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伸びる手

 観覧車を降りた後、泉美が食らいついてくるのではと思っていたが、彼女はむっつり黙ったまま久保田を睨んでいた。要が「泉美ちゃん、嫉妬しちゃったんだよねー」とか言い出してハラハラしたが、ぷいと顔を背けるだけで噛み付きはしてこなかった。


「で、どういうこと?」


 帰宅するなり、要が尋ねてくる。


「どうも何も……」

「仁美さん、目赤かったよ。本人笑ってたから、言い出せなかったけどさ」


 香坂さんは僕の発言以降、泣きそうなのを必死にこらえているような顔で、何かを言おうとしたが黙ってしまった。僕は恥ずかしさと気まずさを取り繕うために、外の景色の感想なんかを述べたのだが、香坂さんは気もそぞろと言った雰囲気だった。


「何か変なこと言ったの?」

「……」


 変なことを言ったのは確かだけれど……。

 僕は、後悔はしていない。

 要は真剣な顔で僕を見ていたが、はぁ、と大きくため息をついた。


「まあ、兄ちゃんが変なことするような奴なら、あんな仕掛けしないしね。そこは大人になって聞かないどいてあげるよ」


 要は上から目線で言うと、「そういえば」と言葉をついだ。


「能登谷くんから、兄ちゃん宛てにメール来てた。『明日のガイダンスどうするよ?』だって」

「ガイダンス……」


 すっかり忘れていた。入学の初っ端から、不良生徒になるところだった。


「待ち合わせなくてもどうせ教室で会うからいいって返信しといて」

「はいはい。やっぱ携帯ないって不便だよ。この際スマホにしちゃいなって」


 要はスマホを取り出して、素早い手つきで返信をし始めた。

 ガラケーを貫く信条も特にないし、連絡がとれなくなるのも困る。出費が少しだけ痛いけれど。

 能登谷からの了解の返信を確認してから、僕は寝ることにした。





 暗闇の中、スポットライトを浴びたように僕の周りだけが明るかった。

 体の自由がきかず僕は立ち尽くし、かろうじて目線だけは動かすことが出来そうだった。


 まただ。また、夢……。


 何も見えなかったはずの目の前に、見事な桜の大樹が現れた。突然現れた、としか言いようがないほど無視できない存在感。

 ……綺麗だ。怖いほど。

 意識が虚ろになる。だから、桜は嫌なんだ。


 桜の花弁から目を逸らし根元に視線を向けたとき、それは顕現した。


 ――根元から生えた人間の腕。


 いや、違う。生えているんじゃない。埋まっているんだ。

 そして、その手がおいでおいでと動いた。




 僕は勢いよく飛び起きた。時間はまだ5時にならぬ頃だった。ベッドでは要が酷い寝相で平和そうな寝息を立てている。僕は春先だと言うのに体が汗ばんでいた。冷や汗だ。気持ちが悪いので、シャワーを浴びることにする。

 ここに来てから見る桜の夢。あれは、河原の桜とは比べ物にならない樹齢のものに見えた。少なくとも、今まで生きてきて出会ったことのない規模のものだった。

 埋められたり、埋まった人間を見たり……自分の精神がおかしいんじゃないかと思えてくる。

 越してきたばかりで、疲れているだけだ。そう結論付けるが胸騒ぎは消えなかった。


 冷蔵庫を覗いてみるが、ほとんど何も入っていない。買い物に行ってこないとな……と思いながら、烏龍茶を取り出す。そのうち要がのそのそ起き出してくる。


「おはよぉ、兄ちゃん。あ、まだこんな時間? もうちょい寝れる……」

「もう朝飯にするぞ。って言っても、まだパンと卵ぐらいしかないけど」

「うーん、あんま食欲ないや。昨日ヤスくんと屋台めぐりしたから……もたれてる、かも」


 寝起きでぼさぼさの頭を掻きながらのたまう。


「んなこと言って、いつも昼食までもたないじゃないか。パン一枚ぐらいなら食べれるだろ」

「わかったよー……じゃ、出来るまで寝てる」


 どこまでもぐうたらな妹だった。僕自身も料理スキルは皆無に等しい。トーストとスクランブルエッグをこしらえて、要と一緒に朝食を摂る。


「要、お前いつ実家帰るんだ?」

「え? どっしよっかなぁ」

「……考えてないのかよ」

「当然、学校始まるまでには帰るよ?」

「まあ当然だな、そりゃ」

「ブルーベリージャムとかないの?」

「誤魔化すなよ」

「えー」


 えへへ、と笑う要。デスティニーランドに行ったら帰る、と言っていたはずなのに。


「何か、仁美さんとかと離れるの寂しいなって」

「また、夏があるだろ」

「そうだけど……もうちょっと、いてもいいでしょ? いいよね?」


 俺がなかなか要にNOを言えないのを分かっていて、わざわざ聞いてくる。


「……学校始まる前の日までには帰れよ?」

「うん。ありがと、透兄」



 要に見送られて、ガイダンス予定の時間よりも大分早めに部屋を出た。駅とは逆方向の大学のキャンパスを目指す。ここからは少し勾配の強い坂道が多い。キャンパスが山の上にあるからだ。少し息が乱れる。

 大学にたどり着く少し前、今まで気にも止めていなかった脇道がふと目に入った。何故か、そちらへ向かいたい衝動に駆られる。時間はまだ充分にあったので、そちらの道へ歩を進めた。

 その先は小高い丘になっていて、見事な桜が咲いていた。


 既視感。


 その樹は、まるで僕の夢から飛び出してきたようだった。いや、この樹が僕の夢に浸食してきたのか? だが、確かにこの道を来たのは初めてだったはずだ。

 桜の下には、先客がいた。桜の木に向かって手を合わせている。白い春物のワンピースを身にまとった、茶髪のショートカットの女の子だった。

 思わず、桜の根元を見る。花束が供えられていた。


 女の子がこちらへ向き直る。僕の視線に気づき、訝しげな顔で軽く会釈をして去っていく。

 彼女が桜を背にしたあと。

 花束のすぐ側のあたりからいつの間にか、手が出て来ていた。


 その手に付いた爪は赤く、酷く鋭利だった。

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