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教室を出て、少し離れた階段の影まで来て彼女の手を離す。
「さっきの何?」
「…さっきのって⁇」
「………、黒装束はない」
ポカンと口を開き少し間を空けた後、あぁと納得したようで、笑顔が戻る。
「他に言葉はなかったの?」
「ビックリしちゃって! 他に出てこなかった」
「日本語力を疑うよ…」
特に悪びれる様子もなく、楽しそうに話す彼女に少々呆れながら小さく溜息をついた。
「兎に角、あの言葉はない。周りに聞かれたら、訂正して」
「ゴメン、ゴメン。でも似合ってたよ? 白のチューリップにすごく合ってた! この前は買いに来てくれてありがとね! あのチューリップ、インゼルって言ってあの日に入ったの。ヒベルニアとかも素敵だけど、断然私はインゼルの純白が好き! あっ、すぐに萎れちゃった?」
「…一週間で枯れた」
「一週間持ったならすごいよ! 水をこまめに替えたり、水切りしたらもっと持ったかも! 教えてあげたらよかったー」
「それより、委員会って何?」
「あっ、それそれ。聞こうと思ってたの! ホントにいいの?」
「そんなに面倒なの?」
「うんん、仕事自体はそこまで大変じゃないかな? いや、大変かなぁ…みんなは大変そうって言うけど、私はそうは思わないけど」
本題がズレていく気がする。
彼女は、花の話を始めると饒舌になり、熱弁するということがこの前の様子と合わせて解る。
そして会話はどこまでも自分のペースで進めていく。
屈託のない笑顔で、表情をくるくる変えながら話す彼女は、可愛いと思った。
可愛いが…会話が進まない。
彼女のペースに巻き込まれまいと話しを戻す。
「で、委員会何?」
「あっ、生活委員会‼︎ 風紀委員会の仕事に近いんだけど、その他に雑用があるから生活委員会って言ってるみたい」
仕事内容を訪ねてみれば、月に一回行われている制服のチェックから始まり、持ち物検査、今時珍しいベルマーク集めまであるそうだ。他はクラスの物品を調べたり、教材を運んだりなど、雑務が多いらしい。
……面倒そう。
後半の仕事なんて、日番でいいだろー。なんの為の日番? 日誌書いて終わりならいらない気が。
「で、その身だしなみのチェックのとき、それアウトだよ?」
頭一つ分違う彼女が顔を覗きこむ。
ちかっ…すぎ、ない⁈
距離が無くなり、彼女の少し垂れ下がっている大きな瞳が近づいたことに驚き一歩後退る。
「それって?」
「だから、その目! そのグレーってカラコンでしょ?」
彼女に差された先にある、階段脇の鏡に顔を向ける。そこにはシルバーに近い鼠色の瞳をしている自分の顔が映る。
あぁ、久しぶりに見た…
俺の瞳は母親譲りで色素がかなり薄いらしく、生まれたときからこの色をしている。
かなり珍しがられて、周りから外人とか妖怪とか心無いことを言われて傷ついたときもあったが、殆どの人は綺麗だねと言ってくれたから俺もそれを自慢に思うようになっていた。
だが、色を失ってからもちろんその瞳の色を見ることは無く、周りに綺麗だねと言われても俺から見たらみんな同じ色で、気持ち悪いだけだと苦笑していた。
その瞳が今、目の前の鏡に映っている。そしてそこに映り込む彼女の顔。
「カラコンしてるのに生活委員はどうかなぁって思うよ。オススメできない」
「…………生まれつき…」
「えっ、カラコンじゃないの⁈ すごいねー綺麗なグレーだね! 初めて見た‼︎」
どこまでも嬉しそうな彼女の言葉。
その声は素直に耳に入ることはなく、どこか遠くで篭って聞こえる。
この前、彼女に出会ってから頭の中で小さく燻っていた疑問。だからと言って、また彼女に会う勇気も持てず、夢だったのだと自分の中で結論付けて花屋に行くことを躊躇っていたが、今日確信した。
彼女が色を言葉にすると自分の瞳に色が灯る、と言うこと。そして、更に疑問は広がる。
何故…彼女の言葉だけ?
彼女の方に向き直り、おもむろに手首を掴む。突然のことに驚き、目を大きく見開く彼女の瞳を見つめながら言葉を探す。
「君は…………魔法使いなの?」
自分の口から出た言葉に、語彙力の欠片なんてこれっぽっちもなくて、さっき自分が考えてた言葉が零れていたから正直呆れた。