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カラフル  作者: 陽向
8/12

8


また長めです。



「ねぇ。何で俺より頭悪いの? 」


 誰かが、毒を吐いている気がする。


「ひっでーなー病弱王子ー」

「傷つくなー病弱王子ー」

「宿題ぐらい写させろよー病弱王子ー」

「…さっきから病弱、病弱うるさい。王子じゃない。そして写すんじゃなく、あくまで参考。間違えてたって知らないから」

「口悪いけど、優しいよなー病弱王子ー」

「ウザい」

「照れてるのかーツンデレ王子ー」

「いや、俺はヤンデレだ」

「お前が言うと意味が変わるわ!」


 ある昼下がの風景。

 クラスの男子が窓際に近い席に集まり、ノートを写しながら楽しく談笑していた。若干一名を抜かして。

 今日の五限目は自習だった。

 先ほどから病弱王子と言われているのは、もちろん彼のこと。

 そして平気で毒を吐いているのは彼の方。

 あれ、そんなキャラだった? と思うかもしれないが、彼はこんな人だった。


 クラスに編入して来たばかりの頃の彼は、人との距離を測っていたようだ。

 特に同性に対しては、警戒心を露わにしていた。

 興味と好奇心から男子が話しかけると、冷たく突き放す。しかしそれは、何処か余所余所しくて虚勢を張っているだけのように感じた。心底嫌っているようには見えず、辛そうだった。

 そんなある日。私と他の男子がふざけあって言い合いになっていたとき、彼はいきなり笑い出した。


「はっ…ホントにお前らアホだな」


 ぷっと吹き出して、ケラケラと笑いながら毒づいている彼を見て驚愕した。

 この容姿から毒舌をふるう姿はかなり衝撃だったが逆に新鮮に感じ、これが本来で今までの態度は敵意からくるものではないと解り、彼の本質に触れられた気がした。

 日に日に、周りを囲む男子は増えいつの間にかそれが当然になった。その反応に戸惑っていた彼だったが、諦めたのか、会話の中に入るようになった。

 そして彼はかなり頭が良い。テストの点数は私の倍はある。その為彼のノートにはクラスメイトも私もかなり助けられていた。

 言葉は相変わらず鋭利なままだが、勉強を教える姿はどこか優しく最後まで面倒をみている。

 そういうところが慕われるのだろうと想像できた。


「シキくん! 私たちにもノート見せて!」

「はい、どうぞ」

「ありがとう! やっぱりシキ君は格好良くて優しいね!」


 "シキ" とは彼の別のあだ名。主にこちらで呼ばれることが多い。以前もこのあだ名で呼ばれたことがあるらしい。

 彼の女子に対する態度は以前と全く同じだ。優しい言葉遣いで柔らかな態度、そして機械的な笑みで、距離をとる。それだけはずっと変わらない。

 しかし、それは王子という印象をかなり肯定するものだった。

 絵に描いたような容姿と態度は、女子の注目の的だ。その彼にどうやってアピールするか、日々試行錯誤しているようで、今の様にノートを借りに来る子もいれば、偶然を装ってぶつかってくる子。いやむしろ突進? そして一番凄まじいのは生活委員の仕事のとき。敢えてスカートを短くしてアピールするのはもちろんの事で、携帯に自分のアドレスを表示させて返信を請う者などいろんな手を駆使しているようだ。

 それをやんわりと丁寧に交わす彼の姿にまたときめくようだが、服装チェックでガーターベルトを履いてきた子を見たときは彼も流石に引いていた。


「女子には相変わらず優しいよなーシキは。で、ノートは俺たちに貸していたはずでは?」

「一色家の家訓は女の子に甘くだ」

「お前の親、教育できてるな…」

「黒いわ…黒装束の腹黒王子」

「…殺す」


 物騒な言葉を吐き眉間に皺を寄せて、何故か彼は勢いよく私を睨みつけてきた。

 甘い声で彼に近付いて愛嬌を振り撒き、ノートを借りていった女の子たちを羨ましく思い、知らず知らずのうちに彼を盗み見ていた。彼と視線がぶつかり、慌てて顔を背ける。


「佐々木さん、ノート借りたいの?」

「あっ、うん! 分かんなくて」

「シキー。佐々木さんも貸してーだって」


 近くに居た男子に話しかけられ、思わず本音を零してしまう。


「…佐々木は手遅れだ。バカ過ぎて無理」

「シキ君! バカっていう方がバカなんだよって前にも言ったでしょ?」

「佐々木にバカって言われたらこの世の終わり」

「シキは佐々木さんにだけ冷たいよなー」


 やっぱり、そう見える?

