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data23:地面の下の話Ⅲ‐地下茎‐

 ────,23



 給湯室には先客がいた。

 ヒナトのライバルにして同志(?)であるタニラと、見慣れない小さな女の子だ。


 淡いグリーンのブラウスに深緑色のスカート姿ということは、この子が二班の受け持ったガーデンからの実習生だろうか。

 コータ少年の服装も同じ色合わせで、彼は短パンを着ている。

 彼より歳下のように思えなくもなかったが、体格や顔立ちの問題かもしれない。


 女の子はヒナトを見て、ちょっと驚いたようにタニラの背後に隠れた。

 そんなに恐ろしげな外見をしているつもりはないので、たぶんちょっと人見知りが激しい子なんだろう、そうに違いない。


 ヒナトはできるだけにこやかな笑顔を作ってふたりに声をかける。


「お疲れさまでーす」

「あ、お疲れさま……あら。あなたひとり?」

「うちの実習生はなぜかソーヤさんが受け持ってしまいまして」


 あっ、しまった、これ怒られるやつじゃないかな。と口に出してから気付いたヒナトだったが、タニラは小さく溜息をついただけだった。

 ……それはそれでなんか悲しいのはなぜなんだろうか。


 ともかくヒナトはふたりに近寄って、一応女の子に握手を求めてみる。


「初めまして。第一班秘書のヒナトだよ」

「……えと……フーシャ、です……」


 おずおずといった感じでフーシャが手を握り返してくれた。うむ、満足である。


 でもって地味に語尾、ちゃんと敬語になっている。

 二班もそういうところはきっちりしているようだが、そちらはタニラが教えたのだろうか。

 サイネやユウラが子どもの相手をしているところがあまり想像できない。


 ヒナトがあくまで愛想百パーセントの笑みを崩さないのを見て、つられたようにフーシャもこわばっていた表情を崩した。


 ぽやんとした雰囲気がなかなか愛らしい子だ。

 容姿が整っているし、あと髪や眼も薄めの色なので、こうしてタニラと並んでいるといい感じに姉妹っぽく見えるのがなんだか羨ましい。


 ヒナトの場合、知っているソアで色味が似ているのが某ニノリくらいしかいないのだ。

 嫌ってわけではないがべつに嬉しくはない。


 しかしタニラは先ほどからてきぱきとコーヒーの準備をしていて、フーシャに構うようすはなかった。

 仕事中だからまあ仕方なくはあるが、フーシャがどうも所在なさげにもじもじしているようだったので、少し気になって聞いてみる。


「フーシャちゃんにもお茶汲み教えるんですか?」

「まさか。……サイネちゃんに連れてけって言われたからよ、目線で」

「目線で……」


 二班はそういう指示の出し方もあるのか。鈍感なヒナトには対応不可ですね。


 ともかくそこで会話が終わってしまい、どうしようかとフーシャのほうを見ると、なんと彼女のほうからヒナトのジャケットの裾をくいくいと軽く引いてきた。

 外見だけでなく仕草にもちょっと幼いところがある子だ。


「あの、……お姉さん、一班の人……です、よね。コーちゃん……コータくん、どう、してますか」


 恥ずかしそうにちっちゃな声でそう尋ねて、フーシャはふいと眼を逸らした。

 顔がじんわり赤いのがまた可愛らしい。


 それにそうか、コータとは同じ歳で一緒にガーデンから出てきたのだった、と今さら思い至ったヒナトだった。

 どうしているのか気になるなんて、けっこう仲がいいのだろうか。

 しかも一瞬、愛称らしい呼びかたをしていたし。


「コータくんは元気にしてますよー。もう、うちの班長のお気に入りというか」

「……そっか……」

「そういえばソーヤくんが面倒見てるって言ってたわね。……どんな感じ?」

「え」


 急にタニラが割り込んできたのでヒナトはちょっと面食らったが、彼女の真剣そのものな表情を見てさらに言葉に詰まった。

 わかったからだ。これは暗に、ソーヤの体調なども含めてどのような具合か尋ねているのだと。


「えっと……なんか朝からずっと張り切ってて……すごく楽しそうでしたよ」

「そう。そっか。……面倒見いいのよね」

「あ、はい、そんな感じです。それでコータくんの飲み込みが早いんですっかり喜んじゃって……。

 そうだ、フーシャちゃんはあれやった? 暗号化されたやつを解読式とか見てこう……」

「もう式見なくても読めるわよね」

「うん」


 屈託なく頷く少女に精神的アッパーを喰らったヒナトは静かにのけぞった。

 うっ……誰も彼も……簡単にヒナトを超えていく……!


