番外編二話 まあ、それはそういうことで be ahead of
国家最大戦力級奇術師。
軍隊に所属している奇術師の中でも、世界に名が知れ渡っている、国家最高級の実力を持った奇術師達。
そのまま縮めて国最級奇術師と呼ばれる彼らは、現在、世界に11人存在している。しかし、軍隊に所属していない者や、特別な事情があるものは、国最級奇術師と同程度の実力があっても、国最級奇術師とは呼ばれない。日本の暗部組織に所属する、『天席』などが良い例だ。
1年前 アメリカ 西海岸付近にある高校にて
昼食を食べている二人の男子生徒が、会話を始めた。
片方の名前は磯澄勇也。彼はつい昨日、事故を止めようとして、初めて人を殺した。
そしてもう片方の名前は、アイジロウ=N=イサカ=ロナウド。彼は今、『潜入調査』として偽りの高校生活を送っている、BAAC(Bazil And Argentina Cntral)連盟の国最級奇術師だったりする。
しかし、彼らは互いの事情を知らない。彼らの関係は、あくまで学校の友達だ。
「お前さ、この学校で過ごすの、今日で最後だったよな」
「あぁ、つーか、それはお前も同じだろ、アイジロウ」
「まあな」
そう、今日を以て、磯澄勇也とアイジロウはこの高校から転校する。勇也は日本の高校へと戻り、アイジロウは任務終了とともに、BAAC連盟へと帰還するのだ。
「ま、お前に会えたのは結構運が良かったと思ってるよ、半年間ありがとな」
「涙のお別れ会ならもうやっただろーが、今更んなこと言ってんな」
「…そうだな」
翌日、二人はそれぞれの場所へと帰っていった。
アメリカでの潜入調査を終えて1年ほど経った今、アイジロウはまた新たな調査の命を受け、日本へとやってきていた。
アメリカの時もそうだったが、彼は潜入調査をしながらも、かなり高校生活を楽しんでいる所がある。彼は今、テニス部に入っちゃったりしているのだ。
いつものように、彼がテニス部の練習を終えた時には、時刻は7時近かった。
調査中の滞在場所として与えられたマンションへと向かう途中、誰かが彼に声をかけた。
「ねぇ、ちょっと」
「神名じゃねぇか、どうした」
「いや? 調査中のくせにどうどうとしやがってるあんたに近況報告に来たんだけど?」
「……今回のことは日本側も、半分了解してるようなもんだろ?」
「ま、そうなんだけどね」
彼に声をかけたのは、アイジロウと同い年くらいの少女だった。神名と呼ばれた彼女は、さっそく報告しちゃうけど、と言って喋り始めた。
「まず、『天席』の第2席が日本に帰ってくるらしいよ」
「へぇ、確か第2席って、子供のころ、何度も戦争に巻き込まれたっていう」
「そう、それそれ…………次に、同じく『天席』の第6席を、暗部組織に正式に加入させることになったみたい。彼の住む静岡の関中連(関東 中部奇術組織連帯)の組織で、彼を狙っている組織が、今のところ2つあるね。政府としてはどっちでもいいみたいだけど」
第6席、という言葉を聞いて、アイジロウの眉がピクリと動いた。
アメリカでの潜入調査の時に、友人となった少年。彼が日本の奇術師、それも『天席』であることを知った時には、自分はもうBAAC連盟へと帰還した後だった。
自分は彼の正体を知らなかったし、彼にも、自分の正体はバレていなかった。
だから、彼とは今でも友人である。とアイジロウは思っている。
そんな彼が、暗部なんてクソッタレな世界へと足を踏み入れることに、アイジロウは言い様のない哀しさを感じた。
「そっか……」
「どうしたの?……まぁいいけど、そんで最後に、これが一番重要なんだけど、…………日本で、レヴィン=クロスが組織的な活動を始めた。今はまだ九州でしか活動はないみたいだけどね」
「それは……結構すごいことになってきたな。日本政府はなんて言ってるんだ?」
「政府側としては、今のところ日本に有益な活動を続けてるし、国家間でなにか問題があっても、彼らは日本の戦力となることを主張してるから……」
「一応認めてはいるってことか……」
