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双翼の破滅波槍  作者: カンフル
一章 暗部墜落編
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一章 一話 この地に友と秘密を sister



 静岡県立土筆高校。


 そこの二年C組の教室は、今日も相変わらず、いや、いつもよりも少し賑やかだった。


「ちゅうぅ~もぉ~く、あのさ、夏休みになったら、クラスみんなで、どっか遊びいかねーか?」


 昼休み、クラスの面々が各自昼食を食べている最中、クラスメイトよりも少し早く食べ終わり、黒板の前に立った龍崎晃輝が大声を上げた。


 これに対し、クラスの生徒達は、大して驚いているという感じでもない。何故ならこのクラス、「みんなでバカ騒ぎ」が好きなヤツが異様に多く、進級記念と体育祭の打ち上げで、既に二回も、こうして遊びに行ったりしているのだ。


 ちなみに、過去二回も仕切っていたのは龍崎晃輝であり、皆、そのことに反発はしなかった。


 さて、満場一致で賛成となったのはいいものの、行く場所について、少し議論があった。


 ちなみに議題は王道中の王道、「海か山か」である。


「あんた達は何を考えてるの!?海ならすぐ近くに堂々とひろがってるじゃない!」


 そう、土筆高校の位置する古八野町は、静岡県の中でも海に面している町である。


「ここの海には清潔度がたりねーんだよ!だからさ、ちょっと遠くまでいってみようぜ」

「遠くって、どこまでいくんだよ」

「やっぱ、山がいいんじゃない?」

「バカヤロー、おまえは水着女子とふれあいたくないのか!」

「バカはアンタよこの変態!!」


 そんな会話を、教室の廊下側一番前の席で聞いていた磯澄勇也に、突然、晃輝から声がかけられた。


「勇也、おまえはどうよ?」


 晃輝と勇也が親友と呼べる関係であることは、クラスメイトも知っているので、この場で晃輝が勇也に話を振るのもおかしくはないのだが、勇也自身は、まとめ役や、積極的に意見を出すことは、あまりしないタイプの人間だ。


 しかし、曖昧にしか答えられないほど、発言が苦手なわけではない。


「俺も海かな」


「やっぱそうだよなー」


 そこで一旦、会話が途切れた。


 そして、そのすぐ後、勇也の後ろの席で、顔を見合わせていた大金持ちコンビ、中山と山中が、何やらひそひそ話をしたかと思うと、律儀に手を挙げて発言した。


「あのさ、海に行くんだったら、親に相談してみるから、みんなで沖縄にいかない?」


 遊びに行くどころではない爆弾発言に、みんなが絶句し 、次の瞬間、教室中に歓声が沸き上がった。






 詳しいことはまた後日、ということになり、土筆高校の生徒達はそれぞれ、帰路についていた。その中の一人、磯澄勇也は、現在、帰り道の途中にあるスーパーに立ち寄っていた。彼は安売りのジャガイモを見つめ、


「この前はカレーだったから…今夜はシチューかな。日向はクリームシチューのほうが好きだったよな」


 日向、というのは、勇也の一つ下の妹である。母親が九州、父親が海外で働いている勇也は、現在日向と二人で暮らしている。


「和食ならもっと良いんだけど、わがままばっかり聞いてやるのもなぁ」


 そんなことをぶつぶつ呟きながら、勇也は買い物を終え、家へと歩き出した。







 まさかの沖縄旅行への道が開けたことに大満足の龍崎晃輝は、特に部活に所属しているわけではない。今日も、高校の割りと近くに存在している自分の家に、まっすぐ帰ってきていた。


「ただいま~」


「おかえりー」


 そんな晃輝を玄関で出迎えたのは、彼の二つ年下の妹である龍崎柚葉だ。


「おう柚葉。今日の晩メシなに?」

「え?さぁ……お母さ~ん、今日の晩ご飯なにー?」


 晃輝達の母親は専業主婦であり、今は二人の晩飯を作っている最中だ。


「今日はビーフシチュー。反論は許さないわよ」


 ビーフシチューだって、という柚葉に、晃輝は聞こえてるよ、と言ってから、


「ビーフシチューか、よーし、今夜は久しぶりに旨いメシが食えそうだな」


「おい、それが、毎晩毎晩おまえらにメシ作ってやってんのがアタシだと知っての発言なら、……血まみれにしてやるからさっさと表に出ろ」


 恐ろしい目で放たれた言葉に、晃輝は、……ジョーダンだよ……と返すのが精一杯だった。






 勇也の住むマンションがあるのは、土筆高校から駅三つほどの場所だ。こんな小さな田舎町では、電車を利用する学生は少ないのだが、この町も少し前まではそれなりに人もいたようで、その名残か、駅の数が多い。なので、駅三つ、といっても、歩きで問題無く登校できる距離だ。


 今日は特に急ぐ理由も無かったので、のんびりと歩いていたところ、


「おお、勇也、今帰りか?」


 途中で少女が声をかけてきた。茶色のミディアムショートヘアの少女だ。年は勇也と同じくらいだと思われるが、服装は学校の制服ではなかった。


「おう、菜月、あぁ、これから帰る所だ」


 二人が名前で呼びあっているのは、別に恋人同士だから、という訳ではない。ただ、菜月の「和井」(なごい)という名字は、日本人の大半が知っている名字であり、ポピュラーな名字でもないため、誰かに聞かれるといろいろと面倒なことになりそうなのだ。その為、菜月は知り合いと話す時、自分のことを名前でよばせている。


