第一話 婚約破棄
「今この場を持って、僕とイザドラの婚約を無かったことにする」
お、王子ぃぃいいい!! っと、私は心の中で叫んだ。
やってしまった。
ついにやってしまったのだ。
この時が来ると予想してはいたけれど、結局止められなかった。
がくりと、舞踏会という絢爛豪華な場所で、私は崩折れる。
よりによって、逆ハーエンドを選ぶなんてっ。
私は攻略者達に囲まれるヒロインを見つめた。
私、シャノン・フリエルが前世の記憶というものを思い出したのは、王子のメイドになった十歳の時だった。初めてお会いしたはずの王子に、何故だか見覚えがあったのだ。
あれ? この人の未来の顔が私には解るぞ?
瞬間、この世界にそっくりな物語を一気に思い出す。
『primavera†Siesta』という、王子様やら宰相の息子やらが出てくる学園モノの乙女ゲームの内容を……。
ふむ。あの……なんだ。
この記憶は、ある意味で未来予知なのだけど、乙女ゲームでの登場がモブメイドだった私にはほとんど関係がないという物だった。
未来予知なのに、あんまり嬉しくないとはこれいかに。……まじでいかに。
とはいえ、これを利用するのも良いかもしれないと、王子とその婚約者である令嬢のイザドラ様が微笑ましく遊んでいる姿を見ながら、前向きに思った。
この乙女ゲームは、逆ハーエンドを選んでしまうと、王子の婚約者であるイザドラが主人公に嫉妬して数々の嫌がらせをしてしまい、登場人物全員に断罪され、王子からは婚約破棄をされ、さらには家からも勘当されてしまうのである。そして、ヒロインと登場人物達は幸せを手に入れ、愛し合い、ハッピーエンドを迎える。勿論、悪役令嬢イザドラを除いて。
けれど、私はメイド。王子とよく遊ぶ、今は無邪気なイザドラを教育しようと思い立ったのである。
そうすれば悪役令嬢イザドラが意地悪な子にならず、いじめもせず、断罪だってされず、平穏に暮らせるというわけだ。嗚呼、なんて幸せ!
私には前世の記憶があるので、なんだかお姉さん気分になって、素直で可愛いイザドラに積極的に話しかけた。
話してみて解ったことが一つある。
それは、悪役令嬢イザドラが私と同じ転生者だということだ。
しかも、私は十歳で思い出したというのに、イザドラは生まれたときから前世の記憶があるという。
つまり彼女は、私よりも転生者歴が上の先輩だった。
「この少女、オリアーナにしたイザドラの悪事を、僕は見過ごす訳にはいかない」
「……失礼ですがフローレンス王子。その証拠はどこにあるのでしょうか」
仲良くなった私とイザドラが一番恐れたこと。
それがこの逆ハーエンド。だから、私たちは必死に阻止しようと頑張った。ヒロインと関わらないよう日常生活を過ごし、いじめのイベントがある時は、アリバイを作った。
単にいじめをしなければ良いだけだとも最初は思ったけれど、乙女ゲームの運命からどう逃げられるか解らなかったから、私たちは頑張ったのだ。
だから、いじめの犯人になんて、イザドラはならない。
もしもしたというのならば、それは他の令嬢だろう。ヒロインを恨む女の子は、大勢いるのだ。だって、彼女はいつも見目の良い男の子を連れていたから。
憧れの人を何人も連れている女の子なんて、どんなに良い子でも恨まれてしまうものだろう。
「もしかして証拠もないのに、私を疑うのですか?」
「ぁんたが…………あんたが、乙女ゲーム通りに動かないからいけないのよ。バグキャラのくせに」
ぼそっと、ヒロインのオリアーナは小さく呟いた。
「あなたがしたに決まっているわ。フローレンス信じてっ。全部、全部この人が悪いのよ!」
どうやら、このヒロインも転生者の一人らしい。一体この世界に何人送り込んだんだよ神様。三人もいるよ。私が一番関係ないポジションだよ。くっ!
そんな関係のない私を置いて、目の前では乙女ゲームとは異なる物語が紡がれていく。
犯人がイザドラではないという証拠が出され、王族の次に権力を持つイザドラの家に泥を塗ったオリアーナと王子たちは責任をとるべきだとして、国王陛下は王子たちに謹慎を言い渡した。
正式な制裁は一ヶ月後に下されるらしい。
ヒロインであるオリアーナは、国王陛下の発言に喚き、王子達を誑かした罪として投獄されてしまった。
私は思った。
やばい。
面倒なのはこの後だと。