 こうなると逆になぜヒナトだけあれが読めないのか、のほうがよほど謎だ。

 謎というか異常だ。

 ラボの人がヒナトの胚だけ手抜きしたんじゃなかろうか。


 それならそうで早めに公表してほしい、いやそんなの悲しすぎるけど、いやでもみんなと違うんならもうそれで諦めがつくかもしれないし。

 ……つくんだろうか。


 内心涙ちょちょ切れるヒナトだったが、フーシャが不思議そうな顔でこちらを見ているのに気がつき、慌てて背筋を伸ばした。

 ガーデンからのおちびさんにくらいはちょっぴりでいいから見栄を張りたい。


 一方そんなこちらのことなど眼中に入れずに作業を進めていたタニラが、ティーポットにお湯を注ぎながら独りごちるような声音で言った。


「面倒見がいいのって昔からなのよね……そういうとこ、やっぱり好きだなあ……」


 言ってから、ヒナトとフーシャが見ていることに気付き、美人秘書はちょっと顔を赤らめた。

 ソーヤくんには秘密にしてね、なんて照れくさそうに囁く姿もまた非の打ち所がない。


 頷きながら、ヒナトは心の中でも深く首肯した。

 昔から、というのは知らないけれど──ソーヤの面倒見のよさはヒナトもさんざん世話になっているからよくわかる。

 どれだけヒナトが頼りなくても、彼は今日までずっとヒナトに向き合ってくれてきた。


 そしてだから、ヒナトも、彼のそういうところを尊敬している。

 ソーヤがそういう人だから、秘書としてずっとついていきたいと思えるのだと。




・・・・・*




「アツキからの報告なんだけど」


 定位置、つまりユウラの膝の上でくつろぎながらサイネが口を開いた。

 もちろんくつろいでいるというのはユウラの主観にすぎず、サイネ自身は絶対にそうとは認めないであろうから、ユウラもわざわざ確かめたりはしない。


 というか、ユウラとしては小柄な彼女をこの腕の中にすっぽり収めていられればそれでいいのだ。

 匂いと体温を感じながら、なめらかでしっとりとした肌の質感を味わえれば充分に至福なユウラにとっては、正直なところサイネほど花園の暗部に対する興味もない。

 けれど彼女の考察に付き合うことがこうして触れるのと引き換えになっているので、従者は諾々と従うのである。


「植木鉢の調査だな」

「そうそれ。数は二十四台で、リクウ論でいう閾値に合わせてある。それはまあいいとしてて、ひとつ妙なことを言ってた。

 全台が稼働中状態だった、ってね」

「……今休眠中のソアは四人だな……中身のない植木鉢も一律稼働してるのか? 待機中(スタンバイ)じゃなく?」

「そういうこと。意味ありげでしょ」


 システム周りの調査はおおむねユウラが担当してきた。

 花園の電気系統も把握しているし、植木鉢がどういったシステムで管理されているかも理解している。


 植木鉢はソア一人につき一台割り当てられているが、休眠期間以外は用がない。

 そして休眠室の電源は独立しているし、植木鉢は一台ごとに管理されているのだから、使っていない台は電源すら入れる必要がないはずだ。

 本来なら、稼働中であるのは中で誰かが眠っている間だけ。


 アツキの報告どおりなら、それこそ異常か、あるいは大幅な電気の無駄遣いといったところだ。

 無意味にそんなことをしているとは考えづらい。


 ……しかしそうは言っても。


「植木鉢がクローンの隠し場所になると思うか?」

「それなんだよね……なくはない、とはいえ、一人は完全に起きてるわけだから、最低でも一台は稼働停止してなきゃおかしいでしょ。それに閾値の問題は完全に無視されるわけじゃない」

「ああ。……それに前から計算が合わないとは思っていた。

 ラボに二人、GHは俺たち九人、休眠中が四人、ガーデンに九人。少なくとも登録上ソアは二十四人いるのに、このうえクローンを造るリソースはどこから割くんだ? 現に植木鉢が足りない」

「だけどクローンは確実にいる。アツキが調査中にヒナトの偽者を目撃してる」

「……そもそも何のために造られた?」

「それを言うと、そもそもソアってもの自体、誰が何のために研究してんのか謎。案外そこに答えがあるかもね」


 だから調べる。サイネはずっと、それを解き明かすためにあれこれ調べ回っている。

 自分たちがなぜ造られたのか、そのための資金をどこから集めているのか──花園研究所の存在はどうやら世間とやらには秘匿されているが、その理由もまた不明なのだ。

 わからないことが多すぎて、サイネにはそれが耐えられないらしい。


 たぶん他のソアは彼女ほどそんなことを気にしてはいない。みんなもっと別の何かに、誰かに熱中しているからだ。

 ユウラがサイネなしに生きていけないように、他の誰もが。


 だからたまに思う。もし花園のすべてを解明したら、そのときサイネはどうするだろう。

 満足したら死んでしまうのではないか。

 ユウラを置いて外に出て行ってしまうのではないか。


 もっとも後者なら、ユウラは何があろうと何を言われようとどれだけ拒絶されようと縋りついてでもサイネについていくしかないのだけれど──。


「ところで、ユウラ」


 ふいにサイネが上を向いた。見下ろしていた恰好のユウラと、目が合った。

 この世の何より尊い黄金の瞳がユウラをまっすぐ見上げていて、それだけでユウラの心は歓喜の悲鳴を上げる。


 ユウラは普段、世界に色を感じない。温度も、味も、匂いも、痛みや悲しみもない。

 彩りや刺激はすべてサイネが発している。

 それを享受することがユウラにとっての生だ。苦痛も情動も欲望もすべて、彼女を通してしか得られない。


「……聞いてる?」

「聞いてる。なんだ」

「いや大したことじゃないんだけど。……私のクローンがいたら、どうする?」

「……対処に困るな」

「何それ」


 どこか不満げな女王のくちびるをそっと食んで、ユウラはもう一度言う。


「サイネがふたりいたら俺の脳が処理しきれない。だから困る……」


 たったひとりに対して津波のような情と欲を持て余しているというのに、このうえもうひとりだなんて耐えられる気がしない。


 今だってかなり限界に近いところで何とか保っている均衡だ。

 条件を変えたりしたら、先にユウラが壊れるか、そうでなくともサイネを壊してしまうかの二択しかないだろう。

 それは困る。


 同じことは逆にも言える。ユウラがもうひとりいるとしたら、そいつを殺さないかぎりユウラに安寧はない。

 考えたくもない。


 そんな想いが、少しはこの鉄仮面のようにこわばった顔にも出ていたのだろうか。

 サイネが何か憐れむような表情をして、ごめん、と小さな声で言った。



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