一章 四話 +αともう一人 All-out war
土筆高校付近にある路地。一人の男が立っていた。
彼の名前は宮ノ内 健。暗部組織「トレイン」のメンバーだ。
彼の傍らに、もう1人、男がいる。が、その男は倒れていた。息もしていない。宮ノ内が殺したのだ。
しかし、宮ノ内は殺人罪には問われない。
理由は簡単。暗部だからだ。
奇術師同士が争うこの国の暗部では、人が死ぬことなど珍しくない。
だが、宮ノ内に殺されたこの男、太田 昌次は、奇術師ではなかった。彼は、優れた情報収集能力、処理能力を持ち、それが評価されて「シャトル」のメンバーとなったのだ。
しかし、半月ほど前の暗部の事故で両腕を失った彼は、「シャトル」にとってはもう用済みだった。使えない、と判断され、今回の作戦では囮役をやらされ、その悲惨な運命を締め括るように、宮ノ内に殺されたのだ。
その宮ノ内は、合流するはずだった少女を心配していた。
(磯澄日向……合流予定時間はもう過ぎているというのに…………)
そんなことを考えていると、ちょうど日向から連絡が来た。
『宮ノ内さんですか?』
「俺だ、どうした?」
『はい、えっと、敵と思われる人物を発見しました。現在尾行中です。場所は』ブツッ
会話の途中で、通話がきれてしまった。これを偶然と考えることもできるが、暗部では、そんな甘い考えは通用しない。
例え特に問題がなかったとしても、少しの異変があればそのケースにおける『最悪』を想定して行動する。宮ノ内は、それを信条とし、今までもその行動で仲間を救ってきた。
そのため、彼は今回も、何か問題があると考える。
磯澄日向と美春が待ち合わせした公園の場所を思いだしながら、宮ノ内は少し早めに歩き出した。
「………………っ!!??」
気づかれていないはずだった。完璧に尾行をこなし、宮ノ内に連絡して、 目の前の男を制圧するはずだった。
しかし、失敗した。
どうやら、日向の尾行は気付かれていたようだ。無理もなかった。日向は暗部に所属している訳ではない。一ヶ月前までただの一般人だった少女なのだ。
それが、仲間と合流する前に敵と遭遇してしまった。
敵の能力と思われる現象により、携帯は破壊されてしまった。
日向は考える。この状況を、どう乗り越えるべきか。
どれだけ考えても、答えは一つしか浮かばなかった。
戦う。
自らの手で以て、敵を戦闘不能にする。
「お前、誰だ……? 俺達が調べた『トレイン』の情報にはなかった。……お前は『トレイン』の仲間か? 」
「……アンタに教える義理なんか……ない」
「…………それもそうだな」
会話はそれだけだった。男が右腕を少し振ると、彼の周りにある地面が盛り上がった。地面から切り離された土は、七本の棘となり、日向に襲いかかる。
『急襲土棘』。男は、自分の周囲にある土を操ることができる。
七本の棘が、それぞれ日向の体を突き刺そうと飛来する。
しかし。
七本の棘は、日向に届く直前、
グワアァン!! と、百八十度逆方向へ進みだした。
「なっっ!!??」
先手を取った男の顔が驚愕に染まる。が、すぐさま落ち着きを取り戻し、直線的に進む土の棘をかわすように右へ跳んだ。
しかし、それに意味はなかった。
バン! と、土の中から何かが飛び出した。それは、無数の礫となり男に直撃した。
「ぐっっ…………ッ!?」
謎の攻撃を受けて地面を転がった男は、それでも冷静でいた。
何故か追撃の様子を見せない敵の能力を、分析し始める。
そして、見事にカウンターを命中させた日向は、
(あ……あっぶなかったっっ! え、え、今あたし、あれ受けてたら死んでた!? 怖っっ!)
完全にビビりきっていた。
それでも相手に攻撃する事ができたのは、日向の奇術の強さと、母親から譲り受けた大雑把な感覚と心の力強さによるものか。
そして、男は服に付着したその物質から、自分を攻撃した物体が何かを割り出し、敵の奇術を推測した。
「砂…………か……?」
(…………バレたっっ!?)
「当たっているようだな…………」
日向が仕掛けた。
しかし、戦闘経験皆無の日向には、単純な攻撃しかできない。彼女は近くの砂を操り、一本の槍として放った。
が、男は土の棘の一本でそれを打ち落とすと、もう一度土の棘を繰り出した。
(さっきのと同じ……?)
日向は先ほどのように、土の棘の中にある砂を操り、棘を乗っ取ろうとする。
しかし、
(動かし……きれない!?)
