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カラフル  作者: 陽向
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9

 ドキドキする。


「昔むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました」


 どうしよう。


「おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、ドンブラコ、ドンブラコと、大きな桃が流れてきました」

「……」

「……何ボーッとしてんの。次」

「あっ、おっ、おや、これは良いおみやげになるわ‼︎」

「…下手。おばあさんは大きな桃を拾いあげて、家に持ち帰りました」


 わぁぁ…やっぱり失敗した。そして相変わらず胸にズシンと重いお言葉。今の私には染み染み響く。


 今、私たちが居るのは彼が入院していた病院の院内学級。月に一度、読み聞かせのイベントがあるようで、彼はその手伝いに毎回来ているそうだ。

 今日のお話しはみんなが大好き桃太郎。ストーリーを彼が、私が会話文を担当して読み進めている。

 院内学級では大きい子が小さい子に読み聞かせをすることが習わしになっていて、慣れた様子の彼はスピードも抑揚も申し分ないほど完璧だった。一方の私は、一人っ子で読み聞かせの経験などない。今日の為に練習はしたものの何度も噛んで躓いてしまう。それは聴くには絶えないような読み方だ。

 だからといって読み聞かせの合間にあんなにストレートに下手と言わなくても。泣きそうだ。

 そしてもう一つ、本当に泣き出したくなるような事実。

 先日の花壇でのことだ。



「…付き合ってよ」

「えっ、ん⁈ えっーーーっ⁈」

「今度、俺が通ってた院内学級で絵本の読み聞かせがある。暇だったら付き合って」

「あっ…なんだ〜…そういうことか! うん、行きたい‼︎」

「じゃ、よろしく」



 という具合で、付き合うという言葉の広さを痛感した。そして自分の考えのあつかましさに心の涙が止まらない。何を期待していたのか、虚しすぎる。


「次。ボケっとするな佐々木」

「はっ、はい! ぼ、僕、お、お鬼ヶ島へ行って、悪、い鬼を退治します!」

「はい、下手。おばあさんにきび団子を作ってもらうと、桃太郎は鬼ヶ島へ鬼退治に出かけました…」

 

 あっ…今は普通に苗字だ。この前は名前で "サキ" と呼ばれたと勘違いした自分が更に恥ずかしい。もう落胆どころじゃない。穴があったら一生出て来れなくなるくらい土を被せてコンクリートで固めてほしい。

 ってか、誰? ささきとサキなんて聞き間違えるの当たり前じゃん! 誰だよーこんな紛らわしい名前付けたのー⁈ わぁーぉー私の親だぁ‼︎ このお・バ・カ・さん‼︎

 ダメだ…頭の中がご乱心。読み聞かせに集中できない。考え過ぎて二、三日眠れなかったせいだ。少し落ち着こう。

 大きく息を吸って吐いて、よしと気合を入れる為に頬を両手で叩いたら、彼にデコピンをされた。

 地味に痛い。

 いきなり何かと思ったら一人で百面相をしていたようで気持ち悪いと睨まれる。デコピンを受けた額と叩いた頬がジンジンする。

 しかしそのおかげか、少し気持ちが落ち着いてきた気がする。むしろデコピンよりも鬼の代わりに私を退治してほしい‼︎ 本気でそう思った。

 でも暴力はいけないと思うよ⁉︎


 初めて訪れる院内学級は、普通の学校の教室と殆ど同じだった。教卓があって、机と椅子があり本棚がある。壁はたくさんの展示物で埋め尽くされている。多少の違いと言えば教室の中にパソコンがあること。コンピュータの授業で使用するためだ。

 小学生と中学生は別々の教室になっていて、今は小学生の教室に居る。


「…そして三人は、宝物のおかげで幸せに暮らしましたとさ、めでたしめでたし」


 わっと拍手が沸き起こる。周りを囲んでいた子どもたちやその後ろにいる先生たちもとても嬉しそうだった。


「遼くん、じょうずー‼︎」

「すごく楽しかったよー‼︎」

「ありがと。詩音と理乃に褒められると嬉しいよ」


 車椅子で近づいてきた少女たちに気付き、膝を折り目線を合わせにこりと微笑む。

 ここに居る彼は、素だった。

 あの機械的な笑みも、戸惑った表情もなく、気負わない、あくまで自然体の彼だ。

 そんな姿を自然と目で追ってしまう。


「おい、おまえ‼︎」


 側に少年が立って居た。小学二年生ぐらいか。


「だから、おまえ!」

「えっ、私⁈」

「おまえ以外に誰がいる! 名前なんだ!」

「葵、おまえはダメ。彼女は佐々木咲季だよ」


 少女たちと話し終えた彼が近づいて来た。少年と話す様子は先生のように優しい眼差しで諭しているようだった。


「変な名前ー‼︎ 絵本読むのも下っ手だしな‼︎」

「葵」

「いいよシキ君! 下手でゴメン。よろしくね葵君!」

「仕方ねーなぁーよろしくされてやる!」


 彼と同じように膝を折り、目線を合わせて手を差し出すと少年は少しモジモジしてから握手を返してくたれた。満面の笑みの少年に釣られて笑ってしまう。その様子を静かに見守っていた彼も優しい笑みを浮かべていた。




