定規の君、ぶん投げる
古今東西、RPGというジャンルに慣れているほど陥ってしまう、ある種の「罠」が存在するらしい。
それは「効率」。
無論、それは何らかのアクションが伴う行為全てに共通する概念であり、それらを追求したとしても、それは特段異常なことではない。
だが、ゲーマーと呼ばれる者たちの中でもRPGというジャンルに傾倒する者は、些か行き過ぎた振る舞いや素行に繋がるのも少なくないそうだ。
「効率の良い攻略チャート」、「効率の良いレベリング」、「効率の良い金策」。
効率を追求する者は概ね、この三つを対象にしがちになるとは小僧の言。
そして、独自の基準を「勝手に」作り出す。
「効率が良いなら善」、「効率が悪いなら悪」。
善悪や正誤といった、本来ならば各人の判断に委ねるべき領分に踏み入り、自分勝手に決めつけ、挙げ句の果てには「正当化」する。
それ故に「見落とす」。
「メイガス」とは「賢者」。
「ラビリンス」は「迷宮」。
「賢者の迷宮」と直訳可能な名称である事実。
メイガスラビリンスという名の迷宮。
迷宮への道や扉を封じこむ魔物領域。
客観的な事実として、メイガスラビリンスと魔物領域は紐付けられている。
この二つの事実が偶然ではなく必然なら。
もし、「賢者」という存在がいるとして。
その存在が、何かを試そうとするならば。
人の心を簡単に『欲』に染め切ってしまう「効率」という名の概念を司るメイガスラビリンスと、その入り口が秘匿されし魔物領域。
そこに何かしらの「仕込み」、何らかの「仕掛け」を施さない方が、理屈として無理があるとは思わないだろうか?
ゴールド級魔物領域『始精霊万緑杜』。
小僧たち同好会メンバーの「食の趣味嗜好」を満たせる場所、その可能性が高いと見做して選定された魔物領域が、まさにそれだ。
「効率」に依存し、飲み込まれた者には「絶対に解けぬ仕掛け」が施されたその場所には、解除困難な「罠」がある。
視野狭窄という名の「落とし罠」が。
❖
「リンゴ……?」
「リンゴだね」
「リンゴだな」
「リンゴですわね」
小僧が「海の幸」、茶髪坊主が「キノコと山菜」、金髪ドリルが「ジビエ」、黒髪幼女が「ケーキ」と、見事なまでに食の嗜好がバラバラの同好会メンバー。
ナルカド商国首都マンダイに拠点を構える「探索者ギルド大陸総本部」。
四人はそこに赴き、魔物領域やダンジョンの情報を漁った結果、ルーファニア・パルなら、四人全ての「趣味嗜好」を満たせるかもしれないと推察。
まず、小僧が希望する「海の幸」の大部分は魚。
そして、ルーファニア・パルには大きな湖があり、しかも「汽水湖」である。
それはつまり、淡水と海水に棲息する魚類に加えて、汽水域特有の魚類までもが棲息する可能性が高いということ。
いわば——「お魚パラダイス」。
その可能性が極めて高いのだ、ルーファニア・パル、いや、『ルーファニア湖』という場所は。
そのことを知ってからの小僧が妙にソワソワしているあたり、期待値が上がっているのは間違いない。
次に、茶髪坊主希望の「キノコと山菜」。
正直、語るまでもないだろうが、「始精霊万緑杜」という表記から、自然豊かな環境なのは誰にでもわかるはず。
さらに、『ルーファニア湖』という水源がある以上、植物たちの豊かな生育に不足などあるはずもなく。
そのことを想起していた茶髪坊主もまた、中々に上機嫌であった。
金髪ドリルの「ジビエ」もまた同じような理由で期待ができる。
豊かな水源が作り上げる食物連鎖、その生態ピラミッドが強固であるのは、現実世界でも証明されていることだからだ。
そうであるなら、「現実世界の摂理を仮想世界の摂理として再現する」ことを本懐とするフルダイブVRにおいても、ルーファニア・パルの獣たちが十全たる生育を果たしているのも道理。
イノシシ、シカ、クマを初めとした野趣に溢れた肉の味わいや食感を想像した金髪ドリルもまた高揚していた。
最後に「ケーキ」希望の黒髪幼女。
何をどう考えても魔物領域にケーキがあるわけもないが、そもそも黒髪幼女は甘い物全般が好物のようだ。
