一章 二話 暗闇を歩く強者達と例外 start
日向が家を出てから10分程歩くと、待ち合わせの公園に到着した。その公園には、既に待ち合わせの相手が来ていた
「すみません、待たせてしまって」
日向は謝ったが、今はまだ待ち合わせ時間の5分前だ。しかし、相手がそれを指摘することは無かった。
「いや、大丈夫だ」
そう答えた相手は、黒いミディアムヘアの女性だった。歳は18か19くらいだろう。背は女性にしては高く、160センチ後半と思われる。
「今日は心明ちゃんと宮ノ内さんはいないんですか?」
日向がそう聞くと、
「二人は既に探索を初めている。心明はお前の家付近にいるはずたが、会わなかったか?」
日向が頷くと、女性はそうか、とだけ言い、
「それでは私たちも探索を始めるが、今日はお前は、宮ノ内と共に行動しろ」
「えっ、このまま美春さんとじゃないんですか?」
そう聞かれると、美春と呼ばれた女性は、
「私は海辺をみてみようと思ってな、あそこは二人じゃ目立つから、これからお前は、土筆高校の西門へ行け。そこで宮ノ内と合流しろ」
それを聞いた日向は納得した表情で頷き、美春に別れを告げて、土筆高校へと歩きだした。
古八野町を歩いている、1人の少女。
彼女の名前は雨宮 心明。香崎美春をリーダーとする暗部組織、「トレイン」のメンバーの1人だ。彼女は現在、「護衛対象」であり、「捕獲対象」でもある『第6席』、「磯澄勇也」の住むマンション周辺を、「探索」していた。
護衛対象であり、捕獲対象でもある。というのは、別に彼女が2つの組織に所属するスパイだとか、そういうことではない。彼女達「トレイン」の目的と同じ目的を持つ組織が、もうひとつあったというだけだ。
その組織、「シャトル」の下部組織のメンバーが、ここ1ヶ月の間に何回か、護衛対象を狙ってこの町へと来ている。心明達「トレイン」は、磯澄勇也と「シャトル」の接触を防ぐため、こうやって、「シャトル」の下部組織のメンバーがいないか「探索」しているのだ。
(そういえば、今日は日向さんが参加するんだっけ)
ふと、心明はそんなことを思い出した。今日の探索には、護衛対象の妹、磯澄日向が参加するのだ。彼女は、「トレイン」の人間ではない。本来であれば、絶対に関わらせてはいけない一般人だ。
そんな彼女が、今回の探索に参加しているのには、彼女に関して少し理由があるのだ。
(暑くなってきたなー)
7月の上旬、今年の4月に入学したばかりの土筆高校からの帰り道、磯澄日向は気候の変化を感じながら歩いていた。
この地域は、夜に外を出歩くような者はなかなかいない。美春には、怪しい人物がいれば、その人が無関係だとわかるまで尾行するように言われていた。
何が起こっているのかな、と、日向は現在置かれている状況について考える。
解っていることは、2つだけ。
自分と兄は、奇術師だった。
一ヶ月ほど前、日向が学校から帰っている途中、黒い服を着た何人かの男達に襲われたことがあった。
そんなことは初めての経験だった日向は、捕まれた手を振りほどこうと、必至に暴れた。
10秒後、その場に立っていたのは、日向ただ1人だった。
自分が黒服の男達を沈めた。
日向がその事実に呆然と立ち尽くしていたとき、そこに3人の人間が現れた。
「トレイン」と名乗った彼らから、色々な事を聞いた。
兄、磯澄勇也が奇術師であるということ。
最初にそれを聞いたとき、日向は素直に信じる事が出来なかった。
今までずっと一緒にいた兄が、そんな能力を使っている所は見たことがない。兄と会った事もないくせに、どうしてそんな事が分かるのか。そう思って、当時は激昂したりもした。
どうやら、1年前、アメリカの町で、勇也が事故を止めようとした際、奇術を発動した記録が残されているらしい。
そして、その際、勇也の奇術によって、そこにいた人間が1人死んでいることも聞いた。
この時も、日向は怒りを押さえる事が出来なかった。
が、信じるしかなかった。
奇術師である人物と、兄弟、姉妹の関係にある人物が奇術師である可能性
95パーセント。
日向が自分の能力に気づいてしまった以上、勇也が奇術師ではないと主張し続けるのは難しい。
この目で見ないと信じられない、と思ってはいるが、もう信じるしかないか、と諦めかけてもいる。
そして、勇也が「シャトル」という暗部組織に狙われているということ。
暗部組織。
日向も詳しくは知らなかったが、同じ暗部組織である「トレイン」のメンバーの話を聞き、ある程度の事情を理解した。
普段はアジトに集まり、上層部からの依頼が入り次第それを遂行する。それだけの組織。
