番外編一話 とある研究室の世間話 early afternoon
7月4日。いつものように、学校で龍崎昴輝と話していた磯澄勇也は、昂輝にこんな質問をされた。
「そーいやさ、お前の母ちゃんって、科学者なんだよな?」
「あぁ、そうだけど」
「確か、日本中を転々としてるんだよな? 今はどこにいるんだ?」
これは事実だった。勇也の母親は、昂輝の言う通り科学者であり、様々な研究のため、日本各地の研究所を回ったりしている。しかし、それは1年半ほど前の話である。
「今は福岡にいるらしいぞ、でも、当分は福岡に留まるって言ってた」
「あれ?俺らが中学卒業した時に北海道に行ったばっかだったよな?それがもう九州かよ……、相変わらずすげー母ちゃんだな」
昂輝が、『すげー母ちゃん』と言ったのは、勇也の家庭事情について、少しだけ知っているからである。
「まあ、長男が小学校に入学する年から3年連続で出産するようなヤツだからな…………今さら母さんが何してても、俺そこまで驚かないと思う」
「そーいや、まだ見つかんねーのか? お前の兄貴ともう一人の妹」
「それについてはもうほとんど諦めかけてるな……手掛かりが全くの0だし」
「でも、家族だろ? 心配じゃねーのか?」
「兄貴は大丈夫だろうけど、あの妹は心配だな……なんとか幸せにやっていると信じたい」
「そっか……」
「さて、飯食いにいこーぜ」
「おう」
少々シリアスな雰囲気だったが、結局、それ以上の発展はなく、高校生の雑談で終わった
同日、福岡県福岡市 郊外 とある研究所
第2科 奇術師専門技術研究室
その研究室の研究員である、髪の毛が所々ハネている女性は、今日もいつも通り、元気に出勤を完了した。
「おっはよー、みんな生きてるかー?」
「もう昼時ですよ、『こんにちは』の時間です、磯澄 さん」
「あ、あの、磯澄先生、会っていきなり生死の確認というのは……」
自らの職場へとやってきた磯澄と呼ばれる研究員を迎えたのは、同じ研究所のメンバーだった。現在研究所内にいるのは5人。いつも共に仕事をしているあとの2人は、今日はお休みである。
「ちょっとー?日和ちゃんて呼んでっていつも言ってるよねー?」
半分本気で冗談を言う磯澄日和の視界に、明らかに研究員ではない少年が映った。
「はろー、アタッ君。げんき~?」
「……なんスか、その呼び方。絶対今考えたやつっスよね」
梅垣 暖、とある理由で、この研究所に住まわせてもらっている、奇術師の少年だ。年齢は15才だが、高校には通っていない。
「いやいや、これでも昨日の夜頑張って考えたんだよー?」
「そうですか、でも嫌です、二度とその呼び方で呼ばないで下さい」
「あれ!? この子いつもより冷たい!?」
梅垣の態度に驚愕したところで、日和は、本来今日は休みでは無い筈の仲間がいないことに気付いた。(日和が来るのはいつも時間ギリギリなので、彼女よりも後にくる研究員はまずいない)
「あれ? 青っちは居ないの?」
「青山さんなら先ほど、『夫が居ない隙を狙って息子が家出したから今日は休むね!ごめん!』と、電話がありましたよ」
「軋斗君また家出したの!? あの子もよくやるね~、まだ10才になったばっかなのに」
「俺が来てからもう三度目っスね」
家出をしたその息子、青山 軋斗は、父親が大富豪であり、不自由の全く無い生活を送っている。……筈なのに、家出をするということは、何かしら不満があるのだろう。次男と長女が二人暮らしをしている静岡の実家に毎月仕送りをしている日和としては、金に困らない生活がとても羨ましいのだが。
(一体、何がそんなに気に入らないのかねー)
日和がそんなことを考えていると、バタン!と、いきなり研究室のドアが勢い良く開いた。
「日和おばさん!頼む!少しでいいからここで匿ってくれ!」
いきなり『おばさん』などと言われても、日和は鬼になることはない。40を過ぎ、自分がおばさんだということはちゃんと自覚しているのだ。…………一瞬、日和の眉がピクッと動いたが………………。そんなことより、突然の来訪者は、たった今、日和が考えていた人物だった。
「あれ、軋斗君じゃーん!なになに、今回の家出先はここですかー?」