・・・





「チューリップ、あいつら喜んでたな」

「えへへ。私も嬉しかったよ」


 読み聞かせが終わった教室で、彼と二人で片付けをしていた。

 暖かな太陽の陽射しが差し込む教室で、彼は本棚に飾られた折り紙のチューリップを見てる。

 ピンク、赤、黄色の折り紙で作られたチューリップは綺麗に折られているものもあればくしゃくしゃになっているもの、不恰好なものもある。

 この折り紙のチューリップは私が子供たちへプレゼントであげたものだ。

 最近は感染症の懸念から生花を持ち込みを禁止している病院が多い。本当は店の花を持ってきたかったが、その情報を彼から聞いていたので折り紙で作ることにした。

 子どもたちに見せたときは大喜びだった。立体的なチューリップを見つめて、自分も折りたいと言い出した女の子がいたため、読み聞かせを途中で終わらせて、折り紙大会が始まった。

 渡したときは十本だったチューリップも、今では三十本以上も折られ、色取り取りに咲く本物の花束のようだった。


「このグチャグチャになってるのは葵のか」

「途中で分からなくなって、丸めちゃったの。でも一緒にやったら最後まで折ってくれたよ」

「負けず嫌いだからな。それが葵のいいところだよ」


 そう言って微笑んだ。

 本当にここにいる彼はありのままだ。飾らない姿と言葉に思わず見惚れてしまう。


「折り紙、得意だったんだな」

「図工は五だったんですねーえへん!」

「座学も美術もダメだけど、それ以外は得意だと。バカな佐々木らしい」


 彼は口角を上げ、悪そうな顔をした。

 それはもう、悪そうな…


「どうせ、バカですよーもう、シキ君にはあげない‼︎」

「あげる? 何を?」

「はい、どうぞ」


 頬を膨らませてプイと横を向いたが、彼が食いついたことに気をよくして、持っていた紙袋からのチューリップを取り差し出す。それは以前、彼が買ってくれたようにビニールに包まれていた。


「子どもたちにはカラフルなチューリップをあげて、白はシキ君にとっておいたの! 白はシキ君の色だね」


 ちなみに今回も赤のリボンを付けちゃいましたと口を開いてイタズラっぽく笑ってみせた。

 彼は手渡されたチューリップを見てから、破顔した。

 

「ありがとう」


 太陽の光に照らされた顔は今まで見た中で一番綺麗で眩しくて、とろけるような笑みはとても甘かった。

 待って、待って!今のタイミングでその笑顔はダメだよ。勘違いしてしまう。


「い、院内学級の子ってみんな大人びて見えるよね!」

「そんなことないよ。あいつらは心も身体も強くなきゃいけないから、そう見えるだけなんだと思う。本当は誰よりも淋しがり弱くて、優しい心の持ち主だよ」


 火照る頬を彼に見られるのが恥ずかしくて、慌てて会話を広げようとしたがその言葉は彼を傷つけてしまったのだろうか。切なそうな表情で、チューリップを眺めていた。

 そんな顔をしてほしいわけじゃなかったのに。いつでも笑っていてほしい。


「シキ君も優しいよね。特に女の子に! 私にはクラスの男子以下なのにー‼︎ さっきもね詩音ちゃんと理乃ちゃんにシキ君の彼女なのって問い詰められちゃった!」


 話を逸らそうと冗談を交えながらはにかんだが、彼は視線を下げていた。


「なんで…」

「えっ?」

「何で自分を作らなきゃいけないの? 相手に遠慮して自分を殺して、気を使ってよく見せなきゃいけないの? 気が置けない心を許せる人間に何で? やっと安心できる自分の場所を見つけたのに!」


 矢継ぎ早に言いくるめて彼が目線を上げる。

 唇を結び、目尻を少し上げて切れ長のシルバーグレーの瞳が真っ直ぐに私を射抜いていた。

 それは今まで見たことがない表情だったが何故か分かった。

 あぁ、彼は怒っているんだ。


「サキ」

「はっ、はいっ‼︎」


 それは間違いなく、私の名を呼ぶ力強い声。

 早鐘を打つ鼓動は今にも口から出そうだった。


「サキ、行くよ」


 彼は私の手を取り繋ぐと歩き出す。私はそれに導かれるように彼の背中を追いかけた。





次回で終わります!


視点が戻りますので、暴走ヒロインともお別れです 笑




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