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班目のチューリップ:疑惑
※視点が変わります。
「君は…………魔法使いなの?」
その言葉の真意を教えてほしい。
彼と初めて出逢って、話しをしたまだ肌寒い三月のあの日。
早朝に大好きなチューリップが市場から入荷し、私はかなりウキウキ気分だった。
どの花と組み合わせようか、どの色に組み込もうかと考えながら水上げをしていたとき、こちらに近づく影に気付き、顔を上げ笑顔で挨拶をした。
慣れとは怖いもので、意識をしなくても条件反射のようにいらっしゃいませと口から出てくる。看板娘も板に付いたものだと、心の中で自慢してみる。
少し離れたところで立ちつくしている男性が目に入った。
黒のエンジニアブーツに、黒のスキニーパンツ、黒のピーコート。
その全身に黒を纏った洋服とは対照的な白く透明な肌。目は切れ長でグレーの瞳、そして左目尻に涙ボクロ。鼻は高く整っていて、口は小さく、唇は薄い。目にかかるかかからないかの黒髪を揺らしながら、長身がこちらを見ていた。
とても落ち着いている感じがして、私よりちょっと年上かななんて想像する。
キレイな人だって思った。
何処と無く儚げな雰囲気をまとっている彼を見て、少し鼓動が跳ねた…気がした。
いやいや、気のせい気のせい!
見つめられたから、ビックリしただけ! いや、まずその前に見つめられてるって思ってる時点で、自意識過剰? 見てるの私だし…
てかまず、私イケメン好きじゃないし‼︎ などと自問自答をしていたが、会話を続けようと次の言葉を探す。
「今日も空が青いですね」
…なんて情けない。頭を高速で回転させ、振り絞った結果がこの様だ。自分の頭の悪さ加減に悲しくなった。
その直後、空を見上げた彼の瞳が見開き、なんでと小さく零した。
何に驚いているのか教えて貰えなかったが、すぐに落ち着いた雰囲気に戻り会話が続いた。何かを思い出しただけだったのだろうか。
気がついたら、ベラベラと自分の話しをしていたような気がする。
ふいに私が抱えていたチューリップの話題になった。
「それって、何色?」
「マーブルですね。ピンクと白の。他にも色が混ざっているのがあるんですよ」
その直後、また驚いた顔をして戸惑い気味の彼がこちらを見ていた。
あれ…やっちゃった…?
浮かれていて、くだらない話しをし過ぎて呆れさせてしまったのかもしれない。誤魔化す為に、男性は花を買うことが少ないだろうと決めつけ、慌ててチューリップの話題を無理やり広げた。
不自然じゃなかっただろうかと心配したが。彼は何も言わなかったからたぶん大丈夫だった、と思いたい。
暫しの沈黙。それがどことなく居た堪れなく淋しく感じて、また会話を続けようと花言葉の話題を持ちかけた。
彼が少し食いついた、ように思えた。
だから嬉しくなってまた暴走してしまったんだと思う…。私は花言葉について熱弁していた。
同意を求めようと彼を見ると、少し引いているのが分かる。少しかな、かなり引いていたかも。それでも賛同してくれて、何故かまた驚いた顔をしていた。
何でそんなに驚いているの?
何かあったのかな?
もしかして何か見えるの⁇
まっ、まさか妖精⁈
まさかですよね…なんてね。
不思議な人だった。
彼の表情も行動もどこか落ち着きがなかったけど、不審がることはなかった。
どちらかというと惹かれた。何を見て驚いているのか、何を考えているのか教えてほしいって思った。
その後彼がチューリップを買ってくれて、ラッピングに入ったときは大変だった。変に張り切り過ぎて、緊張で手が震えてきたときはどうしようかと思ったけど、作業を始めたら不思議なくらい落ち着いて出来た。
ビニールにラッピングして、ふとチューリップを見て考える。
これじゃ淋しい…差し色に赤のリボンを手にとった。選んだのが自分の一番好きな色だったのは無意識だ。
無垢。
私が、彼に持ったイメージ。何の混じりもない白がひどく似合っていた。全身黒の服装をしていたが、真っ白のイメージがピッタリだった。
だから、白のチューリップを選んでくれたことがすごく嬉しかった。
そのチューリップを手に遠ざかっていく、彼を見送る。
この街に戻ってきたと言っていた彼。
また来ますようにと、小さく呟いた。
が、暮れど暮れど、待ち人は来ず…もう忘れよう、そう思ったときの学校での再会。開口一番に変な台詞吐いてしまったのは、大目に見てほしい。
確かに黒装束は無いです…ごめんなさい!
だって素直に嬉しかったから。
その彼が放った一言。
「魔法使いなの?」
私はよく天然とか、おバカキャラだと友人たちは言う。バカなのは認める。成績も下から数えた方が早い。頑張って良く言っても下の上だ。天然と言うのは認めていないが。
彼は私以上の不思議くんだったのだろうか…頭の中がお花畑とか…妖精は飛んでるのかな?
かなりの衝撃を受けた。
その意味が知りたくて、話しかけようと思ったころにお約束というか、タイミング良く邪魔が入る。
「こんな所にいた! 一色君、こっちにきてよー!」
私を睨みつけるクラスメイトの女子たちに連れられて、戸惑いながら彼はクラスに戻っていった。
通り過ぎて行く彼を横目に、私はその場にしばらくの間呆然としていた。
彼に掴まれた手首がまだ少し熱を持っていた。
クラスに戻った彼の周りには、人集りが出来ていた。大半は女の子で、彼女はいるか、病気は大丈夫かなどと尋ねている。
珍しい時期に現れたクラスメイトは、病弱の美男子。浮き足立つのは無理もない。その周りを囲む男子たちは見定めるような目で彼を見ていた。
そしてもう一つ、教室の入り口に人集り。
教室に足を一歩踏み込んだ瞬間に、私は周りを囲まれた。彼を囲む輪から漏れた女の子たちだ。
「一色君とどんな関係なの⁈ あと、黒装束って何⁈」
まぁ、そうなりますよね…。
先ほど、彼に釘をさされたのを思い出し、言葉を選びながら黒装束は言葉の綾で、店員と客の関係だと丁寧に説明した。
彼の側にはしばらく近づきたくない気もするが、隣の席と言うのは幸か不幸か。
わぁぁ……女子たちの目が怖過ぎる。
顔に笑みを貼り付け、どうにか席に着き小さく息を吐き出した。
横目で隣に座る彼を盗み見る。先ほどよりも疲労感が漂う彼の横顔があった。
「大丈夫? モテモテだね!」
「……ただ珍しいだけ」
眉間に少し皺を寄せた不機嫌な顔。その後の苦笑。
人に好かれるということは素敵なことだと思う。沢山の人に、キャーキャーなんて一度は言われてみたい。
彼の場合は…少し度を超えているような気もするが、周りが好意を持っているのは確かだった。
彼は女子たちに優しく接していたように思う。質問にはきちんと答えていたし、相手の目を見て話している。とても真摯な態度だった。
でも、違和感があった。
彼は笑わない。無表情ではないが、口角を少しだけ上げ何も映していないような瞳で会話をしていた。
一言で言えば機械的な感じ。
嬉しいというよりは、困っている、もしくは距離をとりたいそんな感じだ。
初めて出会ったときも、さっき二人で話していたときもそんなことは思わなかった。それが今は近寄り難い雰囲気を纏っている。
なんだろ…この感じ。
不思議な違和感を抱いたまま、チャイムが始まりを告げ、生物の授業が始まった。