暮れ泥む
日は長くなったというのに、分厚い雲が空を覆っているせいで、あたりはもう暗かった。
街はあっという間に夕を飛び越えて夜へ向かっていく。
もうすぐ夜が来る。でも、家には帰りたくなかった。
家は学校と別の、第二の公共の場になり果てている。学校で必要とされる僕の姿があるように、家での僕の振る舞いは定められている。
それは僕のために仕事をしてくれる両親を労うことだし、たまには僕を世話してくれる御礼に、母の好物を作ることだし、父の趣味を夜遅くまで手伝うことだった。
他にも色々あって、ひと言では言い尽くせない。帰るなり父のお小言を聞いてあげることも僕に望まれる一つの役割で、母のアルバイト先に休みの電話を入れることもそうで、だいたい3週間ごとにくる母のハリキリモードに付き合って、家を隅から隅まで掃除することもある。母はたいてい、開始1時間で体力が尽き、その後は出来をチェックしてダメ出しをし、僕にやり直させることが仕事になる。
「余裕ないからなあ」
曇り空の下、どんどん暗くなる街の中、そんなひとり言が口をついて出る。
余裕はきっと本当になかったのだ。
僕の両親は、自分が生きていくことにもたくさんたくさん他人からの協力が必要で、僕を生んで育てる余裕は最初から持ち合わせていなかった。そしてそんな夫婦の間にも、子は出来た。
長女である姉は早くして亡くなった。兄弟仲がよいかと言われれば、決して良くはなかったと思う。
親の余裕のなさをしっかり姉は受け継いでいた。社会のルール、マナーよりも、自分の欲望を優先してしまう。してしまう、といったのは、やりたいことを我慢することが、姉にとって極大のストレスになって心を壊してしまうからだ。姉は泣いていた。自分を常に傷つけ縛りつける、みんなのためのルールがつらくてつらくて泣いていた。
結果、自分がやりたいことしかやらなかったツケは両親が払うことになり、それを耐えられなくなるたびに、両親は僕に八つ当たりするのだ。
姉の遺した遺書には、失恋でこの世に希望が持てなくなったという旨のことがえんえん書かれていた。同じく姉の遺した少なくない借金が、ホストクラブでの遊興費になっていたことにはひと言も触れられていないあたりが姉らしいなと思う。
「やんなっちゃうね……」
自分で口にして、なんだからおかしくて笑った。
無人駅の灯りの下、そこだけが白く浮かんでいて、駅のホームは夕闇の中に沈みつつあった。
やりようは、ないわけではない。
早々に逃げてどこか遠くで暮らすのもいいし、ド正面からもろもろの問題と取っ組み合ってもいい。
ただ、それは相当な人数の力が同時に揃わないとできないものだ。スクールカウンセラーの先生も、ものは試しと話を持ちかけた自治体の無料相談でも、返ってくる返答はそうかわりなかった。【親から離れなさい】これがつまるところだった。それがなかなか出来ないから困っちゃうんだけどなあ。
思考が堂々巡りを始めたので、ちょっと良くない傾向かな、と思って買ってきていた薬を取り出す。
なんの変哲もない痛み止めだ。白いパッケージと銀色のパッケージ。2種類を合わせて飲むときは、ちょっときついけど頑張りを押し通さなくてはいけない時。疲れは痛みで、痛み止めは疲れ止めなのだと知ることができたのは、高校に入学してからの個人的に最も大きな学びだ。
身体には良くないのだろうなと思うが、これをやらなくて頑張れなくなり、両親から不興を買うほうが怖い。同じく学校での先生たち、同級生たちの不興も。
水買ってきてなかったなと気がついて、迷った末に駅の化粧室の水で錠剤を飲んだ。誰にも見られていなければ僕の振る舞いなどこの程度のものだ。僕という人間の地金は全然大したことはない。
それが学校でも、家でも、その場で求められるならば、僕はそれなりの僕を作ろうとしてしまう。求められる自分を作って、そうして、それでも満足はされなくて、作った僕に労力がかかっているということを、みんな思い至りもしない。僕とはつまりそんなものだった。
電車の汽笛が遠くから聞こえて、僕はトイレから出て帰りの電車に乗るためにのろのろと歩き出す。電車のライトがひどく、眩しく感じた。
泥む、という言葉には、古くは思い悩むという意味も含まれていた。
同じ空の下、幸福な人間がいるのと同じくらい、そうでない人間もいる。
私たちは多分、幸福でない人たちの声を押し潰し黙殺しながら生きていく。だから、たまにこういう作品が、決して望まれないけれどやはり必要なのだと思う。




