一章 三話 知る主役(もの)と知らぬ主役(もの) clash before
磯澄勇也の住むマンション付近の、人気の無い道。
そこで、2人の女性が対峙していた。
片方は雨宮 心明。暗部組織『トレイン』のメンバーの1人だ。彼女は現在、「天席」の第6席、磯澄勇也を『トレイン』へと引き入れるため、同じように磯澄勇也を狙う組織『シャトル』から、磯澄勇也を護衛している状態にある。
ただし、磯澄勇也本人には、このことを伝えていない。組織へ入る事を要求するのは、『シャトル』を完全に撃退してからだ、というのが、『トレイン』のリーダー、香崎美春の命令だ。
そして、もう片方は、その『シャトル』のメンバー、光来出真織だ。
『シャトル』の目的は、『トレイン』を排除し、第6席である磯澄勇也を『シャトル』へ入れること。
いままで何度か、下部組織のメンバーに、磯澄勇也のスカウトを命令したことがあった。
しかし、合計10人を越えるメンバーを派遣したにも関わらず、帰ってきた人員は、わずか3人。そのメンバーからの情報から、同じ暗部組織の『トレイン』が、磯澄勇也を護衛していることがわかったのだ。
そして今回、『トレイン』のメンバーに対抗し、排除するべく、『シャトル』は下部組織ではなく、正規のメンバーが、この古八野町へと出向いた。
対立している組織のメンバー同士、出会った時点で、2人は自分が何をすべきか理解した。
目の前の敵を、無力化すること。
真織が口を開いた。
「可愛い小鹿ちゃんね…………早くお家に帰らないと、こわーい狼さんに襲われちゃうわよ?」
「心配しなくて結構ですよ。帰るときには、狼さんよりも強い「天席」さんがご一緒する予定ですので」
「そう、よかったわね。……まぁ、それをさせるわけにはいかないけれど」
2人の間にピリピリとした空気が流れる。
その時、真織が気付いた。
心明の右手に、野球のボールが握られている。
(何かしら……そのまま投げるだけにしては、何の変鉄もなさすぎる…………、牽制用?それにしても……)
真織が気付いたことを察したのか、心明が喋りだした。
「私って、結構ピッチングには自信があるんですよ?」
そう言って彼女は構え、左足を大きく踏み込んで、その右手からボールを発射した。
それなりにスピードのあるボールだったが、真織は避けようとしなかった。何故なら、そのボールの軌道が、明かに真織の体より右にずれていたからだ。
案の定、ボールはそのまま真織の横を通過した。
(これはわざと? それともただコントロールをミスしただけか、そもそもこの行動に意味がなかったか――――)
真織の思考は、強制的にそこで中断させられた。
「がっっ……!?ぐふっ!」
野球のボールが、真織の腹部に直撃したからだ。
(なっ…………っ、このボールは何? 小鹿ちゃんには、2投目を投げる時間はなかったはず!……まさか!?)
真織が振り向くと、そこには、なくてはならない物が無かった。
(1投目のボールがない? ということは、このボールがそれなの!? そんな、さっきこれは外れたはずじゃ…………)
そこまで考えて、真織は気付いた。
自分にダメージを与えたにも関わらず、敵が追撃の様子を見せない。いや、
それどころか、さっきから『全く』動かない。
瞬間、敵が崩れるように消えた。
「残…………像っ……!」
「違いますよ」
「ッ!!?」
真織が振り向くと、その脇腹に、心明の蹴りが突き刺さる直前だった。
「がぁっっ!?……くっ!」
「気付くのが遅すぎます」
「今、何を…………」
「分からないままでいいですよ」
そう言うと、心明はまた、崩れるように消えた。
どこから現れるか分からない。そんな恐怖が真織の心に渦巻く。
ドスッ!!! と、心明の拳が真織の腹を捉えた。そして、すぐにその姿が見えなくなる。
このことから。
(敵に接触するときは、姿を消すことができない……?)
それを踏まえて、真織は集中を研ぎ澄ませる。
敵が自分を攻撃するその瞬間。敵の姿が見えるその時を狙えば、自分にも勝機あるはずだ。そう考えた真織は、ザッ、という足音を真後ろに聞いた瞬間、わざと体を大きく動かして振り向くと、そのまま右の拳を繰り出した。
しかし。
(なっ……っ!?)
そこには、『3人の』敵がいた。
驚愕による硬直。それが真織のカウンターの効果を0にする。
当然、心明は3人もいるわけがなく。心明による蹴りが真織の体を吹き飛ばす。
(…………今のは……?)
