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カラフル  作者: 陽向
2/12

2

 ふと、彼女が手に持っていた花が目に止まった。


「それってチューリップ?」

「そうです。今日、入荷したばかりなんです。綺麗ですよね」


 彼女に抱えられた、たくさんのチューリップ。綺麗な色をしてるんだろうな。


「それって、何色?」


 つい口を滑らせてしまった。絶対に変に思われたに違いない。だって普通の人はそんなこと言わないから。

 でも聴いてみたかった。聴きたかった。彼女が綺麗だと微笑む花の色を知りたかった。わかるはずもないのだけど。


「これはマーブルですね。ピンクと白の。他にも色が混ざっているのがあるんですよ」


 彼女が言葉を発した瞬間、チューリップに色が灯った。ピンクと白が混ざり合っている色鮮やかなチューリップが目の前にあった。

 あまりの衝撃に目が見開き、口も空いてしまう。


「そんなに珍しいですか? 最近では結構色の掛け合わせとか増えているんですよ」


 驚いた顔をしていたことを勘違いをしてくれたようで、変な質問をしたにも関わらず、彼女は何にも気に止めてないようだった。

 そのチューリップが珍しいのではない。彼女から発せられた言葉が色を付けた、そのことに驚きを隠せなかった。

 なぜ、どうして、いきなり。

 しかし、色を付けているのはそのチューリップだけだった。他のものを見渡すけれど、いつも通りのモノクロの世界が広がっている。

 また彼女が抱えるチューリップに目をやる。あれ、さっきよりも色がくすんで見える。チューリップはだんだんとセピアに、そしていつものモノクロへと変わった。

 自分の瞳が徐々に色を失っていった時間を一瞬で観たような感覚だった。


「知ってますか? チューリップって色によって花言葉が違うんです」


 昔の記憶に浸りそうになっていたところに彼女の声が響き、一気に現実に呼び戻される。


「えっ。花言葉?」

「はい。花にはそれぞれに花言葉があるんです。花の色とか形とかで花束を作るときも多いんですけど、花言葉を考えながら花束を作るときもあるんですよ」

「へぇ…」


 何て気のない返答。彼女はそれを気にしていないようで、話を続けた。


「あのバケツに入ってる赤色は愛の告白。やっぱり告白とかプロポーズの時に使うのが多いです。その時は花束作る手に力がこもっちゃいますねー」

「責任者重大だね」

「はい! 成功しますようにっていつも祈ってます。この紫も不滅の愛って意味なのでプロポーズ向きですね。でも、他の色は結構悲しい意味が多いんですよね」

「例えば?」

「あっちの黄色は実らぬ恋。この班目は疑惑。そしてそこの白は失恋。同じチューリップなのに全く逆の意味になるんです」


 少し伏し目がちに彼女は悲しそうな声音で言った。


「あっ、でも花言葉の意味って一つじゃないんですよ! 黄色は正直とか名声って意味もあるし、そして白なんて思いやりですよ。そう考えると全部の色に素敵な意味があると思いませんか⁉」


 熱弁する彼女は息を荒げながら、いきなりこちらにふってきたから、押され気味になりながらそうだねと言った。

 彼女が説明くれた順に色の位置だけでも確認しようとチューリップに目を向けると、そこには赤、紫、黄、白、そして彼女が抱える班目の色鮮やかなチューリップがあった。

 だから、いきなり、なんで。

 色を失ってからあり得なかった出来事に、頭の中ではパニックが起こっていた。

 いきなり色を取り戻した瞳。しかし、それは一瞬の出来事で、徐々に色は濁りセピア、モノクロへと変わる。

 クラクラする、頭を小さく降ってからもう一度チューリップに目線を戻したがいつもの白黒だった。


「私はチューリップが大好きです。特にこの白が。色が付いていた方が鮮やかで綺麗なんですけど、そこに白が一つ入るだけで雰囲気が一気に変わるんです。どんな花束にも合うし、この子はよく出来る子なんです」


 ふふっと、彼女がはにかんだ笑顔を見せた。

 彼女が持ち上げた白のチューリップはいつもよりもコントラストがはっきりしていた。

 元から白黒の世界だ。だからさっきみたいに色が灯ったのかはわからない。でもいつもよりも白がはっきりと見えたような気がした。


「それ一つだけくれない?」

「はい! 今ラッピングしますから、待ってて下さいね!」


 思わず零れた言葉に彼女は満面の笑みを見せた。本当にころころとよく変わる表情。

 可愛いな。


「お待たせしました! 勝手に赤のリボン付けちゃったんですけど、大丈夫でしたか?」

「あぁ、ありがとう」


 彼女の手から赤のリボンの付いたチューリップを受け取り、ありがとうございましたと手を振る彼女に見送られながら、来た道を引き返す。


 もう一度手を見つめたときには黒のリボン付けた、先ほどより鮮やかさを失ったチューリップが握られていた。

 白のチューリップなら、この世界でもあまり変わりないからいいか。

 そんなことをあっけらかんと思った。

 さっきまで自分の身に起こった出来事を思い出す。でもそれは一瞬の些細なことだ。たぶん何かの間違いだ。気のせいだ。そう結論付た。

 たまには花もいいな。またあの花屋行こうか、なんて思った。

 色を失ってからあんなに嫌いになりかけていた花なのに、不思議だ。


「今日も空が青いなぁ」


 どこかで聞いた台詞をまた呟いてみたけど、いつもの灰色の空のままだった。


 まだ肌寒い3月、足早に家路を急いだ。





 白のチューリップ。新しい恋。

 その花言葉を知るのはまた先の話。



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