人を殺す事も多いという。
今までは、そんな組織があることは知っていても、ただ漠然と捉えているだけだった。
だが今は、自分がその組織と関わっている。
真っ先に恐怖を感じた日向だったが、彼女は思った。
自分が、兄を守らなければならない。
それは、自分が力を手に入れたという優越感。
自分が他の人間よりも上であるという快感。
その感情は、人間である以上、必ず持っている汚点。
それが、彼女が元々持つ正義感に上乗せされ、余計なものへと変わる。
その感情を持った日向がT字路を左に曲がった時、目の前に男を見つけた。
180センチ後半はあるだろうか、かなり長身の男だ。
逆方向に向かって歩いていたその男は、こちらには気づいていない。
裏の世界に精通していない日向にも分かる。
彼の歩く姿は、どこか異質な雰囲気を放っている。
日向は冷製に、美春に教わった事を思いだしながら尾行を開始した。
だが、彼女が持った余計な感情の影響か。
男と日向の距離は、美春に教わった適切な尾行の距離よりも、…………近い。
人の少ない古八野町にある、数少ないマンションの内の一つ。その302号室。
磯澄勇也は、出ていく直前の妹の表情について考えていた。
いや、その理由についてはもうわかっている。
そろそろだと、思っていた。
そろそろ、自分の送っていた平穏な生活が終わるのだと。
自分の持つ「破滅波槍」が、国の上層部に良いように利用される時が来た。
わかっていたが、彼は怒っていた。
(日向を先に狙ったのか…………)
勇也は立ち上がった。
既に着替えは済んでいる。
どうせ自分が目的なら、いくらでもやってやる。
これ以上、妹を関わらせることはできない。
そんな思いを抱えながら、彼は玄関のドアを開けた。
同時刻。
古八野町の山にあるトンネルを、新幹線が通過した。
その新幹線は、これから静岡駅に停車し、東京へと向かう登り車両だ。
ちなみに、この新幹線は九州から東京を結ぶ線路を走る新幹線である。
その新幹線に、偶然にも2人の男女が乗り合わせた。
「…………なんでいんの?」
「それこっちのセリフ」
アイジロウ=N=イサカ=ロナウドと、神名良美。
2人はつい1週間前、近況報告という名目で出会ったばかりである。
「俺は、この前俺にぶつかってきた可愛い女の子について調べに行くとこだよ。なんかあの子、俺達の話聞いてたみたいだし、ぶつかってきたのも不自然だったしな」
「なんだ、やっぱり気づいてたの? あたしもあのあと調べてみたんだけど、あの子は『掌握する勝利』っていう組織の一員で、粉雪莉桜って名前なんだって」
「ふーん、その組織はなんかしたのか?」
「自分達では特に大きな動きはしてないけど、大規模な事件の裏でチョロチョロ動いてるのがいくつか解ってる。今までは特に気にしてなかったけど、私達に接触したとなっては、上層部も警戒態勢を強めたみたい」
「ま、当然だな」
「その組織の調査で動かす暗部に、第6席を入れるんだって。あたしはその様子を見るために、アメリカから一旦帰ってきたんだよ。次の駅で降りるから」
「ふーん」
新幹線の中で知人と出会えば、普通は世間話が始まるのではないか。しかし、事情の説明を終えた2人は、それから特に話すこともなく自席へと戻った。
戻ろうとした。
しかし、そんなアイジロウに、1人の少年がぶつかった。
「おっと……気をつけろよ (チッ、こういう時はふつう可愛い女の子だろーが)」
「あっ、ごめんなさい」
「おいちょっと、あんた今とても嫌なこと考えなかった?」
「いや別に? ……おい、手帳落としてんぞ」
「あっ……ありがとうございます」
手帳を受け取った少年は、そのまま別の車両へと向かっていった。
(見たとこ小学生だが…………手帳を持ち歩くとは、なかなかシブいな………………ん?あの手帳の名前、青山 軋斗ってどっかで…………まぁいいか)
アイジロウは、大財閥の息子の名前なんて本気で覚えるような性格ではなかった。
そして、その少年、青山軋斗は、国最級奇術師の第2位とぶつかったことなど、5秒後には忘れるほど悩んでいた。
彼は2週間ほど前、家出をし、母親の研究所に飛び込んであっけなく捕まるという失態をおかしている。なので、今回の家出は遠くに行こうという結論を出し、大きな家の監視の目を掻い潜って飛び出してきたのだが。
(福岡から東京は流石に遠すぎた……? いやいや、こんくらいしないとあいつらの目からは…………)
いくら遠くても、監視カメラがたっぷりな東京に逃げた時点で見つかる危険が100パーセントに近くなることに気付かない小学4年生であった。