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仲間

 兵舎に戻り一直線に食堂へ向かうと、すでに食事の仕度が出来ていた。人数分の食事が用意はされているが必ず幾つか、時には半数も空席ができる。直属のマーカスとエラ、それに同じ中隊のパイロット達は、帰還後の点呼で人数を確認している。十五人いる部下のうち三人が未帰還となっていた。

「おい、今日の一番手柄は第一中隊だな。あの爆発は誰がやった?」

マーカスが食堂に入ってきた第一中隊のパイロット達に声をかけた。

「キャラ伍長だ」

「ドラゴンレディーか、やるなぁ。祝杯をあげさせてくれよ」

返ってきた返事は、マーカスの陽気な言葉にまるで不釣合いな重たい口調だった。

「伍長は未帰還だ」

結局、祝杯は弔いの杯になった。アンリは葡萄酒を一杯だけつきあうと、騒乱の兆候を見せている食堂を抜け出した。


 騒々しい雰囲気は嫌いだ。アンリは兵舎の間の草地に寝転び、夜空を見上げていた。雲一つ無い夜空には、数限りない星がまたたいている。

「こんなところで、何してるんですか?」

聞こえたのはエラ・ゼフィル上等兵の声だった。アンリは彼女には顔を向けずに、あいまいな返事を返した。

「キャラ伍長が未帰還になるなんて、ショックですね…」

エラはアンリと並んで腰を下ろした。気持ちは良くわかる。このところ皆すっかり"クジラ狩り"にも馴れて、未帰還になるパイロットはほとんどが出撃三回未満のパイロットばかりだった。クジラを討ち取ろうなんて色気を出しさえしなければ、生きて帰れる。ベテランパイロット達は、そう思いかけていた。しかしキャラ伍長は開戦直後に志願し、出撃回数は五十回を越え、飛行時間も千時間に迫っている古参兵中の古参兵だったのだ。

「エリノアは有名人だからな。明日の新聞は派手に書くだろう。ドラゴンレディー・エリノア・キャラ伍長、名誉の戦死って」

帝国空軍初の女性戦闘機パイロット。圧倒的な性能を誇るエラント王国側の戦闘機に対して、幾度も勝利を収めた第三飛行団の至宝。今夜は全てのパイロットが自らの死を思うだろう。ここは戦場であり、死は常に隣にある。当たり前のことだ。

「エリノアは最初、俺の中隊にいたんだ」

「ええ、本人から聞きました」

「中隊の数が増えるまで一緒に戦った。戦争が始まった時、帝国空軍にとって戦闘機ってのは敵と並んで飛んで、後席の銃手が撃ち合いをするものだったんだ。ところがエラント軍の戦闘機は、操縦席の前に固定式の機銃を装備していた。奴等の弾は、機首で回転しているプロペラの間をすり抜けて飛んできたんだ。性能差は決定的だった。俺たちはただ撃ち落されるために飛んでいるようなものだった」

「でもキャラ伍長も、中隊長もその時代に敵を撃墜してるじゃないですか」

「爆撃機や偵察機は、な。戦闘機については、撃墜したなんてもんじゃない。身を守るためにやたらに撃った弾があたっただけのことだ」

アンリは上体を起こし、エラと並んで座った。自分が何を話そうとしているのか、まるでわからなかった。ただ、心の中に浮かんでくる言葉をそのまま口にしているだけだ。

「エラ、なんで空軍に志願した?」

「空を飛びたかったんです」

迷いのない答えが返ってきた。まっすぐ自分に向けられた視線を受け止める。小柄で痩せた身体。大きな目。歩兵のように短く刈り込んだ髪、航空団のどの男性パイロットよりも短く刈り込んだ髪。アンリはエラの視線から目をそらした。

「エリノアもそうだった。戦争が始まって空軍が男女不問でパイロットの募集を始めると、すぐに志願したんだ」

エラはまっすぐにアンリを見ていた。アンリは首を振って、言葉を続けた。

「それを言ったら、みんなそうか。ここにいる人間みんな、戦争がしたいんじゃない。空が飛びたいだけなんだな」

「中隊長は戦争が始まる前から飛んでいたんですよね」

「ああ、陸軍航空隊が発足して、最初に編成された航空隊に志願した。士官学校を卒業した直後だったから、もう十年も前の話だ。空軍が独立した時、俺も陸軍から移ってきた。最初空軍は飛行船の運用を中心に考えられていたから、航空隊は肩身が狭い思いをしたよ」

話が続かなくなったので、アンリは黙った。エラもアンリから視線を外し、茫漠と広がる夜空を眺めた。

 皮肉な事に飛行機の価値を空軍上層部に知らしめたのは、敵の航空隊の活躍だった。浮力を得るために船体に水素を詰めた帝国の飛行艦隊は、機動力に勝る敵戦闘機の攻撃に次々と空中で炎上し、開戦後数日で壊滅したのだ。ヘリウムを充填した飛行船、プロペラ同調式機銃を装備した戦闘機、兵士三人で扱える軽量歩兵砲、塹壕を乗り越えて突破する無限軌道式装甲車。味方の想像を絶するようなエラント軍の新兵器は、陸海空で帝国軍を圧倒していた。帝国側で空軍無用論が巻きあがらなかったのは、陸軍と海軍も同様に負け続けていたからに過ぎない。

 エラが口を開いたので、アンリの物思いは破れた。

「すまん、何と言った?」

アンリは慌てて尋ねた。

「中隊長はキャラ伍長のこと、好きだったんですか?」

「女学生のようなことを聞くね」

エラはこちらを見ていなかった。その目はまっすぐ、遠くに向けられている。アンリはエラと同じ方を向き、静かに亡くした戦友のことを思った。

「惚れていた、というのとは違うな。そうじゃない。エリノアは仲間だ。そう、その言葉が一番ぴったりくる。男だろうが女だろうが、関係ない」

「一緒に空を飛んだ仲間」

静かな口調で、アンリの言葉が繰り返された。「そうだ」

一緒に空を飛んだ仲間、同じ望みを懐いた仲間。そう言えばエリノアに対して上官として振舞ったことがあっただろうか?

「そろそろ休みます」

エラが立ちあがった。アンリは座ったままその顔を見上げてから、ゆっくりと立ちあがった。兵舎まで、アンリはエラの少し後ろについて歩いた。髪を短く刈り込んでいるせいで、空中での急旋回に耐えられるのか心配になるほど細い首が露わになっている。

「中隊長、わたしも『仲間』なんでしょうか?」

別れ際、エラはアンリに向き直って問いかけた。口元には微かな笑いが浮かんでいる。

「勿論だ」

アンリは笑顔で答えた。エラも笑い返し、おやすみと言って、立ち去ろうとする。

「だから、死ぬなよ」

我知らず言葉が漏れた。エラは足を止め、もう一度アンリを見る。アンリは思わず言ってしまった言葉の続きを捜した。

「戦争が終われば、きっと自由に飛べるようになる。命令も任務も関係なく、敵に邪魔される事もなく、だ」

「わたしは今でも充分、素敵な毎日だと思ってますよ」

アンリは言うべき言葉を見失って、口をつぐんだ。

「平和な空なんて、想像つかない」

エラはそう言って笑うと、兵舎へ入っていった。アンリはなんだか胸の中に重たい異物を飲みこんだような感覚に戸惑いながら、星明りに照らされた基地の中を歩いた。士官用の宿舎までの道がばかに遠く感じた。

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