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二人きりで

 僕は緊張しながら、香坂さんと連れ立って歩く。

 デスティニーランドは盛況だった。

ゲートから、園内の中心に位置する広場へ出る。綺麗に整えられた緑。一際大きな城は、デスティニーランドのランドマーク、シルエット城。


 人ごみではぐれないよう、僕たちの距離は心なしか近くなる。

香坂さんの横顔がすぐそばにあった。今日は普段よりも目鼻立ちが華やかに見える。眼鏡も、落ち着いたピンクのフレームのものになっている。ちょっと気合いを入れて来てくれたのだろうか。


「と、透さん、何か乗りたいものはありますか?」


 要に言われた通り僕のことを名前で呼び、若干ぎこちなく香坂さんが尋ねてくる。

 性格的に考えて、ほとんど要の要望どおりにいくのだろうなと思って、ノープランで来たので焦ってしまう。


「香坂さんこそ、何か乗りたいとか、食べたいものはありますか?」

「ええと……」


 香坂さんが逡巡してから、言う。


「ジェットコースターとか、絶叫マシンというのに、私一回も乗ったことがなくて……乗ってみたいんですけど、どれから乗ったらいいものかと」

「そうなんですか。実は、僕も絶叫系って乗ったことなくて。それなら、子ども向けっぽいものからいってみましょうか」


 香坂さんの言葉を受けて、マップを見て低年齢層向けらしい『トイボックス』というゾーンへと向かうことにした。

 途中、香坂さんは露店に目をとめた。

 彼女の視線は、デスティニーランドのマスコットキャラたちの耳を模した帽子、ヘアバンドの方へ向けられている。

 人並みの中にも、子どもだけでなく僕らぐらいの年頃の人たちがウサギやネコの耳をつけて平然と歩いている姿がちらほらある。

……意外とこういう所でははっちゃけるタイプなのかな?


「買ってあげましょうか?」

「え?」

「ヘアバンド……興味あるみたいなので」

「あ、いいえ! ちょっと、ハルの耳に似てるなーって思っただけで」


 露店には、黒い猫耳のヘアバンドが置いてあった。確かに、ちょっと垂れた感じが似ていなくもない。ただ、その大元のキャラクターは僕の知る限り、もっと愛くるしい顔だったと思う。


「それだけ……です。行きましょう」


 『トイボックス』はその名の通り、大きなおもちゃ箱の中に入ったような気分になれる場所だった。カラフルで大きなおもちゃのオブジェたちが溢れ、マスコットキャラのウサギが子どもたちに風船を配っている。


他の遊園地にもありそうな、小さなジェットコースターだった。緩急も少なそうだ。並ぶ人も、思ったより少ない。


 15分ほどで乗ることが出来た。僕が先に座り、香坂さんが隣へ座る。安全バーが降り、発進のベルがなる。香坂さんは、目をぎゅっとつむって安全バーをがっちり掴んでいる。


「大丈夫ですよ」


 僕は余裕を持って言った。


 結果。


「わあぁあ⁉︎」


 誰より大きな声を出している自分がいた。緩急こそ激しくないが、右へ左へ、上へ下へ、細かに揺さぶられる。短い距離に対してカーブが多いため、視界がカクカク変わり意外と怖い。


 香坂さんはさぞ怖がっているだろうと思ったら、皆がやるように両手を上げて、笑いながら悲鳴を上げている。


 一周が長く感じられた。僕はバーから手を離すことが一度も出来なかった。


「大丈夫ですか?」

「はい、全然。初めてなんで油断しちゃっただけで……」

「今度は落ち着けそうなものにします?」

「いえ! 全然いけるんで。次はもう少し長めの距離のものにしましょうか」


 今度は、トロッコで山道を走るアトラクションへと赴く。


「ひぃいいい⁈」


 速い。怖い。今度は横を見る余裕もなかった。


 乗り終えた後の香坂さんは、満足げだった。はにかむ様子はもうなくて、いきいきしている。


「よし、今度はアレにしましょう!」


 香坂さんが楽しんでくれるなら、と次は近くにあったコースターが滝へ落ちるアトラクションを指差した。香坂さんが、期待しながらも僕の顔を伺っているのがわかる。

僕は、思い切って彼女の手を取ってアトラクションに向かった。


 初めのうちは、メルヘンな世界をゆっくりと周遊していく。最後に落ちるだけだ、大したことはない、と自分に言い聞かせた。


 が、ダメだった。

 僕は恐怖で声も出なかった。

 落ちる瞬間をカメラで記念撮影してくれるサービスがあるらしく、見てみると歯を食いしばりバーに掴まる僕と、白い歯を見せて両手を綺麗に上げた香坂さんが並んで映っていた。


「……お待たせしました」


 香坂さんが飲み物を持って来てくれる。

 僕は運よく空いていたベンチに横たわっていた。客の中から時折視線を感じる。


「すみません、無理をさせてしまって……」

「そんな、とんでもないです。香坂さんが、楽しんでくれたんならもうそれだけで……」

「ありがとうございます」


もっと付き合ってあげたいくらいなのだけれど、これ以上は体が言うことをきいてくれそうになかった。不甲斐ない。


「私、こんなに楽しんでしまっていいんでしょうか」

横に腰掛けた香坂さんの声が、突然不安さを帯びた。

「当たり前ですよ。遊園地に来て楽しまない人の方が、おかしいですから」

「はしゃぎすぎてない、ですか」

「むしろもっとはっちゃけていいと思いますよ。その……香坂さんの、色んな面を見てみたいです、僕は」


顔が見えない勢いでか、そんな恥ずかしい台詞を吐いてしまった。僕は能登谷とかみたいに、口も上手くないし軽い方でもない。

一目惚れなんて初めてで、むしろ僕こそ浮かれている。


香坂さんの返事がない。やばい、引かれた?


僕は慌てて体を起こして、フォローを入れようと香坂さんに向き直った。


香坂さんは涙ぐんでいた。


「そんなこと、言われる権利ないんです……私、私は……」

「香坂、さん?」


「触るな、無礼者が‼︎」


甲高い声が耳に飛び込んできた。僕も香坂さんもびっくりして声の方向を見る。


帽子を被り、マフラーをぐるぐる巻きにした少女が声の主だった。「いや、君、迷子だろう? お母さんは?」大声をあげられ注目を浴びた男性が慌てている。


「あっ」


香坂さんが間の抜けた声をあげた。少女の視線が、僕らとかち合う。


帽子とマフラーの間から覗く意志の強そうな鋭い瞳は、金色ではなかったけれど、あの猫耳少女とそっくりだった。

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