その中でも特にケーキが好きなだけで、甘味ならば特に好き嫌いはない。
もちろん果物の類も大好きである。
「おー、普通に美味いな」
「だな。食べ応えあるし、悪くねえ」
「んー! 甘酸っぱくて美味しい!」
「ええ、とても美味ですわ……大ぶりな物が大味になりやすいのは、あちらだけのことのようですわね」
小玉スイカほどの大きさの真っ赤なリンゴ——『精霊リンゴ (スプライトアップル)』を拾い、はしゃぐ四人。
切り分けては食し、その甘酸っぱさと瑞々しさで身も心も潤したのち、さらに奥にへと楽しげに向かう。
このように、同好会メンバーにしてみれば、ルーファニア・パルは中々の良狩場。わざわざ足を運ぶだけの価値があった訳だ。
だが——と、否定しなければならない。
現状の「始精霊万緑杜」の評価は極めて低いからだ。
もちろん、小僧たちを除いたメイガスメイズ民の評価である。
「デバッグ不足のクソマップ」ではない。
「出てくる敵が強すぎるから」でもない。
ただひたすらに「効率が悪い」のだ。特に「経験値効率が悪い」ことが不人気の理由。
「ルーファニア・パル」の魔物、その平均レベルは「92」。ゴールド級の中でも最上位の強さであり、相応に硬い。
硬い魔物は倒すのに時間がかかり、経験値取得までに時間がかかる。
比較の参考例を挙げると「ルーファニア・パル」で一体の魔物を倒す間に、他のゴールド級ならニ、三体は倒せてしまい、取得経験値の総合値で完全に遅れをとる。
では、「金策」ならばどうかと問われれば「ワンチャンあるんじゃね?」と皆が口を揃えて言うかもしれない。
ただし、ひとつ注意点があり、それもまた不人気の理由になっているようだ。
ルーファニア・パルの魔物は全て「ノンアクティブ型」の魔物で、こちらから刺激しなければ戦闘状態にはならない。
それは言い換えるならば「獲物を逐一、自分たちで探さなければならない」ということ。
レベルを上げたい。お金が欲しい。総じて「効率よく稼ぎたい」と思う者から嫌厭されてしまうのも仕方ない、そう言わざるを得ない環境。
それが「ルーファニア・パル」だった。
❖
春か秋か、双方の良いとこ取りをしたような気候に包まれているルーファニア・パルを、自分たちのペースで探索していた同好会メンバー。
開拓もされていない森の中のはずだが、そこまで歩きにくい訳でもないからだろう、特に疲れもなく、森の奥へ歩いていくと、四人が気づく。
ひときわ大きな木の根元に一頭、いや、サイズとしては一匹と言いたくなる、白い毛並みの「犬のような魔物」が横たわっていたのだ。
その体躯は小柄。
日本の犬種でいえば「柴犬」サイズ。
よく見ると、ところどころが血で滲んでいた。
その様子に気づいたのか、黒髪幼女が我先にと駆け寄り、治癒魔法を施していっては治していく。
その微笑ましい様子を眺めていた小僧たち三人は、周りを警戒しながら、「犬のような魔物」の回復を待っていた。
約5分後、目を覚ましたその魔物は、黒髪幼女の膝の上にいたことに驚く。
だが、黒髪幼女が敵ではない、それどころか自分のことを助けてくれたことを察したのだろう、手の甲をペロペロとゆっくり舐める。
謝意を示したのだ。
その様子に嬉しく思ったのだろう、「魂の保管庫」から精霊リンゴと果物ナイフを取り出した黒髪幼女。
器用に食べやすい大きさに切り分け、手のひらに乗せて、ゆっくりと差し出す。
「……美味しい?」
「——わんっ‼︎」
そして、[それ]が起こった。
『幼女 on 鉄板土下座 with 盾サーフィン×2』のとんでもないインパクトですら端っこに追いやるほどの[ヤバすぎる別件]。
それは、小僧たち三人も想定外の事態。
[始精霊万緑杜にて、「ユーザー:ヒナヒナ」がミストウルフ——
もうすぐ一周年のメイガスメイズにて、いまだに報告のなかった『ある現象』が、この日、過疎狩場であるルーファニア・パルで起きたのだ。
——ネームド個体『アッシュ・ルーファ』との契約に成功いたしました]
メイガスメイズ初の『契約』成功という超ド級の爆弾を、「ルーファニア・パル」から、『定規の君』がぶん投げたのである。




