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data11:地面の下の話Ⅰ‐ルーツ‐

 ────,11



 昼食は昨日の外出と同じメンバーで食堂に集まっていた。


 つい先日まではこんなこともなかったので、本来なら嬉しかったはずのヒナトだけれども、今日ばかりはそういうわけにもいかない。

 サイネとアツキに相談するべきかどうかで頭がいっぱいで、ランチの味もよくわからないありさまだ。


 あの呟きの真意も含め、謎の「ヒナトのそっくりさん」についての情報がほしい、という気持ちはもちろんあった。


 だが同時にただの夢か妄想だったことにしておきたい気持ちも強い。

 もう全部なかったことにして、今後とも何事もなくマイペースに秘書生活を送れるのなら、毎日ソーヤにいじり倒されようがワタリに失笑されようがかまわない。

 ……いややっぱりそれは嫌だな。


 とか、どうとか考えて悶々としているのがばっちり顔に出ていたようで、アツキが心配そうな面持ちでこちらを覗きこんできた。


「ヒナちゃん、顔色悪いよ? お腹痛い?」

「腹痛にしてはよく食べてるように見えるけど。またなんかやらかしたの?」

「いや……ミスはしてるけど、これはそれとは別件で……」


 だいたい相談したところで、果たして自分のそっくりさん出現なんて話を信じてもらえるだろうか。


 というヒナトの憂いは、数秒後のサイネの「寝ぼけてたんじゃないの」という辛辣極まりない一言で現実のものとなり、なんか胃の重みが一段と増したような気がした。


 でもヒナトだって誰かにそんな話をされたらまず夢を疑うところだ。

 ええと、なんていうんだっけこういうの。


「ドッペルゲンガーってやつかなあ……あれ、でもそれって出逢っちゃうと死んじゃうっていう」

「いやー!」


 アツキまで容赦なく恐ろしいコメントをくれた。

 やめてください。


「無駄に怖がらせるのやめてよ、うるさいから。

 とにかく……食べ終わったらうちのオフィスに移動しましょう。少し気になるし」

「え、サイちゃんは心当たりでもあるの?」

「さあね」


 思わせぶりなサイネの言葉にはひっかかるものがあったが、手がかりがあると思うとヒナトものんびり食べる気にはなれなかった。


 半ばかっ込むようにしてランチセットを完食し、ゆっくりしていたアツキをも急かして、トレーを片付けるなり研究棟へ向かう。

 慌てすぎてサイネとアツキを置いていかんばかりの早さだった。


 こういうときはエレベーターの速度がやたら遅く感じる。

 いっそ階段で行こうかと一瞬思ったが、先日ずっこけたことを思い出したのでやめた。



 ともかく久々に覗いた二班オフィスは相変わらず整理整頓が行き届いていて、しかも午前中出したであろうティーセットが見当たらないということは、一旦給湯室に片付けたらしい。

 こういう点についてヒナトはタニラを尊敬する。


 サイネがスタンバイ状態だったコンピュータを起こしていると、ちょうどそこへユウラが戻ってきた。


 随分早い戻りだなと不思議に思ったヒナトだが、それより他班のソアがふたりもいることにユウラのほうが驚いたようで、顔や言葉には出ないものの一瞬固まったように見えた。


 アツキはそれに構わずのんびりした調子で「ユウラくん早いねえ」なんて言っていたが。


「悪いけど今日は打ち合わせやってる暇なさそう。ほら、先週見つけた隠しファイルの件」

「……ああ、それで何でアツキとヒナトがいる?」

「アツキはともかくヒナトは関係者かも、ってとこ。まだ確証はないけど。

 とりあえずふたりとも、今から見るデータについては他言無用だから」


 隠しファイル? 他言無用のデータ?


 サイネとユウラの会話が例によってまったく意味がわからないのでヒナトの頭上はハテナマーク畑になってしまったが、ともかくサイネが何やらコンピュータを操作していると、幾つかのファイルが展開された。

 これまた何がなんだかわからない、花園ではお馴染みの英数字の羅列である。


 みんなこんなのよく読めるよね、と思わずヒナトがぼやいたところ、こんなの私でも読めないとサイネが言った。


 どういうことだろう。

 いつもこんなのを眺めてあーだこーだ言うのが仕事じゃないのか。


「これ、いつものと違うよ、ヒナちゃん」

「え?」

「数字系の暗号化だから一見似た文面に思えるが……俺もこれはほとんど読めん」

「しかもこいつ、幾つかロックされたエリアを経由してるうえ、そのままじゃファイルの存在すら表示されないから、立派に隠しファイルよね。ソアに解読式を渡していない暗号なんか使ってるし、私たちには読ませないつもりなんでしょ」

