一章 五話 激突、そして混乱 the difference
太田 昌次。
奇術師ではないものの、人並み外れた情報処理能力を評価され、暗部組織に所属している男。
彼は、『天席』の第六席、磯澄勇也を獲得するという任務の途中、敵である組織、『トレイン』の一員である宮ノ内という男に殺された。
はずだった。
(………………なんだ……これは……俺は、生きているのか? だが、近くにあの男はいない……これはどういう事だ? 意識を失っていたのか……いや、あの男が俺に止めを刺さない理由がない…………だめだ、わからねぇ)
と、頭を抱えていた彼に、
「うーん、あんまり状況を理解できてないみたいだけど…………あなたは『生き返った』んだよ? そりゃもう、完璧にね」
十七歳くらいの女が話しかけてきた。
「…………なんだ? お前」
「私は、日本国直属 特別対策支援部隊『七月』の副リーダー、和井菜月。よろしく」
「な…………っ? 七月、 だと……」
日本に、その名前を知らない者はいない。
この国が世界に誇る国最級奇術師、和井奈菜。そして、その妹、和井菜月。この二人を中心として、暗部の問題をことごとく解決する、国家の便利屋。
その菜月が、なぜ太田の目の前にいるのか?
「……さっき、俺が生き返ったとか言ったな……どういう事なのか教えてくれないか」
太田は、相手の事情よりも自分の状況の情報を求めた。
「はい、いいですよ! えーとですね、あなたは殺されたんですが、なんと見事に生き返ってしまった訳なんですねっ!」
「……だから、それがどういうことか聞いている」
「んー、ま、詳しいことは行く途中に話すぜ。結構長くなりそうだしな」
「行く? どこへ」
「『七月』の本部に決まってんジャン」
太田は、目の前のしゃべり方のおかしい女に質問を重ねていく。
「君の能力が利用できるってのが、リーダーの考えなもんですから~」
「…………そうか、……わかった」
そう言って、太田は歩き出した。
「………………おい、大丈夫か?」
「……………………う、……はっ!?」
目を覚ました龍崎昂輝が最初に目にしたのは、自分を見下ろす男の顔だった。
「…………見たところ学生か? こんな所で寝て、何をしていたんだ」
昂輝は辺りを見回す。場所は変わっていないようだったが、昂輝が殴った遠山という男も、日向を狙っていた『天席』女も、そして日向もいなくなっていた。
この状況から出される結論は、ただ一つ。
(…………畜生………………っ!)
答える素振りを見せない昂輝に、男は少し不思議そうな表情を浮かべる。
「おい、聞いてるのか?」
「あ……すんません、…………あの、ありがとうございました。……それじゃ」
昂輝はすぐにその場を離れた。そして、そこに残された男、宮ノ内健は、
(戦闘の形跡…………あの少年、何があった?……………………磯澄日向も関わっているのか……)
「……とりあえず、香崎の所へ行ってみるか」
情報を求めて、宮ノ内はリーダーのいる海辺へと足を進め始めた。
そして、その海辺では。
「へぇ…………誰がいるかと思えば、『シャトル』の角島さんか…………」
『トレイン』のリーダー、香崎美春と、『シャトル』のリーダー、角島 岳が対峙していた。
「おやおや……『炎上螺旋』の香崎美春に名を知られているとは…………光栄ですね」
「ふん……名前なら、お前の方がよほど売れているだろう。『鋼鉄障壁』、角島岳……」
お互い、暗部ではかなり名が知られている奇術師だ。その二人が、ぶつかり合う。
ゴオォォォォォウッッッ!!! と、美春の周りから紅い炎が巻き起こった。それはどんどん燃え盛り、辺り一帯を巻き込んでいく。
大きく燃え上がった炎は、一本の鞭となり、角島へと襲いかかる。しかし、彼は避けようとはしなかった。
硬い、厚い金属の壁が、燃える炎の進行を阻む。
その金属は、炎をシャットアウトした後、その形を大きな球体へと変え、美春に向かって直進する。
(くっ…………っ!)