そんなことを話していると、走って角を曲がってきた少女が、アイジロウにぶつかった。
「きゃあっ!?」
「おっ…と」
アイジロウはしっかり、少女を受け止めた。
抱き抱えるように。
13才程に見えるその少女は、顔を真っ赤にして離れると、「ごめんなさい……」と謝った。そんな少女に対してアイジロウは、
「いやいや、大丈夫だよ。君みたいな可愛い女の子にぶつかられて、僕も嬉しかったから」
「へ……?あ、…あのすいませんでした、では…………」
「うん、じゃあね」
「………………………………」
去っていった少女を笑顔で見送るアイジロウを、神名は軽蔑の眼差しで見ていた。
「あんたって…………彼女いなかったっけ?」
「なんで知ってる?…………まぁいいや、例え彼女がいても、可愛い女の子には可愛いと言う、男にはそれが必要だと思うんだけど」
「うわキモっ」
「ひどいな…………じゃ、俺は帰っていいかな、飼ってる犬に餌をやらないと、そろそろおこりだす時間なんだ」
「ふーん、まあいいけど、犬を飼うってさ、調査中の国最級奇術師がやることじゃないよね」
「仕事もせずに気ままに生きてるような『天席』さんには言われたくないな」
「仕事はしっかりしてるよ、ホラ、今だってちゃんとあんたに近況報告しに来てやったじゃん」
「あっそ、ま、どうでもいいや。またなー」
「じゃあね」
別れの言葉を告げた瞬間、アイジロウ=N=イサカ=ロナウドは、「消えた」
高速で動いたとか、光の反射でごまかしたとか、そういう次元ではない。そういう「次元」ではない、とは、つまりそういう意味だ。彼の次元はここだけではない。
アイジロウは文字通り、彼の、彼が持つ、彼だけの次元へと、「消えた」
0.0682秒後。
犬の鳴き声が響く、何の変鉄もないマンションの一室。いや、犬が飼えるということは、それだけ防音のしっかりとした、上質なマンションなのだが。
その部屋の空間。
その中心が、裂けた。
刹那、そこには1人の人間。アイジロウ=N=イサカ=ロナウド。
彼は真っ先に犬の元へ向かった。
「よーし、吠えるな吠えるな、今餌をや…………」
彼は思い出した。犬の餌を買っているスーパーは、神名に呼び止められた位置よりも先ではなかったか。
「…………急ぎすぎた」
0.00523秒後。
けたたましい犬の声から逃げるように、彼は「消えた」
アイジロウにぶつかり、すぐに立ち去った13才程の少女は、目を輝かせて走っていた。
(これは、私が掴んだものだ)
それは、彼女が所属する組織が掲げる絶対条件だった
(これは、私が手に入れた勝利だ)
彼女は、アイジロウと神名の会話を、彼女がアイジロウにぶつかるまでの全ての内容を聞いていた。
そして、記録していた。
それが彼女の、自分では使い物にならないと思っていた能力。
彼女の名前は粉雪 莉桜。
息を切らせて、走る
「『センセイ』に、伝えなきゃ……!」
『天席』
日本が世界に誇る、6人の奇術師。
国最級奇術師と同程度の実力を持っているとされる彼らだが、暗部組織に所属し、軍隊へは入っていないため、国最級奇術師の称号は持たない。
彼らは、第○席、というふうに順番がつけられているが、これは実力順ではなく、色々と複雑な事情によってつけられる。
『天席』第4席 神名 良美
アイジロウと別れた彼女が到着したのは、東京都 東京区 その東側にあるとあるビル。
第3次世界対戦後、都市には人口が増え、23区のいくつかが、拡大して合併することとなった。
現在、東京の東側に存在するのは、
新宿区 (旧 新宿区、中野区、練馬区、杉並区、渋谷区)
南区 (旧 世田谷区、目黒区、大田区、品川区)
北区 (旧 板橋区、豊島区、文京区、足立区、荒川区)
東京区 (旧 港区、千代田区、中央区、江東区、江戸川区、墨田区、台東区、葛飾区)
大きくこの4つに分けられた。
エレベーターでビルの最上階である8階の登った神名は、エレベーターを出て右へ行ったところにあるドアをカードキーで開け、部屋の中へと入った。
