第8話 護衛という名の(2)
街道は、思ったよりも静かだった。
荷車の軋む音と、馬の鼻息。
それに、護衛たちの鎧が擦れる乾いた音だけが続く。
「拍子抜けだな」
前方を歩く冒険者が、肩越しに笑った。
「昨日の野盗で終わりか?」
「油断すんなよ」
ラグが短く返す。
「街まで行くまでが仕事だ」
久遠は、そのやり取りを少し後ろから聞いていた。
一番後ろ。
意識して選んだ位置だ。
「落ち着かないね」
セラが、肩口に浮かぶ。
「護衛なのに、守る気がない顔してる」
「……守るって、何をだ」
「荷物と人」
「俺は、自分だけで精一杯だ」
それは弱音ではなかった。
ただの事実だ。
しばらく進むと、道は二手に分かれた。
片方は正規の街道。
もう片方は、森沿いの近道。
「どっち行く?」
商人の一人が地図を広げる。
「近道は早いが、見通しが悪い」
「街道は遠回りだが、安全だ」
護衛たちの視線が、自然とラグに集まる。
そして――久遠にも。
「新人、どうだ?」
久遠は、思わず息を止めた。
胸の奥が、わずかに重い。
昨日ほどではない。
だが、確かに何かが引っかかる。
「……森沿いは、嫌です」
言葉にすると、視線が集まった。
「理由は?」
「わかりません」
久遠は正直に言った。
「ただ……進みたくない」
一瞬、空気が止まる。
護衛の一人が鼻で笑った。
「勘かよ」
「新人の直感に賭けるのか?」
久遠は俯いた。
やはり、そうなる。
「……却下でいい」
そう言いかけた、その時。
ラグが顎に手を当てた。
「いや」
全員が振り向く。
「街道を行く」
「本気か?」
「時間は食うが、問題ない」
ラグはそう言って歩き出した。
誰も、逆らわなかった。
――その判断が、正しかったことは、夕方に分かった。
街道脇で、荷車が横倒しになっている。
馬は逃げ、地面には争った痕。
「……やられてるな」
「近道組か」
護衛の一人が舌打ちした。
久遠は、何も言えなかった。
胸の奥の重さが、静かに消えていく。
「お前さ」
歩きながら、ラグが声をかけてくる。
「予知か?」
「違います」
「じゃあ、何だ?」
久遠は、少し考えてから答えた。
「……逃げ道を探してるだけです」
ラグは一瞬黙り、それから笑った。
「十分だ」
「え?」
「危険に突っ込む奴より、よっぽど護衛向きだ」
その言葉に、久遠は戸惑った。
褒められているのか。
利用されているのか。
「でもな」
ラグの声が、少し低くなる。
「それが広まると、面倒だ」
「……?」
「お前が“当たる”って噂だ」
久遠は、背筋が冷えた。
「信仰の村でどう扱われるか、分かるだろ?」
「……はい」
「だから、隠せ」
ラグは、前を向いたまま言った。
「逃げるなら、黙って逃げろ」
その言葉は、忠告だった。
夕暮れ、街の外壁が見えた。
高い石壁。
門を行き交う人々。
「着いたぞ」
商人たちが、安堵の息を吐く。
久遠は、初めて振り返った。
あの村は、もう見えない。
「ねえ」
セラが、静かに言う。
「これ、逃走?」
「……さあな」
「でも」
セラは微笑んだ。
「居場所は、少し広がった」
久遠は、門の向こうを見つめた。
逃げている。
だが、ただ追われているだけではない。
――護衛という名の逃走は、続いていく。
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