かわせるスピードではなかった。一瞬で美春の目の前に迫った球体へ、美春は全力で炎をぶつける。
大質量の攻撃。それによる全力対応。
必然、周囲への警戒ができなくなる。
ゴッッッッ!! という音。美春の死角から彼女を襲った金属板が、美春の脇腹を捉えた音。
「がっ…………!?」
(嘘だろ……!? あれだけの攻撃をしておきながら、更にもうひとつの操作を……!?)
そこからは、蹂躙。
不意の一撃を受け体勢を崩した美春を、様々な形をした金属塊が痛みつける。
「打つ手が無いですか? 仕方がないでしょう…………これで最後にしましょうか」
角島がそう言うと、美春の頭上に、直径四メートル程の逆三角形の金属塊が現れた。
「あなたの命は、ここで終わりです」
同時、その金属塊が、美春の頭の頂点を突き刺そうと落下した。
「くっ…………っ!」
(動けない…………ダメか……)
美春が目を瞑った。
瞬間、その金属塊が、轟音と共に砕け散った。
そして砂浜に降り立った、長身の男。
「…………ふん」
美春が小さく笑うと
「……遅かったか?」
救世主、宮ノ内建は苦笑を漏らし
「いや、ナイスタイミングだ、ありがとう宮ノ内。おかげで、目の前の敵を叩きのめすことができそうだ」
そして、角島は、
(まずいですね。香崎美春に宮ノ内建ですか…………メンバーの誰かがやられたのでしょうね………………まぁ、太田でしょうが。…………こちらも援軍を要求した方が良いかも知れないですね)
首もとに仕掛けてあった通信機に声をかける。
「遠山、光来出、太田。応答してください。………………? どうしました? 応答してください。………………)
おかしい、と思う角島だが、すぐに考えが途切れる。
「名前は知りませんが、女のメンバーの一人は、もう『トレイン』が確保しましたよ」
「っ……!!??」
突然、至近距離から少女の声が聞こえてきたからだ。
咄嗟に金属の壁を作り出す角島だが、少し遅い。
「ぐっ…………!」
少女の蹴りを脇腹に受け、よろめく角島。
その体に、
洪水の鉄槌が直撃した。
「がっ……ばぁぁぁぁぁ!!!???」
吹き飛ばされ、砂浜を転げ回る。
その光景を見た美春と宮ノ内が、驚いたように水の発生源を見る。
そして見つけた。
茶色いショートヘアの少女、雨宮心明の後ろ。
今回の仕事の「成功条件」である少年。
暗部の頂点、『天席』。
第六席、『破滅波槍』磯澄勇也。
「なぜ…………お前がここにいる?」
驚いた表情のまま、美春が質問する。
「アンタに会えば妹の場所が分かるって、こいつに言われて来たんだ。…………アンタらのことはよく知らねぇが、どうせ俺を暗部に入れようってんだろ。入ってやるから、早く妹の居場所を教えてくれ」
「なに…………!? ……お前、自分が何者だか分かって言ってるのか!?」
「『天席』だろ。そんくらい知ってる」
「な……!?」
二人の驚きが、ますます強くなっていく。
「あの……私もここに来るまで色々聞いたんですが、なんか、結構何でも知ってるみたいですよ」
唯一冷静だった心明が、苦笑しながら説明する。
「本当か……? 何故?」
「上層部に知り合いが居てな、そいつから色々聞いた」
「なんだと……? まあいい、とりあえず、お前はこれで私達『トレイン』に加入するわけだが、いいんだな?」
「ああ、暗部に入る事は結構前から覚悟してたしな」
「……分かった。お前の妹は―――」
美春が日向の居場所を教えようとした瞬間。
ゴゥッッッ!!! と、今までより数段大きい金属塊が、勇也達を目掛けて飛んできた。
「っっ!!!」
それぞれが各々の対応をする中、勇也が発射した水の砲弾が、金属塊を粉々に破壊した。