 そう、彼は私にだけ何故か冷たい。

 他の女子にはあの紳士的な態度で接しているのに対して、私に対する態度はなんと言うか…良く言えば幼い子にするよう接し方。仕方ないな、しょうがないなと言う感じ。酷く言うと、かなり適当。

 その為か心配していた女子からの嫌がらせなどはなかった。むしろ可哀想、哀れという視線を感じる。

 まぁ、登校初日にあんな発言をしてしまった私が悪いのだが。腹黒王子ともう一つのあだ名があるのは、言うまでもなく私の責任だ。

 ただ隣の席で、同じ委員と言うだけだと分かっているが胸の奥が僅かに痛む。特別視して欲しいと思うこの気持ちは何なのか。

 他の女子と違い、さん付けで呼ばれないことに喜び、毎回ドキドキしてしまう単純な自分を笑いたい。


「で、どこ?」

「えっ?」

「分かんないとこ。教えるから。」

「あっ、ここなんだけど」

「これはここの応用。って、基礎が分かんないか。先にこっちやるよ」


 でもね、ほらやっぱり優しい。

 ノートを借りるより、教えてもらう方が嬉しいに決まっている。これもただの役得なのかもしれないが。


「分かったかも! これで、どう⁈」

「……正解」


 そこまでバカじゃなかったかと彼は、はにかんでみせた。窓側の席座る私に向けた笑顔は恐らく私以外は見ていない。


 ……………わぁ。

 なにこれなにこれなにこれ⁈

 ズルくない⁈ ズルイよね⁉︎

 いきなり笑うとか、反則だよね⁈

 いけない、いけない‼︎ 彼は王子さま。みんなの王子さま。白馬の王子さま。かぼちゃパンツ…似合うかも。

 いやいや、想像しちゃダメだって。


「君に興味があるから」


 彼のあの言葉を、嫌でも意識してしまう自分がいる。

 鼓動が恐ろしく早鐘を打っていて、彼に聴こえてしまうのでないかと心配になるほど煩かった。


「それにしても、シキのノートは解りやすいけど色が無いよな。この波線が赤で、棒線が黄色だよな?」

「そう」

「何で色ペン使わないの?」

「色分けが面倒」


 適当な奴だなとみんな笑っていたが、彼は微妙な反応だった。

 彼のノートは黒一色。ペンケースには色ペンが一つも入っていない。色を全く使わないノートは淡白なものだったが、実に綺麗にまとめられていて、参考書並みに解りやすい。

 色を使いまくってどこが要点か解らなくなり、見返すことがない私のノートとは雲泥の差だ。

 

「シキ、ここ黄色で書いてたぞ。棒線引っ張っておくな」

「あっ、それならこっちも抜けてた」

「悪いな…」


 彼はよく黒板に黄色のチョークで書かれた文字に棒線を引き忘れる。棒線すらも少ないノートはさらに淡白に見せていたが、彼の中ではそこまで重要でないと言うことで棒線を引かないのかもしれない。


「今日も行く?」

「うん。行くよ」

 

 周りの男子がワイワイ騒いでいるときに、内緒話しのように彼に囁かれ、顔が上気してしまう。私はその熱を笑顔で必死に隠していた。



・・・



 花壇に私が居て、それを望む音楽室の窓に彼が居る。この光景がいつの間にか当たり前になっていた。

 あの日から彼は毎回来ていた。別に手伝うわけでもなく、邪魔をするわけでもない。音楽室の椅子に座って、花壇を眺める。そしてたまに他愛もない会話をする、この時間が心地よかった。


「ペチュニア、また咲いたな」

「そうだね! ピンクと赤が見頃だね」

「ホントに綺麗なピンクと赤」


 彼はそう言って微笑んだ。あの自然な笑みで。


「サルビアは?」

「もう萎れてきてるかなー? 枯れてるところが赤から茶色になってる」


 気がつけば、いつの間にか彼は近くに来ていた。

 彼は朝顔の観察のように花を真剣に見つめる。たまに花の名前を尋ねては、その花を見て微笑んだ。

 しかしすぐに悲痛な表情を浮かべる。それが何故かとても切なかった。


「白の金魚草も咲いてる」

「白じゃないよー黄色! シキ君は、色よく間違えるね」

「あぁ…黄色だった」


 そう言って彼は苦笑した。

 以前も白と黄色を間違えていた。黒板も黄色は見落とすし、逆に赤で書かれた文字は見えにくいと教えたことがある。視力が悪いのかと問えば良いと言う。確かに黒板に赤で書かれるのは見えにくいが。

 何故かそこに違和感がある。

 色を見間違える…そんなにあること?


 ーーそれって何色?ーー


 腕に抱えたチューリップを見て確かにそう言った。そういえば初めからおかしかった。あの時は自分のことで精一杯で気にならなかったが、あれが自然に零れてしまった言葉だとしたら?

 色のない黒一色のノート、花を見つめる淋しそうな瞳。


 まさか彼は…


「…シキ君。もしかして色が分かんないの?」


 時が止まった、そんな気がした。

 彼は目を大きく見開いていたが短い沈黙の後、深く深く息を吐き出した。

 

「………はぁ。こう言うときだけ、佐々木は感がいいよね。バカなのに」

「もう何かね、バカバカ言われ過ぎてて、愛着さえ浮かんでくる! ホントにバカだから何も言えないんのが悔しいんだけど」


 少し頬を膨らまして怒った素振りで顔を上げると彼は真っ直ぐにこちらを見ていた。視線が絡み合う。


「………サキ」


 今、何て?


「付き合ってよ」


 私を石化させたのは、女子たちの恨めしい視線ではなく、私を一途に見つめる彼の目線だった。




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