくなったといったところか!

 ん?

 後ろから凄まじい殺気を感じる。

「お姉様に近付く虫けらは、全て殺します」

 目がマジだぜリリー!

 私はどうどうと彼女を落ち着かせ、ダニエルをお姫様だっこして、王子の部屋に入る。着替えの時間なので寝間着姿のフローレンス王子は、ダニエルがいることに、さらには私にだっこされてることに驚いていた。

 気にしないで下さいと言いつつ、王子のベッドへ彼を寝かせ、王子の着替えをしようとする。

「き、気になってしまうよ!?」

「そこをなんとか!」

「!?」

 ささっと王子の着替えを手伝い、私も布団へ入ると、ダニエル・ラシュトンは私にすり寄ってきた。手まで繋いできちゃってまぁ。リリーが私のお姉様ですと言って布団へ入り、ララも無言で布団に入る。王子は迷ったあげく、ダニエル側で布団に入った。いくら王子のベッドが規格外の大きさだからって、本来はこんなに人数が入るものではない。

 にしても、なんだこの状況。

「…………」

 そして、この状況は、ダニエル・ラシュトンが起きるまで続いた。だって、寝てる人を起こさないためには静かにしないといけないからね。

 目覚めた彼は、王子がいるにも関わらず、私にケーキを所望してきた。なんて堂々としてるんだダニエル・ラシュトン。普通なら不敬罪だぞ。王子は優しいから絶対関係ない罪だけど。


 昼下がりには、イザドラがお菓子を作って持ってきてくれ、ダニエルが喜ぶであろうお菓子パーティーを開き、私たちは親交を深めた。とはいえ、リリーとダニエルの溝は深まるばかりだったけれど。

 そして、どうやらダニエルは王子のことを自分を蔑ろにしてまで人を気遣う人と判断し、彼のために魔術を行使しても良いと言っていた。王子も王子で、良き友人を持てたと、とても喜んでいた。オリアーナ経由で知り合ってはいたものの、話す機会はほぼなかったのだという。ダニエルのずけずけとした物言いが対当のようで、王子的に良かったらしい。

 ふむ。王子が嬉しそうでなにより!


 せっかくだからと夕食も王子とイザドラ、それにダニエル、内密でメイドである私たちも一緒にとることになった。

 やはり、大人数で食べる食事は美味いな!

 隣のララさんの食べっぷりは、お菓子ブラックホールのダニエルさんに匹敵しますな。リリーは少食であまり食べないのが、とても可愛い。食後のデザートが食べたくても食べれないのがとても可愛い。

 自分とリリーの食後のデザートをぺろりと平らげたダニエルは、私の手を引いてテラスの方へと向かう。リリーが吠えるように「お姉様に触れるな!」と抗議するが、それをやめさせ、私は大人しく手を引かれた。実は私も食事が途中で、抗議したいのを我慢している。デザートぉ。けれど、私も言いたいことがあるのだ。

 肌を撫でる夜風がとても気持ち良い。外の空気はやはり美味しいものだ。雲のない夜空は、月と星が綺麗に見れ、夜だというのに外は明るかった。

「ダニエル様。ずっと言い忘れていたのですが、私の傷と傷跡を治していただいて、誠にありがとうございました」

 私は頭を下げる。帰り道でも、お別れ会でも、まだお礼を言っていなかったのだ。いやぁ、うっかり。

「別に。やりたいからやっただけだし。傷跡なんて、女の子にはいらないでしょ」

「傷は勲章なんですよ!」

「男のね。……ボクがキミをここに連れてきたのは、その傷跡が気になって聞きたかったからなんだよね。王子にでも酷いことされてたのかと思ったけど、違いそうだし」

 まぁ身体中の傷跡なんて普通気になりますよね。

 私はダニエルに説明する。王族に仕える使用人の在り方を。王族の盾であり最後の矛であるがために、並々ならぬ強さが必要なことを。

 リリーもララもそれなりに戦えるのだ。

 一般人なら、三十人くらいは簡単に相手に出来る。

 並みの兵士には引けを取らない。

 乙女ゲームではこんな設定はなく、ただのモブメイドのはずだったのだけど、まぁゲームなんて必要な設定以外はなにも描かれていないので、乙女ゲームとは違う! とは言い切れなかったりする。ダニエル・ラシュトンの右目の眼帯なんて、ただの装飾品で厨二病だとか思ってたしね。話を聞いた後は、それはそれは猛反省しましたよ。

「そういえば、ダニエル様の右目は、自身の魔術によってお作りになられたんですよね? 拝見することは可能ですか?」

 魔術で作った目。とても、気になりますぜ!

 ダニエルは紫色の左目をぱちくりとさせ、こっちを人に見せるのは初めてだなと言いながら、眼帯を外すため紐を解く。左右非対称の黒い右目。

「ボクは魔術が好き。お菓子が好き。三番目に好きなものをボクは瞳に閉じ込めたんだ」

 漆黒の瞳には、無数の煌めきが見える。

 これは、まるで。

「満天の星空みたいですね」

 でも、頭上にある物よりも、この瞳にはずっと魅力を感じる。じいぃっと綺麗な瞳に魅入っていると、ダニエルは私を抱き締めた。

「気に入った?」

「はい! とても素敵だと思います!」

 ふふっと素直に笑うダニエルは、嬉しそうに私ごとくるくる回った。

「ねぇ。これからも、ボクと会ってくれる? 会いにいってもいいよね?」

「お別れ会っていっても、一生会わないとかいう会じゃないですもん。また、お菓子作らせて下さいね」


 その日の夜。ダニエル・ラシュトンは一人でもぐっすり眠れたらしい。

 私はまだ人の温もりを求めてしまい、リリーと一緒にすやすや眠った。

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