第14話 まだ割れていない
女は、いつの間にかそこにいた。
宿の裏手。
壁際に積まれた木箱の上に腰掛け、足をぶらつかせている。
「遅かったね」
久遠は足を止めた。
「……来るって、言ってましたか」
「言ってない」
女はあっさり言った。
それから、少し首を傾げる。
「あれ? 言ったっけ」
笑って誤魔化すような声音。
だが、久遠はその一瞬の“間”を見逃さなかった。
「ここ、あなたの街なんですか」
「ううん」
女は即答する。
「でも、来ると会える」
「……それは」
「そういう場所、あるでしょ?」
言い切られてしまい、久遠はそれ以上踏み込めなかった。
女は軽く跳び下り、久遠の周りを一周する。
値踏みするような視線。
「それ、まだ使ってないね」
懐を指さされる。
「……使う、というほどのものでも」
「うん。そう言うと思った」
女は満足そうに頷いた。
だが、その直後――表情が一瞬だけ、曇る。
「使わないのは、嫌だから?」
「……分かりません」
久遠は正直に答えた。
女は、なぜかほっとしたように息を吐いた。
「そっか。じゃあ、いいや」
「?」
「使わない理由が分からないなら、それはまだ“選んでない”だけ」
久遠は、その言い方に引っかかりを覚えた。
「……あなたは」
「ん?」
「何かを、選んだことがあるんですか」
女は即答しなかった。
夕暮れの光が、彼女の横顔を照らす。
長い耳。肌の色。人間ではないと分かる特徴。
だが、それ以上に――
“どこにも属していない”感じが、強かった。
「選んだつもりには、なったよ」
女は笑った。
「でもね」
一拍。
「なれなかった」
久遠は何も言えなかった。
女は、それ以上を語ろうとしなかった。
代わりに、いつもの軽い調子に戻る。
「ま、今はそれでいいんじゃない?」
「……何がですか」
「君が選ばないこと」
女は、久遠の胸元に視線を落とす。
「それ、まだ“私のまま”だから」
久遠は意味を理解できなかった。
「あなたの……まま?」
問い返した時には、女はもう背を向けていた。
「次に会うとき、少し変わってるかも」
振り返らず、手を振る。
「でも安心して」
路地の角に消える直前、女はぽつりと呟いた。
「どっちになっても、たぶん私は私だから」
久遠は、その背中を見送った。
違和感は、確かにあった。
だが、それを確かめるほどの理由はない。
久遠は懐に手を入れる。
あのカケラは、静かだった。
何も起きない。
何も選ばない。
――まだ、割れていない。
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