「……ど、どうやってこんなの探してきたのサイネちゃん……」

「ちょっとね、探検してたらユウラが拾ってきただけ」


 もしかしなくてもそれってハッキングにあたるのでは。

 そんなことをしたのが花園職員に知られたら、怒られるレベルでは済まないのでは。

 それ以上のレベルがどんなものか想像もつかないが。


 それを探検の一言で済ませるサイネたちの感覚がヒナトには恐ろしい。

 というかなぜそんなことを。


「まだ解読式を模索してる段階なんだけど、現状の仮定式で文章らしく直せたところがある。

 それがここ……コピーして解読プログラムに突っ込むと、こんな感じ」


 とん、と軽いタッチ音のあと、サイネのコンピュータ上には短い文章が表示された。

 ついさっきまで数字ばかりの奇妙な呪文だったものが、あら不思議、ヒナトでも読めそうな漢字まじりのひらがな文章になったのである。


 そこにはこう記されていた。


『**月*2日─‥***4**号胚、双方*お*て正常*発生を確認*た_ソ*の*史を**るこの素晴らしい*明にはヒ**ダコウ*氏によ*てOP**Aの名*冠さ**_個体*は暫**が「ひ*」らしい_まだ幼**将*はソ*の**運*翼と**存在*え*「雛」**う』


 だいぶん穴だらけではあるが、わからなくもない。


 冒頭は「双方において正常な発生を確認した」だろうか。

 双方において、とあるから、同じナンバーを振られたふたつの胚が存在して、その両方が発生──つまり生命として機能している。


 雛、という漢字は、ひな、と読める。

 前のカギカッコに示された個体名がそれなら、もしかするとこれはヒナトのことだろうか。


 なんだか変な感じがしてヒナトは自分の腕を抱いた。

 もしこれがヒナトが造られた当時の記録なら、ヒナトには同時に造られたもうひとりのヒナトがいることになる。

 ……それが、あの、そっくりな子なのか?


 でも、なぜ、そんなことを。


 そんな話を今まで研究員から聞いたことがない。

 もうひとりいるなんて、ただの一度も。

 それによほどの理由がない限り、ソアを双子で精製するようなことはないはずだ。


 この文面からすると、どうも何か他のソアとは違う何かが、ヒナトにはあるようだ。

 恐らくソア、をどうにかする「素晴らしい」何かが。


 もちろんヒナトにはさっぱり身に覚えがないし、それどころかふつうのソアより劣っているように思える。

 プラスアルファなんてとんでもない。


 余計混乱してあーとかうーとか呻き始めるヒナトを、可哀想な子を慰めるようにアツキが頭を撫でた。


「前からヒナちゃんは変わってるなあと思ってたけどねえ……でも何がなんだかよくわかんないよね、これじゃ。肝心の技術名らしいのも文字化けしてるし」

「そうね、もうちょっと精度高いのが要るわ。

 ……ともかくヒナト、あんたは気をつけたほうがいいと思う。その女、『乗っ取ってやる』とか言い捨ててったんでしょ?