「ああ、母ちゃんもバカ親父も、さすがに俺が母ちゃんの職場にいるなんて考えつかないだろうからな、裏をかいた、逆転の発想ってやつだ。どうだ、なかなかのもんだろ」
軋斗が自信タップリ!という感じで胸を張る。
「ん? おい日和おばさん、端末なんて弄って何やってんだ?」
「ん? いや、青っちに『あなたのトコの家出っ子が私達の所にノコノコやってきたので、こちらに来て引き取って頂けます?』と、メールを打ってるんだ」
「『打ってるんだ』じゃねーよ!? さっさとやめろバカ!!」
「はぁ、なんで君はそんなに家出するんだ? そんなに金も権利もあって、何が不満なんだよ?」
いい機会なので、日和は先程考えていた疑問をぶつけてみた。
「あんなに自由の無い所になんていられるか!行動制限されまくりで、全然外に出られないから、欲しい物がなにも手に入らない!」
「例えば?」
「女の子との出会いとか」
「早すぎだマセガキ」
「なっ………………」
ここで、他の研究員が口を挟んだ。
「でも、学校には行ってるんでしょ? 女の子なら学校にいるんじや……」
「いやいや、学校では味わえない放課後の甘さってのがあるじゃない?」
再び日和が口を開く。若干馬鹿にしたような顔で。
「うっわー、10才男子が恋愛を語ってるー」
「なっ、いいじゃん! 小4が青春の1ページを刻もうと努力したって! 大体、大人は子供の恋愛に対しての偏見が…………」
ガシッ、 と、熱く語ろうとした軋斗の腕が何者かに捕まれた。軋斗が振り向くと、そこには、まるでボディーガードのような格好をした屈強な男が2人、立っていた。
「げっ!? なんでアンタらがここに!?」
なぜかというと、彼らは本当にボディーガードだからだ。彼らは、いつも青山研究員を守る為に、この研究所にいる彼女のボディーガードなのだが、彼女が居ない今日も、『私の友人をしっかりまもっといてね』と、青山研究員から命令を受けていたため、この研究所内に待機していた。
「奥様から、『軋斗がそこに居るみたいだから、取っ捕まえて連れてきてー』との命を受けたので」
ボディーガードが軋斗の問いに答えると、
「ま、……まさか日和おばさん! あんときちゃっかりメール送りやがったな!? この裏切り者!!」
「さあ? なんのことかワカラナイナー」
「このやろ…………」
「さぁ坊っちゃん、家へ帰りましょう」
怒りを表す軋斗の体は、無情にもボディーガードに抱えあげられた。
「ちっくしょ、はなせーー!」
叫びながら、青春に憧れる少年は研究所から退場した。
「…………なんか、可哀想っスね……」
「なに、あのくらいでいいんだよ」
事件とは呼べない事件が一段落ついたところで、梅垣が話題を変えた。
「そーいえば、磯澄おばさん(笑)は、息子さん達、今どうしてるんスか?」
「このやろ、バカにしたような…………。そうたな、長男はあたしもわからん、次男と長女は実家で二人暮らしだ。んで二女は、友達に預けてる」
「長男さんとは、連絡とれないんスか」
「あぁ、まあでもアイツなら大丈夫だろ、もう大人だし、力もあるしな」
梅垣は、この『力』の意味を、すぐに理解したようだ。
「奇術師なんスか?」
「あぁ、……というか、うちの子供たちは、二女以外皆奇術師だぞ。長女は、あたしが最後に会った時は、自分の力に気づいてなかったみたいだけどな」
「あー、そういえば、次男さんは『第6席』なんでしたっけ」
「まぁそうだ……、というか、お前は仮にも『第1席』なんだから、他の『天席』の名前くらい覚えとけよ」
天席という単語に、今まで会話に入ってこなかった研究員の一人が反応した。
「そういえば、知ってます? 最近、『第2席』が帰ってきたって」
「へー、そーなの?」
「アイツがねぇ…………でも、あんまり関係ないんじゃないっスか? どうせアイツは殺しとかしないと思うんスけど」
「そうなんですか? 確かに、彼の仕事の話などは聞きませんが」
「はい、なんか、町をうろついたりしてるだけみたいっスよ」
「ふーん、じゃ、関わることはなさそうだねー」
「そうですね」
話が終わると、梅垣がポツリと呟いた。
「それにしても、『第6席』か……今度会いにいってやろうかな」