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決別

 砂漠と海、そして岩山。空の青、薄くちぎれちぎれに空を流れる雲。滑走路の端には、飛行機。帝国があらゆるものを犠牲にして大戦に勝利した後で、余剰物資として払い下げられた偵察機。アンリはこの機体で、やっと手に入れた平和な大空を思う存分飛びまわった。空中戦でも使ったアクロバット飛行の技術を次々、思いつくままに繰りだし、地上で見守る人々、友人たちや見知らぬ人達を大いに驚かせた。アンリは滑走路に降り立つと、曲芸飛行の間、両目から溢れ出してやまなかった涙を右腕で拭い、興奮する人々から逃げるようにその場を立ち去った。

 それ以来、アンリが楽しみの為に空を飛ぶことはなかった。


 砂漠の、全ての物を燃えあがらせてしまおうとでも思っているような日差しの中、アンリはその日差しのまともに当たる滑走路の傍らに立っている。隣にはカタリナ。女性飛行士の傷は、この数日間ですっかり良くなっていた。

「本当に、いいの?」

カタリナは言いながら、飛行機に歩み寄った。

「ああ、それは会社の備品じゃなくて、私物だからな」

鍍金仕上げの部品が、日光を反射して鋭い光を放っている。風は全くふかず、汗が滴をなして首を伝わっていく。カタリナは飛行機に手を触れ、発動機、機体、翼を念入りに調べてから操縦席へ滑りこんだ。

「金はいつでもいいが、余裕ができたらちゃんと払うんだぞ。二十万ダラッドだ、忘れるなよ」

アンリもゆっくりとした足取りで飛行機に近づく。操縦席のカタリナは、視線をまっすぐ滑走路の先へと向けている。アンリは彼女が自分の方に向き直る前に、人差し指で目を拭うしぐさを見逃さなかった。女から目をそらし、機首の巨大な発動機、その先のプロペラへと視線を移してゆく。その先には無限に続く青空。飛行機はその空に挑むように斜め上を見上げている。アンリは我知らず口元がほころぶのを感じた。

 カタリナは軽やかな身のこなしで、操縦席から飛び出すと、跳ぶように梯子を踏んで地面に降り立った。昨夜、飛行機を譲る話をした時から浮かべていた戸惑いの表情が消えて、胸のうちから溢れ出したような笑顔が取って代わっている。

「気に入った?」

自分の顔を下から見上げるカタリナに、笑顔を返しながら問う。彼女は一度だけ肯いて答える。額や鼻の頭に浮かぶ汗の粒まではっきり見えるような距離に耐えられなくなって、もう一度飛行機を見た。目を痛めるほどの陽光の中、忠実な機械はじっと旅立ちの時を待っている。


 エンジンに直結したクランクを必死で回すと、眩暈がして倒れそうになった。あっという間に顔も背中も腕も脚も汗だらけだ。プロペラが回りだすと、クランクを手に滑走路の脇へと退く。何度も何度も礼を言って操縦席に乗りこんだカタリナが、今はこちらを見て片手を上げている。ゴーグルの下には、今も満面の笑みがあるのだろう。大きく手を振って応えると、パイロットはひとつ頷いて顔を前に向けた。もはや彼女の頭には、空の事以外何もあるまい。飛行機はゆっくりと動き出し、やがて疾走に移る。滑走路の先へ向かって小さくなり、いつのまにか宙に浮かんでいる。カタリナはそのまま飛び去らずに、二度三度と滑走路の上を旋回した。アンリは目を細めながらも、彼女が遂に旋回をやめて飛び去っていくまで、飛行機が完全に見えなくなってしまうまで、手を振って見守り続けた。


 なんだか静かな疲れが、体の上にのしかかってきていた。重い足取りで部屋に戻る途中、もう一度空を見上げる。

「二十万ダラッドだぜ、忘れるなよ」

そう呟きながらも、金のことはどうでもいいことはわかっていた。

 誰もいない静かな部屋は、明る過ぎる屋外になれた目には暗く感じた。キッチンに行きナイフでパンとチーズを薄く切り、ミルクをカップに注ぐ。開け放たれた窓から、どこまでも広がる空を見上げる。食事を済ませたら、風の通る部屋で涼しくなるまで仮眠する事にしよう。できれば夢など見ずに、ぐっすりと。


          了

これは10年も前に書いて、自分のサイトに載せていた小説です。

結婚後に小説を書く時間が無くなってしまったのもありますが、10年経っても書きなおす気にならないどころか、今ではこのレベルの小説が書ける気がしないというのは、困ったものです。


小説書きを再開して、この小説を全部書き直したくなるくらいまでレベルアップしたいです。

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