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逃げ切った先には何があるか  作者: エピファネス


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第10話 選ばなかった違和感


 街道は、思ったよりも静かだった。


 木々の間を抜ける風の音と、荷車の軋む音だけが続く。

 昨日までの緊張が嘘のように、商隊は順調に進んでいた。


「……静かすぎない?」


 セラが、久遠の肩口に寄る。


「そうか?」


「こういう時ほど、何かある」


 久遠は答えなかった。

 ただ、胸の奥にわずかなざわつきを感じていた。


 ――嫌な感じ、というほどじゃない。

 だが、気にもならない、というほど軽くもない。


 言葉にするには、弱すぎる違和感。


「どうした、新人」


 前を歩く冒険者が振り返る。

 この商隊で一番口の悪い男だ。久遠の能力を「逃げ腰の勘」と揶揄していた。


「また何か“感じた”のか?」


 半分、からかうような声。


 久遠は、一瞬だけ口を開きかけて――閉じた。


「……いや」


 嘘ではない。

 だが、本当でもなかった。


 違和感は、あった。

 だが、それが何かは分からない。

 それを理由に隊を止めるほどの確信も、なかった。


「そうかよ」


 男は興味を失ったように前を向いた。


「ほら見ろ。何もねえ」


 隊列は、そのまま進む。


 セラが、何も言わずに久遠を見ていた。


 その視線が、少しだけ重い。


 ――言うべきだったのか。


 そう考えた瞬間だった。


 乾いた音が、空気を裂いた。


「伏せろっ!」


 怒号と同時に、矢が飛ぶ。

 木立の奥から、複数の影が躍り出た。


「野盗だ!」


 混乱。

 悲鳴。

 剣と剣がぶつかる音。


 久遠は反射的に後退した。

 護衛の仕事は、戦うことじゃない。

 生き残ることだ。


 ――そう、思っていた。


「ぐっ……!」


声が聞こえた。


久遠が目を向けると、さっきの男が地面に倒れていた。

野盗の一人が振り下ろした大槌を、咄嗟に腕で受けたのだろう。


次の瞬間、鈍い衝撃音が遅れて届いた。


男は呻きながら転がり、剣を取り落とす。


血に濡れた右腕は、肘の辺りから不自然な角度で折れ曲がり、もはや力が入っていない。


「……っ、くそ……」


防ごうとした。

逃げずに、仲間を守ろうとした。


その結果が、これだった。


 嫌な予感が、遅れて形を持つ。


 ――あの違和感。

 ――あの時、言っていれば。


「っ、下がれ!」


 ラグの指示で、野盗は撃退された。

 短い戦闘だった。


 だが、代償は小さくなかった。


「……腕、だめだな」


 倒れていた男が、呻く。

 血に濡れた右腕は、不自然な角度で折れていた。


「治療師を呼べ!」


「無理だ。次の村までは半日ある」


 誰もが口を閉ざす。


 久遠は、立ち尽くしていた。


 自分の胸の奥が、冷えていくのが分かる。


「……お前」


 男が、久遠を見た。


「さっき、何も感じなかったって言ったな」


 責める声ではない。

 だが、問いでもなかった。


「……少しは、あった」


 久遠は、絞り出すように言った。


「でも、確信がなくて……」


「そうか」


 男は、それ以上何も言わなかった。


 怒鳴りもしない。

 罵りもしない。

 許しもしない。


 ただ、視線を逸らした。


 それが、何より重かった。


 商隊は再び動き出した。

 男は、荷車に乗せられていく。


 久遠は、その背中を見送ることしかできなかった。


「……責められた方が、楽だったね」


 セラが、ぽつりと言う。


「……ああ」


「でも、あれが現実」


 慰めでも、断罪でもない声。


「能力があっても、選ばなければ意味がない」


 久遠は拳を握った。


「俺は……逃げた」


「うん」


「言わなかった」


「うん」


「その結果が、あれだ」


 セラは、少しだけ間を置いて答えた。


「でもね、久遠」


「……」


「それでも、生き残った」


 久遠は、何も言えなかった。


 逃走は続く。

 だが、それはもう、ただ逃げるだけじゃない。


 選ばなかったこと。

 言わなかったこと。

 その重さを、知ってしまった。


 ――それでも前へ進む。


 それが、この護衛の、本当の意味だった。

数ある作品の中から今話も閲覧してくださり、ありがとうございました。


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