 だが、それだと勇也は名字でいいだろう、と思う人もいるかも知れない。だが勇也の「磯澄」という名字も、とある分野をよく知る者達なら、かなり有名な名字なのだ。だから、そのことを知っている菜月は、勇也のことを名前で呼ぶ。


 そのため、道行く人々のほぼ全員が彼らの関係を誤解しているのだが、そんなことは二人とも気にしていない。


「菜月、今日は制服じゃないな、学校はどうした?」


「あ~、今日はサボっちまったぜ」


「また『お仕事』か?」


「はい、そーですよ」


 そこで、勇也は菜月と会うたびにしている要求を、今日も突きつけた。


「はぁ、何度も言うけど、もうちょっとしゃべり方を安定させてくれ」


「え、やだよ、これはあたしのアイデンティティーなんだから。これがないと、あたしのキャラがうっすくなっちゃう」


 キャラが濃くなっているのではなく、キャラがつかみにくくなって余計に悪くなっているような気がしたが、勇也は口に出さず、代わりに話を戻した。


「けど、お前の『お仕事』も大変だよなー、6000人位部下がいるんだっけ?」


「まーね。でも、全部あたし一人でやるわけでもないし、」


 菜月の言い方は、教えるというより、確認する類いのものだった。


「そーだな。ま、あんまり詳しい事情は解んないけど、がんばれよ」


「そんなこと言って、結構深い所まで知ってるくせに」


 拗ねたような言い方だったが、がんばれと言われた菜月の口元は、少し緩んでいた。








 菜月と別れた勇也は、自宅であるマンションの302号室で妹の磯澄日向と、夕食をとっていた。


「やっぱりシチューはクリームだよねー。ビーフを食べる人の気が知れないよ~」


「そうか?ビーフシチューも結構美味しいとおもうけど」


 そっかなー? と口を尖らせて言う日向に、勇也は少し笑い、ふと思いだした。


「そうだ、夏休みに、俺のクラスのやつらで沖縄旅行に行けるかも知れないんだけど、日向も来るか? 金だしてくれるヤツが何人でも良いって言ってたから、友達呼んでも良いぞ」


「ホントに!? いくいく!」


「わかった、晃輝に言っておくよ」


「いやぁ~沖縄かぁー、あ、ねぇ兄ちゃん、柚葉ちゃんも来るの?」


 妹の質問に、勇也は思いだしたような顔をした。


「そうだな、来るかも知れない、晃輝に聞いてみよう」


 そういって携帯を取り、親友である晃輝へと電話する、晃輝はすぐに応じた。


「おう晃輝、あのさ、沖縄旅行のことなんだけど」


『おお、何だ?』


「晃輝ってさ、柚葉連れてくるか? 日向が気にしてんだ」


『ああ!連れてくぜ、柚葉もお前らに会いたがってたよ』


「そっか、良かった。じゃ、また明日な」


『おう、じゃーな』


 通話を終えると、すぐに日向が話しかけてきた。


「ねぇ、柚葉ちゃん来るって?」


「ああ、晃輝は連れてくってさ」


 勇也がそう答えると、日向はやったぁ、と素直に喜んでいた。そして、その表情を変えることなく、


「そうだ、今日も私、夕食食べ終わったら、遊びに行くから」


 そう言った。

 それを聞いた勇也は、少し顔をしかめた。


「おい、夜は本当に危ないんだからな、危険な目にあう前に止めろよ」


「だいじょぶだって、前も言ったでしょ、奇術師の友達と一緒だって」


 それが真実であるかが問題である。そう思った勇也は、ストレートに疑問をぶつけた。


「その友達って、柚葉じゃないのか?」


「違うよ、でも大丈夫、ちゃんとした人だから」


「『ちゃんとした』ってどれくらいだ? 絶対信頼のおける人なのか?」


 勇也は、恐らくこれ以上このやり取りをしても無駄だろうな、と感じ始めていた。しかし、それはすぐに間違いだと気づいた。


「……大丈夫、信用できる人だよ」


 そう答えた日向の表情が、明らかに一瞬、不安に満ちた顔になったからである。普段の彼女からは考えられないその表情は、勇也に衝撃を与え、『なにかある』と思わせるのに十分だった。








 日向はそんな勇也の前で、


「やっぱダメだな……」


 と、小さく呟いた。

 兄に対して日向が嘘をついたとき、それを隠し通せたことなど、今まで一度もなかったからだ。どうやら今回の嘘も、もうすぐ見破られてしまう気がしたのだ。

 そして、それでも、勇也に真実を言おうとは思わなかった。このことを話してしまえば、『守るべき』兄のことを、逆に傷つけてしまうからだ。


「安心していーよ、そんなに遅くはならないから」


「…………そうか」


 日向が出発しても、勇也は何かを考えているように、その場から動かなかった。


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