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 かつての104の住人。その知り合い……。

 さっき見た、桜の下に手向けられた花束と手を合わせる新島さんの姿を思い出した。


「もしかして、あの桜の下で……?」

「中村くん、知ってるの? あの事件のこと」

「うん。聞いたんだよ、知り合いに」

「それじゃあ、『魔女』と『死神』の噂も?」


 香坂さんが『魔女』と噂されて孤立しているのは知っている。でも、『死神』は初めて聞いた。語感だけで、もう一人の隣人の顔がよぎる。


「香坂さんの噂は一通り聞いたよ。でも、『死神』は初耳だ」

「元々、あんまりイメージが良くないせいでついただけだと思うんだけど……105の久保田さんは知ってる?」

「知ってる。『魔女』の話は彼から聞いた」

「彼の夢を見ると死ぬとか、近づくと不幸になるとか。遥希さんはそれでも気にしてなかったみたいだけど。でも、うちのおばあちゃんも見たみたいなの」

「久保田さんの夢?」

「うん。久保田さんに突き飛ばされて、車にひかれる夢……そうしたら本当に事故で亡くなっちゃった」


 シャベルの音と、久保田の無機質な表情。

 僕も、死ぬのだろうか? 彼に埋められでもするのか?


「私は遥希さんを通じて、仁美さんとも久保田さんとも話すことがあった。二人ともいい人だとは思う。でも、このままじゃ中村くんも遠巻きにされちゃうんじゃないかな」

「うーん、だからって、引っ越せるわけじゃないし」

「なるべく関わらないようにした方がいいってこと。遥希さんみたいになるの、嫌だもの」


 新島さんはそう言って、うつむく。


「気を遣ってくれたみたいで、ありがとう。でも、僕は接し方を変える気はないんだ」


 香坂さんを信じて、味方になると決めたのだ。それに、妹が懐いている久保田を無下にもできない。


「そう……。余計なこと話しちゃったね。なんか、感情的になっちゃって。気にしないで、噂も噂だからさ」


 新島さんはそう笑い飛ばした。そのあとは、他愛ない話が続いた。すぐ先のT字路で僕たちは別れた。

 『魔女』と『死神』か……。

 噂とはいえ、とんでもない所に越してしまった。ここへ来てから起こった不思議な体験をかんがみれば、それもあながち嘘ではない気がしてくる。桜の下で殺された遥希さん。根元から伸びたあの腕……あの鋭い爪ならば、獣のそれに近い気がする。それならば、あの桜に近付く者は危ないのではないか……?


「丁度良いところに居た」


 毛糸の帽子に、ぐるぐる巻きのマフラー。


「泉美ちゃん……いや、ハル、なんだろう?」

「お前には、仁美の為に命を賭ける覚悟があるか?」


 泉美が、肯定も否定もせずに真に迫った様子で聞いてくる。会ったばかりの人に命を賭けられるか……と少し迷ったけれど、僕は首を縦に振る。泉美は、子どもらしからぬ老成した笑みを浮かべた。


「ならば、全てを話そう。場所を変えるぞ」


 僕らは、猫耳姿のハルに初めて会った川原にまで足を運んだ。ガード下の、目立たない場所に腰を下ろす。


「あれと遭っただろう?」

「あれ?」

「桜の幽鬼だ。かつての104の住人を殺して、血を取り込んだ」

「あの、赤い手……?」

「そうだ。私の主が亡くなった時に、封印が綻びた」


 大家さんが、香坂さんが母親からハルを引き受けた、と言っていたのを思い出す。


「やっぱり、香坂さんは魔法か何かが使えるのか?」

「ああ。先代より遥かに劣るがな。だから、私も……」


 泉美は毛糸の帽子を少しだけ上にずらす。黒い垂れ気味の耳が見えた。


「完全な姿にはなれないし、実力もあまり発揮出来ない。おかげで、犠牲を出してしまった」

「遥希さんのことか?」


 うむ、とハルは苦々しげに首肯した。


「弱ったところをつけ込まれた……遥希を監視してはいたのだが」


 猫が見ている、というのはそういうことだったのか。


「死神の力も借りて何とか封じてはいるが、次の犠牲が出るのも時間の問題なのだ。そこで、お前の出番だ」

「僕は何をすればいいんだ?」

「人身御供になって貰う」


 ハルは手袋をした人差し指を、僕に突きつける。


「お前を(にえ)にして、幽鬼を治める」

「贄?」

「土深く埋めて、美を求める幽鬼の糧にして貰う。それで、大分被害は食い止められるだろう」


 桜の木の下に、埋められる。夢を体現したハルの提案に、僕は戸惑う。


「香坂さんも、それを望んでるのか……?」

「ああ。お前を埋めた後に仁美が封印の儀を行う」


 香坂さんも自分の死を望んでいる。血の気が引く。冷や水を浴びせられた気分になる。


「一人を犠牲にして、多くの命が吸い取られることもなくなる。お前は、仁美に懸想(けそう)しているようだが、仁美はそれ程お前のことを思っていない」

「……」

「仁美は、魔女として生きるのだ。不吉な噂がついて回れば、箔も付く」


 ハルはくつくつと嗤う。


「お前が生き延びても、さっきの女が死ぬ。お前の妹も引込まれるかも知れん。私たちと関わったばかりに、な」


 僕が犠牲になって、他の人が救われるなら……?

 香坂さんが、そう望んでいるのなら……?


 僕の頭は、冷静な判断力を失いつつあった。

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