 部屋に勝手に入り込むくらいだし、ドアの生体認証が区別できないんだから、もっと何かやらかしてもおかしくない。

 こっちのデータのことは私とユウラでもう少し調べてみるから、あんたは自衛に専念しなさい。とくに認証系は指紋も虹彩もやめてパスワード式に変えるべき」

「う、うん、わかった……」

「……パスワードは予測されないように、できるだけ長く不規則な数列を使うといい。それも盗難防止にメモは作らず頭で覚えるべきだな。それから定期的に変更する」

「う……うん、がんばる……」


 ユウラからのアドバイスがどう考えてもヒナトには難易度超上級クラスだったので思わず声が震えるが、内心、意外とユウラくん優しいんだなあ、とか思ったりもしたのだった。


 というかここまでの事情を一切説明してないのに物分りよすぎやしないだろうか。

 さすが二班副官。


 そのあと、作戦会議みたいな感じで今後のヒナトの身の振りかたを話し合った。


 まずはサイネたちに言われたとおり身の回りの管理関係の防御を高める。

 とくにオフィスで使っているコンピュータなど、何かあったらヒナトだけでなく班やラボ全体にまで迷惑が及びかねないし、それでヒナトが責められれば向こうの思う壺だ。

 絶対に守りきらなければ。


 それからすぐにソーヤとワタリにも相談するべきだ、と言われたが、これはまともに取り合ってもらえる気がしなかった。

 果たしてヒナトの言葉など、彼らの前でどれほどの効力を持つというのか。


 もちろん相手が狙っているのは『一班の秘書の座』であるからして、班の仲間に協力を仰ぐのは必須だというのはわかるのだが。


 というかそれってタニラと同じじゃないか、目的が。

 方法はどうか知らないが。


 もちろんタニラは言葉でちょくちょく口撃してくるだけで、今のところ実力行使には出ていないし、……あのそっくりさんほどの悪意は向けられていない。


 あの子はなんだか、ヒナトのことが憎くて憎くて仕方がない、という感じだった。

 一班の秘書に成り代わる発言も、その立場が欲しいというより、ヒナトから奪ってやりたいという感情に拠っている、そんなふうに思える。


 タニラはたぶん前者なのかなあと思うだけに、なおさら彼女の害意というか敵意を強く感じる。

 あの子はヒナトの居場所をなくそうとしているみたいで。


 でも、なぜ、ヒナトを憎むのだろう。

 ヒナトはあの子のことを今まで知らなかったし、むしろ今でも何者なのかまったくわからないし、だからたとえば彼女に何かひどいことをしたとか、そういう覚えはないのだが。


 ともかく、この件に関しては、研究所側には言わない、ということでその場が合意された。


 そもそも彼らは例の文書を秘密にしている。

 その内容がはっきりしない以上は、サイネたちとしても無策に彼らを批判することはできない。

 まず全容を明らかにして、その内容如何により争点を明らかにすべきである、というのが女王様の意見である。


 その話を聞いて、ヒナトは少し思った。

 サイネは花園のことを良く思っていないのかもしれないと。


 わざわざ隠し文書を見つけ出して解読しようとしているのも、花園の弱味でも探しているように感じられなくもない。

 そこまでの悪意がなくとも、少なくとも彼女は通常ソアに開示されている情報だけでは満足できなくて、花園の研究内容のすべてを知ろうとしているのかも。

 ……それはすべて自分たちソアのことでもあるからだ。


 その彼女に追従しているユウラはどうなのだろう。

 ただサイネと親しいからとか、彼女の部下だからというだけでは、ここまでしないような気がするが。


 そして、ここまでの話し合いに同席しているアツキはどうだろう。

 サイネたちの「冒険」について、彼女は驚きもしなければ反対も賛成もせず、ふつうのことのように聞いている。

 ヒナトのそっくりさんに関しては眉をひそめていたけれど。


「もしかして、ヒナちゃん以外にもそっくりさんがいたりして~」

「……そりゃないでしょ。生体認証の意味がまるでないわ。

 それにソアに複製がいたとして、いったい花園のどこにそれだけの人数を収容する空間があるの」

「んっとね、ラボ階には入れない場所も多いし、じつは見取り図と違う部屋になってるとか……少なくともヒナちゃんのそっくりさんはどこかにいるはずだし、んじゃあ、私はそっち調べてみようかな?」

「そーね、アッキーにはそれ頼むわ」


 若干呆れ口調でサイネに言われ、しかしまるで気にしてないふうにラジャ~! と敬礼つきでゆるく答えるアツキであった。

 なんていうかアツキは自分のそっくりさんが現れても仲良くしそう……。


 ともかくそろそろ昼休憩が終わるので、一旦解散しなければならなかった。


 ヒナトはアツキとともに二班オフィスを出たが、ついなんとなく周囲を警戒して見回してしまう。

 もちろんヒナトのそっくりさんの姿はない。

 それどころか戻ってきたタニラがいたので、何してんのこの子頭大丈夫かしら、という冷たい眼差しを送られることになった。


 しかしヒナトとしてはそれよりも恐ろしい影がないことのほうに安堵して、タニラに会釈しつつ穏やかにアツキと別れることができた。

 いやもうあの子に比べたらタニラとかぜんぜん怖くない。


 むしろ愛想を振りまくのはいいだろう。

 誰にでもにこにこ笑ってるあたしがほんもののヒナトですよ、という宣伝のつもりで、ヒナトは通りすがる研究員らにも笑顔で挨拶する。

 もし自分そっくりの無愛想な偽者が現れても、態度が違えばわかってもらえるかもしれない。


 そうしたらたまたまニノリともすれ違って、この前の恨みというかなんというかは忘れていなかったものの、ヒナトは分け隔てなく彼にも笑顔で「お疲れさまです」と言った。

 すると。


「あ、ああ。お疲れさまです……」


 まさかというか意外にというか、ニノリもまともに答えてくれた。

 しかも語尾が敬語というのは周囲のソアより歳も立場も低めなヒナトには貴重な体験で、しかもあの無愛想の極みとでも言うべきニノリに年上扱いされるとは思えなかったので、なんていうかびっくりしたのだった。


 そのまま三班オフィスへと歩いていく少年の後姿を思わず見送ってしまいながら、なんか機嫌よさそうだなあ、と思ったヒナトだった。

 何かいいことでもあったんだろうか。

 ニノリの場合なんだろう、お昼にプリンでも食べたとかか。


 ともかく自分もちょっとだけ上げられた気分になりながらオフィスに戻ったら、ヒナトは一分ほど遅刻してしまったので、結局ソーヤにお小言をくらうはめになったりしたのだった。



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