ダブルデート?
翌朝。
僕たちはアパートの前で落ち合った。
久保田を見て、要はあからさまにがっかりした表情を浮かべた。どんな想像をめぐらしていたのかは知らないが、まあ、やっぱりな。
流石に素直過ぎる反応だったが、久保田は無表情を崩さない。彼は今日も真っ黒なシャツとパンツ姿だった。無精ひげはある程度整えられていたので、少しは気を遣ったようにも見える。
「こちら、中村さんの妹の要ちゃん。要ちゃん、彼が久保田くん」
「……よろしくお願いします」
「よろしく」
相変わらず素っ気ない。要は少しむっとした
顔になる。
駅まで歩くうち、自然と僕と要、その後ろに香坂さんと久保田という形になる。
「いや、でも、久保田さんはそういうの興味ないんじゃ……?」
昨夜、香坂さんが「久保田くんを誘ってみる」と提案した後、僕は睨みをきかせているハルにびくびくしながら言った。
「あの人、可愛いものとか好きだから、いいかと思ったんですけど……」
香坂さんはハルの変化には特に気付いてない様子だ。「誘うだけ、誘ってみますね」と、出て行ってしまった。
「ねえねえ、久保田さんってどんな人なのー?」
スマホをいじりながら、要が聞いてくる。あの人の雰囲気について説明しようとすると、私情もあいまってかどうしても悪口になりそうだ。
「ちょっと愛想はないけど、まあいい人なんじゃないかな……?」
希望的観測になってしまった。
「ふーん。あ、期間限定サクラのワッフルだって! ピンクで可愛いー‼︎」
要の興味はデスティニーランドの屋台グルメに矛先を変えたらしい。他にもローストチキンだのポップコーンだのが美味しそうだときゃっきゃと騒いでいる。
その後、久保田から了承を得たと香坂さんがににこにこしながら戻ってきた。
「楽しみにしてますね」
はにかむでもなく、困りながらでもない香坂さんの笑顔は、最高に可愛らしかった。
ハルは拗ねたように寝たふりをしていたが、香坂さんが帰るのと共に僕の部屋から出て行った。
それから、実家に連絡を入れたら母親に「遊園地行ったら帰るんでしょ? 好きにさせてあげれば?」と他人事のように言われ、バイト終わりの能登谷は「グッジョブ要ちゃん。健闘を祈る!」と一言残し、俺疲れてるからーと電話を切ってしまった。
安っぽいソファをベッドがわりにした僕は、期待と不安で寝付けなかった。
そして、現在に至る。
僕の横を歩く要が、声を潜めて言う。
「透兄、なにあの人」
「何って……つれない人ではあるけど」
「色が白くて、ひょろーっとしてて、無愛想だし、全身真っ黒でコーデも何もないし」
「第一印象だけで判断するもんじゃないぞ」
僕が言えることじゃないが。
ちらっと振り向くと、どうやら意外なことに二人の会話は成立しているようで、もやもやした気分になる。
香坂さんの恋人の友人なのだから、自然といえば自然といえるのかもしれない。
遊園地に着いてからもこんな感じだったら、久保田が心変わりをしたら……と考えるといてもたってもいられなくなる。少なくとも、香坂さんの方は嫌っているわけではみたいだし。
これじゃあダブルデートの意味がないじゃないか、と言い出しっぺの要に問いたくなる。要自身、その言葉に特に責任を感じてはいないだろうから問うてもむくれるだけだろう。
最寄り駅からは、電車で一回乗り継ぎを挟み、1時間ほどかかる。
電車の中は春休みだからか、平日の昼間でもそれなりに混んでいた。二人分席が空いていたので、香坂さんと要に席を譲り、僕と久保田がその前に立つ形になる。
女性陣はしばらくデスティニーランドの話題で盛り上がっていたが、次第に、プライベートな話題へと移っていく。
「へー、N大生なんだ。じゃあ、透兄の先輩だ」
「あ、そうなんだ。初めて聞きました。中村さん……」
「仁美さん、水くさいよー、もう透兄は透でいいんじゃない? 歳上なんだし」
「あ、じゃあ、透……さん?」
香坂さんが、小首を傾げてこちらを向く。眼鏡の奥の瞳は、小動物のようだ。
「さん、もいらないよー。で、あの、久保田くん?」
「なんだ」
「下の名前何ていうの?」
「……泰時」
「へー、平安貴族みたい。じゃ、ヤスくんでいいや。いいでしょ?」
要の口調には若干の威圧が含まれている。
「好きに呼べばいい」
「ふーん、じゃ、決まりね。ヤスくんは何してる人なの?」
「香坂と同じだ」
「え、大学生なんだ。もっと老けてるのかと」
「留年してるからな」
久保田があっさり言う。
「だって、久保田くん全然授業出て来ないから」
「八年居られるんだ。来年度に単位をとって卒論を書けば問題ない」
「うわー、ダメ人間だぁ」
「要ちゃん、もっと言ってやって」
そういえば、七年『アガサ』の常連とか言ってたな……。
「久保田さん、四月で八年生なんですか?」
「ああ」
うわぁ、ダメ人間だ……。就活してる空気もないし。
そこから何気ない会話が繋がっていき、デスティニーランドに着く頃には、僕らのぎこちなさは大分ほぐれていた。
特に、最初のうち警戒していた要は久保田がそれほど怪しい人物ではないと判断したらしい。ゲートに入るなり「ヤスくん、ハニーチュロス食べ行こう」と言って、久保田を引っ張って行く。彼も無抵抗だった。
「あ、二人とも……」
「要、ちょっと待て……はぐれるぞ」
実際、人が多くて既にその後ろ姿を見失いかけていた。要はずんずん近寄ってきて、
「わ、ざ、と。でしょ! 上手くやってよね」
と小声で言った。
「兄ちゃん、携帯ないんだぞ? 一緒に帰れなくなるじゃないか」
「仁美さんの番号ならヤスくんが知ってるでしょ。じゃ、5時にゲート集合ね」
要はひらひらと手を振って行ってしまう。
これじゃあ、ダブルデートというか、ほぼ普通のデートではないか。それに、年頃の妹を男と二人きりにさせていいものなのか……。
香坂さんを振り返る。
「二人きりに……なっちゃいましたね」
はにかみを含んだ、しかしまんざらでもなさそうな顔で彼女は言った。