第11話 言わなかった
治療院の中は、妙に静かだった。
外では人の声がしているのに、ここだけ時間が遅れている。
薬草の匂いと、まだ拭い切れていない血の気配が混じっていた。
寝台の上で、冒険者の男は天井を見ていた。
視線は合わない。
久遠は、数歩離れた場所に立ったまま、動けずにいる。
「……静かだな」
男がぽつりと言う。
「街って、もっと騒がしいと思ってた」
久遠は返事を探したが、言葉は見つからなかった。
男の視線が、ゆっくりと自分の左肩へ落ちる。
そこにあるはずの腕は、もうない。
布の下は、不自然に平らだった。
男は、何度か指を動かそうとする。
存在しない腕を、無意識に。
途中で気づいて、動きを止めた。
「……はは」
笑ったのか、息を吐いたのか、分からない音。
「剣さ。軽かったんだ」
久遠の喉が、ひくりと鳴る。
「昨日までは」
それきり、男は黙った。
怒鳴られもしない。
責められもしない。
ただ、その沈黙が重い。
(……信じてなかったでしょ)
久遠は、心の中でそう呟いた。
(俺を。
剣も振れない新人を。
ただの勘だけの、役立たずを)
実際、馬鹿にされていた。
露骨ではなかったが、空気で分かった。
それが普通だとも、思っている。
男が、久遠の方を見た。
「言いたいこと、あるなら言えよ」
責める声ではなかった。
確認するみたいな、疲れた声。
久遠は、首を振った。
「……ありません」
それは嘘ではない。
言えばよかったのか。
言っても、変わらなかったのか。
どちらも、もう意味がない。
「そうか」
男は、再び天井に視線を戻す。
「俺は生き残った。
その代わり、冒険者は終わった」
それだけ言って、目を閉じた。
久遠は、それ以上そこにいられず、治療院を出た。
外の空気が、冷たい。
「……正しかったのかな」
久遠が呟く。
セラは、肩をすくめるだけだった。
「さあ。
でも君は、間違ったこともしてない」
「助けられなかった」
「それは、出来なかっただけ」
慰めでも、断罪でもない声。
少し離れた場所で、ラグが一人、壁に寄りかかっていた。
久遠は、そちらへ歩く。
「……すみません」
ラグは顔を上げ、久遠を見る。
「何がだ」
「俺が、ちゃんと言えば……」
ラグは、短く息を吐いた。
「判断したのは俺だ」
それだけ言って、視線を逸らす。
「勘を使うと決めたのも、
使わなかったのもな」
久遠は、それ以上何も言えなかった。
失われたのは、腕だけじゃない。
信頼も、驕りも、迷いも。
それでも――。
足は、止まらなかった。
逃走は、続いている。
選び続ける限り、終わらない。
数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。
気が向きましたらブックマークやイイネをお願いします。
また気に入ってくださいましたら評価★★★★★を宜しくお願い致します。
執筆のモチベーションが大いに高まります!




