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data77:同じ苦味を知っている

 ────,77



 ミチルは手当を受けながら、ぽつぽつと話した。


 自分の過去のこと。ガーデンにいたころは、オペラやヒナトのことなど知らずに生きていた。

 ソーヤの事故があって初めて彼女たちの存在を知り、ただでさえ受け入れがたい衝撃的な事実を前に混乱していたミチルを、研究所はおぞましい闇の中に隔離した。

 だからずっと、みんなを憎んで生きてきたのだ、ということを。


 けれど今日の涙の理由はそれじゃない。

 根っこは同じかもしれないが、枝は違う。


「……あたしとヒナトは似てるから……気持ち悪いくらい……」


 乗っ取ってやろうと思っていた。ミチルにとっては、奪われた人生の光と時間とを取り返してやるくらいの気持ちだった。

 そのためにヒナトが傷つくことがあったとしても、当然の報いだと笑うつもりだった。


 けれどヒナトは自分の意思で消えてしまった。

 そしてそれをみんなが悲しんだ。泣いて、嘆いて、惜しんだ挙句、取り戻そうという話になった。

 夢物語だったはずのその試みは、少しずつ現実になろうとしている。


 それがミチルには耐えられない。


 ミチルにとってはヒナトのほうがミチルの偽者で、自分の手で排除はできなかったが、なんにせよいなくなってくれてホッとしていたのに、戻ってきてもらっては困る。

 それに今、誰と会っても誰と話しても、相手の眼が雄弁に物語るのだ。

 この姿にヒナトのそれを映して、ミチルをミチルという個人としてではなくヒナトの鏡として見ている。みんなミチルにヒナトの面影を探しているのだとわかってしまう。


 オフィスでも、あれほど無能で役立たずだったヒナトのほうが、彼女の何倍も有能なミチルよりもずっと必要とされている。

 今はミチルは彼女の代役にすぎず、戻ってきたら用なしになる運命が待っている。


「本当なら……ヒナトなんて初めからいなくて、あたしが第一班の秘書だったのに……あたしはずっとあいつの影に追いやられてる、あいつがいなくなってからも、これからもずっとそう!!

 じゃあ、あたしって、何のために生まれてきたの!?」


 耳をつんざくような自らの叫びは、そのままミチル自身の胸を切り裂いた。


 偽者が本物に取って代わった。

 それを誰もおかしいと言わないのなら、ミチルひとりが狂人なのだと言うのなら、いっそ殺してほしい。


 けれど、ああ、何を嘆いたところで、どうせタニラにはわかるまい。

 タニラは唯一無二の存在で、しかも美貌で有能ときている。誰にも必要とされないミチルの苦悩など理解できるはずがない。


 ミチルが自嘲した、そのときだった。


「……あなたの気持ち、よくわかる。私もずっとそう思ってた……」


 ふいにタニラがそう呟いた。

 ここへきて見え透いた嘘を言うのか、とミチルは彼女を睨もうとして、タニラが泣きそうな眼でこちらを見つめていることに気付く。


「私も、ガーデンにいたころは、ソーヤくんの秘書になるんだって思い込んでた。実際、あの事故がなければそうなってたと思う……ソーヤくんが、私やエイワくんとの約束を忘れなければ……あの子が現れなければって……。

 だから、あなたがGHに来る少し前まで、私、ヒナトのことを苛めてたの。居場所を取られたと思ってたから」


 タニラの表情は真剣だったが、にわかには信じがたい告白だった。


 たしかにヒナトが普段つるんでいたのはサイネやアツキで、タニラとは親しくなさそうだったけれど、だからといっていがみ合っているところなど見たことがない。

 ふつうに会話していたし、いつかミチルが彼女の前でヒナトをポンコツ呼ばわりしたときも、苦笑いしただけで乗ってはこなかった――嫌いだったなら、一緒に詰ってもおかしくないのに。

 それとも悪意をすぐ態度に出すミチルのほうがおかしいのだろうか。


 それに「苛めていた」と過去形で話している。つまり今は、少なくともミチルが表に出てきてからは違うということ。

 ということは、タニラはヒナトのことを許してしまったのか?


