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 第十八話 saver

「シャノンッ!!」

 ボクは多分、この時初めて彼女の名を口にした。

 真っ赤な血を流す彼女は、満ちた湖へと落ちていく。彼女を救おうと、必死にボクは手を伸ばす。彼女もそれに応えようと伸ばしてくれるけれど、ボクの手が届くことはなくて、彼女はばしゃんっと音を上げ、水の中へと沈んでいった。

「……くそっ!」

 ボクはローブを脱いで、湖へと飛び込む。

 彼女を失うと思うと、何故だかぞっと怖くなった。

 死ぬな死ぬなと頭で何度も彼女に叫ぶ。

 底へと沈んでいく、意識のない彼女を見つけて手を掴み、ボクは彼女を引き上げる。ぷはっと水面で息をした。ボクらを見る村人たちの目は酷く怯えていたけれど、怖いのはこっちだ。誰よりも重傷なのは彼女なんだぞと、村人たちを睨み付け、陸へと上がった。

 仮面の紳士を三人ほど召喚し、ボクらを守らせる。その間に、ボクはシャノンの治療だ。女性だけれど今は緊急時ということで、患部を見るべく彼女の服を速さ重視で脱がせた。

「…………っ!?」

 確かに撃たれた場所は酷く、血は止めどなく流れ続けていた。でも、ボクはそれ以外を見て驚いたのだ。彼女の体は傷痕だらけで、それは随分昔からの物だ。こんなの、普通のメイドの……女の子の体じゃない。何故、彼女がこんな体なのか気になったけれど、今はそんな場合ではなかった。

「シャノン…………死んだりするのは、許さないから。キミは、ボクのメイドだ。主の命令は、ちゃんと聞いてよね」

 ボクは急いで、銃弾が貫通した場所に回復魔術での治療を開始した。


 馬車が走る道はガタガタとしていて、悪路といえた。

 どこにも体をぶつけないようにと、未だ意識の戻らないメイドを、ボクはお姫さまだっこしながら座っている。

 きっと道が悪くて振動が酷いせいだろう。道が悪くなってすぐに、彼女は目を覚ましたのだった。

 そして、ボクの腕のなかにいるということを自覚し、赤面する初心さが大変面白いメイドに、ボクは「おはよう。お姫さま」と言ってみた。案の定、「わぁあああ!」と叫んで慌てるのが大変可愛らしい。

 彼女は腕のなかから逃れようとするけれど、ボクが抵抗を見せたら、逃げなくなった。基本的に彼女は受け入れるタイプだ。じゃなきゃあんな怪力の持ち主に、ひ弱な魔術師が力で勝てるわけがない。

 真っ赤な顔で、額に少し汗が浮かぶくらいに恥ずかしがって堪える様に、ボクは満足感を得る。

 しばらくすると慣れてきたのか、彼女は村はどうなったのかと質問してきた。何もしていないとボクは答える。

 メイドの傷と傷痕を全て治した後、ボクは堂々と馬車に乗って、ここまで来たのだ。村人を傷付けてもいないし、村を壊滅させてもいない。力の差を見せつけられた村人たちは、何も言わず、村を出るときも何もしてはこなかった。

 ボクが怒って村を壊滅させようとした時、彼女はボクより先に、村人たちに手を加えた。けれど、それはボクから彼らを守るためであり、ボクを守るためでもあるのだ。

 だから、何もしなかった。彼女の守りたいという思いを、ボクは尊重してあげたかったから。とはいえ、その村人のせいで、彼女は死にそうになったのだけれど。

「そういえば、湖は結局、枯れることはないのですか?」

「枯れるだろうさ。あの結晶が無くなったらね。枯れることのない魔術なんて嘘だよ。そんなん簡単に出来っこない。ただもっともらしくパフォーマンスをして、湖を光らせただけ」

 そう答えると、彼女は何やら思案顔になった。

 何を考えてるのかと聞くと、彼女は何でもありませんお気になさらずと言った。そうやって隠されるのは、面白くない。また聞こうとするけれど、ボクも同じことをしていたことを思い出す。この村に着く前に、村人を救いたくない理由を、ボクは彼女にずっと言わなかったのだ。