部屋の中に居たのは、神名が予想した通りの人物だった。20代前半と思われる、長い黒髪が美しい女性。
彼女は、日本が掲げる二人の国最級奇術師。その一角だった。
日本国直属 特別対策支援部隊『七月』
リーダー 国家最大戦力級奇術師 和井 奈菜
それが、神名の目の前で椅子に座る女性の名前だ。
「いらっしゃい、神名さん」
「おじゃまします」
「どうぞ、おかけになって下さい」
言われたとおりに神名が向かいの席に座ると、再度、奈菜が口を開いた。
「今日はどのようなご用件で?」
「えっと、まずはレヴィン=クロスのことです。彼をこのまま日本に滞在させていてもいいんでしょうか。なにか大きな問題が起こる気がします」
「まあ、それについては様子を見るしかないでしょう。理由もなく彼を追い出そうとすれば、イギリスとも亀裂が生じかねません。これはアイジロウ=ロナウドにも同じ事が言えますが」
「あ~、彼については大丈夫じゃないかと、あいつ今、テニスで全国行くのに必至ですから」
それを聞いて、奈菜はクスクスと笑ったが、その話題についてはそれ以上追及しなかった。
「それで、他にもなにかあったのですか?」
「あ、はい。先ほど、アイジロウ=ロナウドへの近況報告を行っていた際、13才程の少女との接触がありました。恐らく、私立組織『掌握する勝利』のメンバーの、粉雪 莉桜だと思われます。」
「粉雪?……「視聴再生」の粉雪莉桜ですか?なるほど…………わかりました。『七月』の人員を使って調べてみます。………………いえ、そうですね……その仕事を、こんど暗部組織に加入する『天席』第6席の初仕事としましょうか」
「わかりました。ありがとうございます。……あ、その第6席なんですが、行方不明である彼の家の長男と次女は発見できましたか?」
「いえ、未だに……これからは、そちらのほうにも人員をもう少し増やす予定です。」
「そうですか……わかりました。それでは、失礼します」
そう言って、神名は『七月』の本部であるビルを後にした。
東京都 南区 とある一軒家にて
「こ、こんばんは。あの、センセイいますか?」
息も絶え絶え粉雪莉桜がたどり着いたのは、自分が所属する組織、『掌握する勝利』のリーダーが住む家だった。しかし、玄関から顔を出したのはリーダーではなく、14才ほどの少女だった。
「あ、莉桜ちゃん、こんばんは。……えっとね、毬子さんなら、今出かけてるよ?」
「え? そうなんですか? あ~、せっかく来たのに……」
「あ、えっと、莉桜ちゃん、毬子さんが帰って来るまでここで休んでていいよ?多分もうすぐだし……」
「え、いいんですか!?ありがとうございます、日奈子さん!」
「いえいえ~」
「あっ、えっと、すいません、日奈子の名字ってなんでしたっけ、私、こういうのあんまり覚えられなくて……」
「あ、いいよ、覚えづらいもんね、私の名字」
「磯澄、だよ。磯澄 日奈子」
誰もいない空間で、いや、空間ということはできない、場所ということもできない『何処か』で、アイジロウ=N=イサカ=ロナウドは、1次元と2次元と3次元をいったり来たりしながら、つまり、点になったり平面になったり立体になったりしながら遊んでいた。
彼はそれに飽きると、一瞬で11次元を利用し、元いた所から遠く離れた大地へと転移した。
「見つけたぜ…………第1位」
神名良美は、カナダに住む知人へ会いに、アメリカ大陸へと向かっていた。
着くまであと二時間くらいかな? なんて自分で目測を立てる。
ここで問題。
彼女はアメリカ大陸へと渡るため、どんな交通手段をとったのか?
答えは、徒歩。
彼女は、歩いている。
場所は、大平洋のど真ん中。
正確に言えば、ミッドウェー諸島の少し日本寄りの海上。もう少し歩けば、ハワイ諸島に到着するだろう。
周りに見えるのは、海と空のみ。そんな場所で、彼女の足は水面から離れ、空を、まるで階段のように登っていく。
かなりの高さまで登り詰めた彼女は、遥か遠くに見えるアメリカ大陸を見据えた。
「なんか、いろいろと忙しくなりそうだなぁ」