「…………何故あなたがそちらにいるのです……!? 磯澄勇也……!」
砂浜に倒れていた角島岳が、勇也達に向かって歩いてきていた。
角島の問いに、勇也は答える。
「そうだな……『トレイン』の雨宮は、俺の妹を知ってた。お前らの仲間の女は、妹のことを知らなかった。……それが理由だな」
「な……? それだけのことで…………!?」
「うっせーな、もう良いよ。『トレイン』に入っちゃったし。つーことで、じゃーな」
「ふ…………ふざけるなぁ!!!」
角島が片手を振るうと、今までで一番大きな、直径13メートル程の金属塊が勇也に向けて発射される。
対して、勇也は体勢を低くし、右手に力をこめる。
そこに集まった水は、大きく渦を巻き、すぐに大きな槍となった。
『破滅波槍』。
破滅へと導く荒波の槍。
勇也が右手を振るい、発射されたその槍は、金属塊を完全粉砕し、そのまま角島の体を貫いた。
すると、
パキパキパキパキィィィィ!!!! と、角島を貫いた槍が、角島ごと凍っていった。
「なんだ!!??」
宮ノ内が声をあげる。
「こんにちは、『トレイン』の皆さん。神名良美です」
「なっ………………!!??」
心明が驚きの声をあげる。
「神名……良美…………だと……!?」
美春が一歩後ずさる。
「………………テメェ……」
そして、勇也は静かに神名を睨んでいた。
理由は一つ。
神名良美が、磯澄日向を背負っていたからだ。
「日向に、何しやがった…………っ!?」
「あたしは何もしてないよ。磯澄君にこの子を返しにきただけ。『シャトル』のメンバーにやられてた所を助けてやったんだから、むしろ感謝して欲しいかな」
そう言って、神名は日向をその場に寝かせた。
今だに疑いの目を向ける勇也だったが、神名に敵意が無いことは分かったようだ。
すると、神名が喋り始めた。
「…………上層部の連中がさ、前から言ってたんだよね、『磯澄勇也には何かある』ってさ。今日見に来れば何か分かるかもと思ったけど、流石に相手が弱すぎたかな」
「!?」
「まあ、磯澄君がちゃんと暗部に入って良かった。あたしはこれで行くよ。じゃあね。あ、またどっか仕事で会った時は、敵でも味方でもよろしく」
そう言うと、神名は砂浜を出ていった。
そして、勇也は驚いていた。
(『磯澄勇也には何かある』…………? もしかして、暗部の上層部は、こいつの存在に気付いてるのか? この、『さっきからずっと俺の回りをうろうろしてるこいつ』の存在に……)
『あれ、行っちゃったね。ねぇ勇也、私もそろそろ帰らないと。今回はあんまり話せなかったけど、次はもっといっぱい喋ろうね。それじゃ』
今喋ったこの女。『彼女』は、勇也が破滅波槍を発動させた辺りにポッと現れ、勇也の回りをうろちょろしていた。
そんな『彼女』に、勇也は。
「…………あぁ、またな」
『…………!! うん!!!』
ボワン、と、たった今煙のように消えた『彼女』は、自分以外の誰にも見えてはいない。
『彼女』と会うのは二度目だった。が、勇也は『彼女』のことを何も知らない。
(あいつは、一体なんなんだ…………)
自分に何かあると思っている暗部の上層部なら、何か分かるかも知れない。そう思い、勇也は頭を切り替える。
彼は、神名について話している、今夜仲間となった『トレイン』のメンバーへと振り返り、
「さて、なんで俺の前に妹と接触したのか……教えてもらおうか」
同時刻。人気のない古八野町の路上。
神名良美が歩いていると、後ろから声がかけられた。
「…………おい」
「……………………君はさっきの……」
龍崎昴輝は、先ほど叩き潰された相手を、強気な姿勢を崩さず、信念を持った眼差しで睨み付ける。
「……お前に、話がある」