「……なんで?」


 いろんな疑問がごちゃまぜになって、口から単純な疑問符だけが漏れた。

 何について尋ねているのかもわからないその言葉に、タニラは少し困ったように微笑んで、答える。


「ほんと、おかしかったと思う。悪いのはあの子じゃないのにね」

「いやそっちじゃなくて」

「……同じだと思うわ。苛めてた理由も、それを止めたのも、私がおかしかったからよ。自分でおかしいってことにすら気付けなかった……。

 それに誰かを責めても現実は変えられない。ヒナトにひどい言葉をかけたって、彼女と一緒に私も傷つくだけ。……それに気づいたから、苛めるのは止めたのよ」

「よく……わかんない。あたしはそうは思わない……だって……」


 ミチルは己の手を見た。

 止血してもらって消毒され、今はきれいにガーゼが巻かれているけれど、まだそこはじりじりと痛んでいる。

 こんな小さな怪我ならそのうち塞がって痕も残らないかもしれないが、心に負った傷は永遠に治らないように思えてしまう。


 そしてその絶え間ない痛みを紛らわせるために、ミチルは毒を吐くしかない。

 つねに誰かを罵っていないといけない。


「だって、……怒ってないと、しんどいんだもん」


 あたしは被害者なのだ、と主張し続けなければ、自分の中の何かを保っていられないのだ。

 周囲を糾弾することで責任を押し付けている。この苦痛を癒すという役割を果たしてくれる誰かを探している。

 加害者には被害者に対する償いの義務があるのだから、と――その責務を負うべき対象が誰かわからないから、闇雲に目につく相手をすべて叩きのめして非難した。


「……辛かったわね」


 タニラがそっと手を重ねてきて、優しく傷口を包む。

 まるで、誰かがこれ以上そこを傷つけないように、守っているみたいに。


「でも、……ずっと怒ってるのって、それもしんどいでしょう?」

「……うん」

「ソアって面倒よね。どうしてだか自分の気持ちが上手くコントロールできない。私も、ヒナトを苛めるのは止めたっていっても、まだぜんぶに納得できたわけじゃないから……たまに自分でもびっくりするようなことしちゃう」

「たとえば?」

「ソーヤくんとヒナトがふたりで何かしてるなって気付いたら、物陰から見張ったりとか」

「……怖いんだけど」

「ね。私も自分で怖いなって思うわ。でもね、これがやめられなくて……」


 くすくすとおかしそうに笑っているが、笑いごとにできる神経がよくわからない。

 正直少し引いてしまったミチルだったけれど、それでもふと、自分の内に妙な感情が滲みだしていることに気が付いた。

 なんというのか……そんな境地に至れたら、きっと楽だろうな、と思ってしまったのだ。


「まあ私のことはいいのよ。それより、……あなたたちの外見が似すぎてるのはたしかに問題ね。

 私たちは先にヒナトを知ってるから、どうしてもあなたの顔を見たら真っ先に彼女を思い出してしまうし、……でもそれって、あなたにすごく失礼だったのね。気付かなくてごめんなさい」

「わ……わかってくれるんなら、あたし、あの」


 いいよ、と言いかけた自分に気付き、ミチルははっとした。

 なぜ少し話したくらいでタニラのことを許そうとしているのかと、そんな自分に驚いた。

 何がいちばん信じられないかって、それ自体を、そう悪いことでもないと感じ始めていることが驚愕だ。


 でもたぶん、そう思えるのはタニラだけだろう。他の連中はきっと違う。


「とにかく、何か対策を考えなくっちゃ。みんな事情を聞けばわかってくれるとは思うけど、それより先に、見た目を変えてしまうのが手っ取り早くていいかも。

 もちろん顔は難しいから、まずは髪型とかどうかしら」

「あー……うん……具体的にはどうするの? 縛る?」

「そうね。あとは長さを変えたり、髪飾りをつけるとか……それは外出のときにいいのを探さないとね」


 その考えはなかったな、とミチルはぼんやり思った。

 ヒナトと自分を区別させるのに、周りの人間の意識が変わるべきだとばかり考えていて、自分の見た目を変えようという発想には至らなかった。

 それにこれが別の人間に言われたことだったらきっと反発している。ミチルに落ち度があるわけではないのに、なぜこちらが譲歩してやらなければならないのだ、と。


 だけど、今はそういう反抗心が湧かない。

 タニラが気持ちをわかってくれるという安心感があるし、彼女がとても楽しいことのように話してくれるから。


 次の外出の予定日はすぐ迫っているが、たぶん誰も出かけないだろうと思っていた。


 みんな普段から、日中だけでなくプライベートの時間ですらもヒナト復活計画に割いているような状態だから、開放日なんて喜んで丸一日ヒナトにくれてやる勢いだろう。

 その空気についていけないうえ、ミチルは初めての外出なので一人では出かけられない。

 となれば一日じゅう自室に引きこもって腐っているか、あるいはソーヤに強制的に参加させられるのが関の山だ。


 そもそもみんなが出掛けることにしたとしても、ミチルと一緒に行ってくれる人などいないだろう、とか。


 そんなネガティブな思考を忘れさせてくれる。今はただそれだけで、タニラの話に耳を傾ける価値があるように思えた。

 彼女となら外に出かけてみたい、とも思えたのだ。


 だからミチルは意を決して、尋ねてみることにした――そんな自分に驚きながらも。


「あの、が、外出……一緒に、行ってくれる?」


 タニラはちょっと目を丸くしてから、それをゆるりと細める。

 そんな仕草も目を見張るほどに美しくて、この人と歩いたら自分なんて完璧な引き立て役だろうなと思っても、それでもいいような気がしてしまう。


 そして、しかしと言うべきか、タニラが口を開く前に。


 彼女の背後で扉が開く。

 そこに見知った顔がなぜかふたつも並んでいて、驚いたような眼が三つ、自分たちを見た。



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