 彼女から考えを聞き出すために、ボクは自分の過去を語ることにする。こうして過去を誰かに話す時が来るなんて思ってもいなかった。オリアーナにすら話したことがないというのに。ああ、嫌な女を思い出してしまったな。


 ボク、天才と謳われる稀代の魔術師、ダニエル・ラシュトンは、天才であるが故に、多くのものに傷つけられ、多くのものを盗られてきた。

 僅か十歳にして、魔術研究機関に異例として入ることが認められたボクは、そこで数々の功績を挙げていった。その名声を素直に誉めてくれる者もいれば、嫌な顔をする者もいて、陰湿に妨害工作などをする者もいた。出る杭は打たれるということだ。それで傷付いたりもしたけれど、それで傷付くことに意味はないと気づいてからは、全く気にしなくなった。

 魔術の開発に明け暮れていたある日のこと。

 ボクはまた、新しい魔術を生み出すことに成功した。それを上司である魔術師にいつも通り伝える。すると、白髪頭の初老の上司はボクにこう言ったのである。

「君のその研究は、あまり君に相応しくないね」

 と。どうやら、ボクが生み出した魔術は、天才魔術師の肩書きに相応しくないらしい。


そして、その研究結果は似た研究をしていた魔術師の物になっていた。


 勿論ボクは抗議をしたけれど、上司は他の魔術師の活躍も大事なのだと言った。意味が解らない。成果を出さない者を虚偽の成果で活躍させることに、何の意味があるっていうんだ。

 ボクの研究結果を発表した魔術師と、偶然廊下ですれ違った時には、「研究ご苦労さん。これからも宜しくね」とニヤニヤと魔術師は笑い、ボクは肩を叩かれた。

 それから、ボクの研究結果は他の魔術師の物になることが度々あった。

 きっと、彼らは味を覚えてしまったのだろう。研究もせず怠けだした彼らは、新しく来た所長に解雇処分を言い渡された。上司もボクの研究結果を発表していて、その不正が明らかになって彼も処分された。そして、ボクは他の部所に移動となった。

 清々しい気分には、何故かなれなかった。

 ボクがいなかった時の彼らは、真っ当な魔術師だったことをボクは知っていたから。


 ボクの魔術は人を駄目にするのではないか。


 その疑問は、ずっとボクの心を燻っている。


 ボクの右目の話をしよう。

 十一歳の時のめでたい日の話を。

 それは、ボクが一流の魔術師として認められた日のこと。

 とても優しい両親、少し抜けたところのある優しい兄に祝われ、ボクは大好きなケーキを頬張り、楽しく夕食の時間を過ごしていた。

 両親があんなことを言うまでは。

「貴方は才能に溢れている。それに比べられて、お兄ちゃんは可哀想だと思わない? 貴方の右目の魔眼をお兄ちゃんにあげましょう。大丈夫。私たち夫婦は医者だから、痛くはしないわ。嗚呼。ダニエル、安心なさいね」

 ボクは必死に嫌だと抵抗した。自分の目が失われるという恐怖に、久々に涙を流して叫んだ。けれど、優しい優しい両親は、ボクの目玉を笑顔で盗ったのである。代わりに兄の眼球を入れると言われ、ボクはそれを吐き捨て、魔術を使って自分で眼球を作った。やはり自分の物ではないからか、家族を見ると、なんだか濁ったように見えた。