これが心明の能力。
心明を相手にした人間は、自分の目でみた物を信用してはいけない。
一方的な攻防が続いた。
しかし、圧倒的な力を見せる心明は、戸惑っていた。
相手が全く奇術を使ってこない。
自分が奇術を使ってここまで攻撃をしているというのに、相手は反撃の素振りを見せない。反撃ができる能力を持っていないか、それとも隠しているのか。判断はできなかったが、心明には、相手がまだ何かの余裕を持っているようにも見えた。
戦闘が始まってから数分。心明が自分の姿を相手に見えないように能力を使い、真織の懐へ飛び込んだ時。
異変に気付いた。
相手は、今までと違い、対応しようとする動きを見せなかった。彼女のとった行動は一つ。
ポケットから球体の何かを取りだし、落とした。
(爆………………弾…………っっ!!!??)
この行動を予想できていなかった訳ではない。
ただ。
(おかしい…………)
命を捨てるのが、早すぎる。
真織の顔には、笑みが浮かんでいた。
これが、今まで『出せなかった』真織の奇術。
『影響無効』。
自分が視認し、『武器』だと認識した物体が、自分、もしくは他人にかける影響を、完全に無にする能力。
真織は、命を捨てた訳ではない。爆弾の爆発による自分へのダメージを、完全に無くすことができる。つまり、心明だけを、爆発に巻き込ませることができる。
それは、この状況が心明にとって、最悪だということ。
終わった。と、心明が死を覚悟したとき。
何かが、爆弾を包み込んだ。
瞬間、爆発。しかし、その爆音、爆風は、爆弾を包み込んだ何かによって、完全に押さえ込まれた。周りの被害は0。もちろん、心明と真織の2人にも、全く影響がなかった。
事態を理解出来ていない真織はパニックに陥りかけていたが、心明には爆弾を包んだ物がなにか分かってきていた。
それは、水。
こんなところに、都合よく水が飛んでくる訳がない。それも、爆発を無効にできるほどの水圧の水が。それはつまり、この水が人によって、奇術師によって操られたものであるということを意味している。
そして、心明が思い付く限り、この能力を使える人物で、この状況で登場し得る人物。それは、1人しかいなかった。
「……お前ら、人ん家の近くで何やってんだ」
男の声。心明が振り返ると、そこには、心明が思い描いた通りの人物がいた。
「磯澄…………勇……也っ!?」
「物騒なことしてんな。お前ら、俺の妹の事知ってるか?」
その質問に対する反応は、それぞれ違っていた。
「…………っっ!!」
「妹…………?」
その返答。
それだけで、磯澄勇也の行動は決まった。
ドスッッッッ!! と、真織の背中に数十本の何かが突き刺さる。その様子を横で見ていた心明には分かった。先程、爆弾を包み込んだ水。爆発した後、周囲に散らばっていたその一つ一つが、小さな矢となり、真織を襲ったのだ。
「がっ…………!?」
真織はその場に崩れ落ちると、動かなくなった。胸が上下しているところを見ると死んではいないようだが、意識は失っているようだ。
「おい、お前、名前は?」
「え……あ、雨宮、心明……です」
突然の出来事に戸惑いながらも、心明は勇也の質問に答える。
「分かった。雨宮、俺の妹の事を知ってんだろ。どこにいるのか分かるか?」
「…………ま、待って。その前に、いくつか質問させて……下さい」
「…………。そこに倒れてるそいつと戦っていたってことはさ、お前らには敵がいるんだろ? それって、俺の妹にも危険がある可能性が高いって事じゃねえのか? 歩きながら聞くから、とりあえず連れてってくれねえか」
「……そ、そうですね。えっと、日向さんの場所については、リーダーに聞かないと……少し連絡せてく下さい」
「分かった」
美春へと連絡をとろうとする心明だが、何故か美春には通じなかった。
「……すみません、繋がりませんでした。リーダーは海沿いに行くと言っていたので、そこまでついてきてくれますか?」
「…………しょうがねえか。分かった。行こう」
そして2人は、海へと歩き出した。
(…………暇だな~)
龍崎昂輝は、自室のベッドに寝転んでいた。さっきまでは、携帯型のスポーツゲームをやっていたのだが、それにも飽きてしまった。
暇をもて余す彼は、ふと思い出した。
そう言えば、友達に借りていた漫画を、昨日読み終えたまま返していなかった。
明日になれば返すことができるが、その友達とは学校が異なるため、放課後に家に行くしかない。が、それだと相手が不在のときに訪れてしまう可能性がある。
この時間なら、確実に家に居るだろう。
幸い、日が沈んでからそんなに時間も経っていない。そこまで危険では無いだろう。それに、友達の家はすぐそこだ。往復で7分もかからない。
彼は親にそれを伝えると、簡単に着替えて家を出た。