「今度は本気だ。 能力の地力が違う。元々砂は土の一部だぞ。一つを押さえたからと言って、全てを乗っ取れると思うな……!」
「くっ…………!!」
そこから先は、押し合い。どちらが土の棘の主導権を握れるか。
結果は当然のものだった。
急襲土棘は男の能力。当然、男は能力の全てを知っている。対して、日向が扱えるのは、砂のみ。更に、経験のない日向には、目に見えない砂を感覚で操作するのには慣れていなかった。
「がっっッッ!!!??」
最後の抵抗としてなんとか直撃は避けたものの、急襲土棘の何本かが日向に当たった。
地面に倒れる日向。頭をぶつけたのか、気を失っているようだ。
「…………終わったか……。最初の砂でダメージを受けたな。戦闘経験が無かったようだが、油断した。」
そう言いながら、男は倒れている日向へ近づいていく。
「聞こえてはいないだろうが、最期に名前くらい教えておいてやる」
彼が右腕を振り上げる。それと同時に、土が持ち上がり、棘となって日向の胸を突き刺そうと狙いが定められる。
そして、
「遠山 吉人だ。…………じゃあな」
言って。
遠山が右腕を降り下ろす瞬間。
ドンッッッッッッッ!!!! という轟音を、彼は聞いた。
それは、加速音。
とある少年が、「空気を」蹴った音。
遠山が顔を上げた時には何十メートルも遠くにいたその少年は、一秒後、目の前にいた。
「何してやがるっ……!! このクソ野郎オオォッッ!!!」
加速に加速を重ねた少年の拳が、遠山の顔面に突き刺さる。
バキバキバキィィッッッッ!! と、何かが折れる音がした。それが、自分の鼻の骨が折れる音だと、遠山はその一瞬では気付かなかった。
そして、激痛。
「がああァァァァッッッッ!!!!」
数メートル吹っ飛ばされた遠山は、勢いよく地面に叩きつけられ、その後彼は人生最大の雄叫びを上げた。
「はぁっ……!! …………大丈夫か!? 日向!」
少年、龍崎昂輝の呼び掛けに、日向は応えない。
昂輝は急いで駆け寄った。
「良かった……気ぃ失ってるだけか……!」
息がある事を確認し、ほっと息をついた龍崎昂輝に、
休息は与えられなかった。
ギュウゥゥゥン!! と、昂輝の背中を目掛けて何かが飛んできたからだ。
「ッッッッ!!??」
咄嗟に日向を抱え、それを避けようとする昂輝。が、遅い。その何かは、もう昂輝の背中を突き刺そうとしていた。
(くそっ! 顔面に入ったってのに、もう意識を取り戻しやがったのか!? )
しかし、
バキィン!! と、その何かが粉々に飛び散った。
「な…………?」
「ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど」
「!?」
聞こえて来たのは、女の声。
昂輝が見渡すと、遠山は地面に転がったままだった。
「…………何だ」
女の他に誰かが居るような気配はない。つまり、さっきの攻撃をしたのはこの女で、その攻撃を破壊したのも女自身ということか。と昂輝は推測する。
「あんた、誰?」
「……そっちこそ、誰だ?」
言いながら昂輝は、なんでこんなことに巻き込まれている、と考えていた。元々彼は、友達に漫画を返しに少し外へ出ただけだというのに。そして、状況を整理する。
彼が友達の家へ向かう途中、大きな音を聞いた。その方向へ向かった昂輝は、親友である磯澄勇也の妹、磯澄日向が倒れるのを見たのだ。そして彼は、十年以上隠し続けて来た自分の能力を使い、日向を攻撃した男を吹き飛ばした。
そして、今昂輝の目の前には、突然現れた正体不明の女が立っている。
この女も奇術師なのだろう、と昂輝は考えた。そうでなければ、あんな攻撃が出来るわけがない。日向同様、昂輝も戦闘経験は皆無だ。一撃の重さと速さで遠山をノックアウトすることができたが、不意討ちもできないこの状況で、手負いでもないこの女に勝てるとは限らない。
と、女が何かを考える素振りを見せた後、口を開いた。
「あたしは神名良美。暗部に所属してる。さて、あんたも自己紹介してよ」
(暗部…………)
「……龍崎昂輝だ。…………アンタの目的は?」
暗部と聞いて、昂輝の表情に険しさが増す。
「う~ん、最初は見てるだけのつもりだったんだけど、…………少しイレギュラーがいるみたいだから、そっちに干渉しに来た、って感じかな」
(イレギュラー…………? 何の事だ?)
「見たとこ一般人でしょ? 取り敢えず、そっちの女の子を渡して欲しいんだけど、いいかな?」
そう言いながら、神名は日向を指差した。
「はぁ……? …………ふざけんな」
「まあ、やっぱそうだよね……。じゃ、どーする? こっちには、引くっていう考えはないんだけど」
「…………アンタを殴ってでも、渡すわけにはいかねぇ」
「へー、女は殴らねぇとか言いそうだなーって思ってたんだけど、以外。……そうだね、じゃ、行くよ」
瞬間、昂輝を無数の礫が襲った。それを見て、昂輝は先ほど自分を襲った攻撃が何だったかを思い出す。
(氷………………)
水が固体化した物質。目の前の女はそれを操っている。
昂輝はギリギリの所で、「空気を」蹴って横にかわした。
「へぇ…………面白い能力だね」
「欲しくはなかったけどな」
「皆そうだよ」
「……………………」
ドン!!! と、昂輝が加速し、高速で神名に接近した。
が、神名は動かない。昂輝がつき出した拳は、神名の生み出した氷の壁によって阻まれた。
バキィ!! という音と共に氷の壁が砕かれたが、フォームを崩された昂輝の腹に氷の礫が直撃した。
「があっッッ……ッ!!」
「そんな直線的に突っ込まれると、ナメられてるみたいで嫌なんだけど…………これでも『天席』なんだぜ? 」
(『天席』…………!? あの、暗部のトップの五人か…………!?)
暗部をよく知らない昂輝にも、日本の誇る五人の奇術師、『天席』の事は知っていた。今自分が戦っているのは、その内の一人なのだ。
が、それで諦めるような男ではなかった。日向を守るためにも、絶対に負ける訳にはいかない。
地面に伏せていた昂輝は、そう心に決め、顔を上げた。
と、
昂輝の目に飛び込んできた風景は、今まで自分が戦っていた場所の風景ではなかった。
360度、氷の世界。
中央に立つのは、神名良美。
彼女が右手をゆっくりと前につき出し、その拳を握る。
世界が、動いた。
敗北。その二文字が昂輝の脳をよぎる。が、諦めないと、決めたばかりだ。
「……っ、……うおおおおおぉぉぉ!!!!」
男が、吠えた。