 少し抜けたところのある兄は、とても喜んでボクにお礼を言っていたけれど、それも濁って見えた。

 才能に溢れているから、ボクは色んな物を失った。

 上司も志を共にする魔術師も、家族も、右目も。

 力のない奴等は、ノブレスオブリージュという言葉を盾に、ボクからボクの物を奪い去っていく。


 だから、ボクは救いたくないのだ。

 力のない奴等こそが、ボクを苦しませると、散々心に刻み付けられたから。


 彼女、シャノン・フリエルはこれを聞いてどう思ったのだろうか。少しでも重く感じればいい。そうすれば、人の良い彼女のことだ。きっと考えを話す気になる。

 ボクにとって、この二つの出来事は、もう解決している。新しく来た所長は真面目で、ボクはただ研究をしているだけで良かったので、あの過ちが繰り返されることはなかったし、家族とは距離を置いて、もう何年も会っていない。


 人を救うことに、ボクは意味を見出だせなかった。

 それは、ボクが誰も好いていなかったからだろう。


 だって、ボクは知った。

 救いたいという気持ちを。

 目の前にいる彼女によって。


「その話を聞いた後だと、余計に話しづらくなったのですが…………私は、それでも彼らを救いたいのですよ」


 だろうとは思った。


「ボクは何をすればいいわけ?」

「貴方の手を借りることはもうしません。貴方を傷付けたあの人たちには、ダニエル様の施しを受ける資格はないです。それに、ダニエル様の仰られた通り、あの人たちには自分たちで動いてもらいましょう」


 彼女は、それでも手を借りたい人はいるのだと申し訳なさそうに言い、川沿いを馬車で走って、ボクらはとある村へ向かった。水路が整備された活気ある村。

 そこで彼女は水路の作り方と、井戸の作り方に詳しい人物がいないかと探し始めた。ボクはそれを馬車から見る。彼女は何時間も、聞いて歩いた。

 そして、今は隠居の身であるというご老人が、この村の水路や井戸を作ったと知り、メイドとボクはその人の自宅を訪ねた。メイドは自分を騙し殺そうとした村人のために、老人に頭を下げた。

「どうかお力をお貸しください」

「長い間雨が降らず、湖が枯れた……か」

「はい。色んなところに助けを乞っているようですが、どこも良い返事はないようで、村人たちはかなり殺気だっております」

 老人はにかっと笑った。

「おう。今すぐ助けに行こう」

 快諾の速さにボクは驚き、思わず老人に聞いてしまう。

「なんで助けにいくのさっ。自分には関係ないのに」

「人は助け合いだよ兄ちゃん。さぁて、若いのを集めて、道具も食料も用意しねぇとな」

 どうやら、このご老人はメイドと同じで人が良いらしい。次の日には、若い男たちを集めて、準備も整え、お昼過ぎには枯れた湖のある村へと出立した。ボクはその人たちを見送りながら、角の生えた狼五匹を護衛につかせる。メイドは目を輝かせながらこちらを見た。


「キミみたいに頑張る人なら、助けたい……かな」

「そうですか……そうですか!」

 すっごい嬉しそうなメイドを髪形が崩れるくらい滅茶苦茶に撫で回し、ボクらは王都へ帰るべく、馬車に乗り込んだ。



 ボクはシャノンに言いたいことがある。

 伝えたいことがある。

 窓から見える草原を眺めていた彼女を、無理矢理こちらに向かせる。


「シャノン・フリエル。ボクは、王都に戻ったら魔術研究機関『セージ』で、再び魔術師として頑張ろうと思う」


 そしたらキミはもう、ボクのメイドじゃなくなってしまうけれど、独り占めだって出来なくなるけれど、ボクは決めたのだ。


 シャノンはボクが魔術を使うと、羨ましそうに目をキラキラさせて見ていた。

 シャノンはボクの魔術を利用しようとしたりせず、ボクのことをきちんと尊重してくれた。


 そんな彼女に誇れるように。

 ボクはまた、一流の魔術師になるのだ。


 王都に戻ったら、まずはお別れ会だねと言うと、彼女はケーキをいっぱい焼きますねと気合いを入れた。キミのお別れ会なのに、どうしてボクを喜ばそうとするのか。その嬉しい気持ちを、ボクは彼女に悪戯することで表現する。真っ赤な顔した彼女は、本当に愛らしい。


「ほらほら、ほっぺにキスするぞー?」

「ぐわぁあああっ!?」


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