六品目・ハンバーグ
連絡が取れないチィを心配して家に行くとチィはインフルで伏せっていた。チィの母親の代わりに看病するタクミ。
看病の最中、タクミはチィの自分に対する想いを聞く。
結局あのあと、チィは薬がよく効いていたのか、体も疲労していたのもあってか、朝まで眠っていた。僕はもちろん、そこで寝るわけにも行かないので、リビングのソファで寝かせてもらうことにした。
チィのお母さんは朝の7時に帰ってくると聞いてたので、少し思いついて、ごはんを炊いておいたのと、もう板に付いてきた味噌汁を作ってみた。おかずは好みもあるだろうし、チィもまだ食べれないかもだけど、ご飯と味噌汁があれば少しはしのげるかなと思って。僕も茶碗蒸しだけだと足りなかったから、そのご飯と味噌汁をいただいて、それから寝た。
◇◇◆◆◆◆◆
チィのお母さんが帰ってきた。茶碗蒸しを食べれたこと、薬を飲んでよく眠っていること、ご飯と味噌汁だけ作ってることだけメールで伝えておいた。
「ただいま〜!ごめんねタクちゃん。ほんまにありがとうね。ご飯とかもしてくれたんやね、めちゃ助かったわ」
「いえいえ、全然大丈夫です。ほな僕、学校あるんで家に帰りますね。インフルやったら木曜まで休みですかね」
「うん、うん。ありがとうね。そうやね、木曜まで休みかな。またチィからも連絡させるわね」
帰る前に、たくさん買ってたらしいゼリーの1つを持たせてくれた。学校は…あまり気が乗らないが行くことにしよう。あと、お弁当作りは今日はもう無理。パンか学食にする。
チィ、熱下がったかな…?
◇◇◆◆◆◆◆
学校が終わった。とくにいつもと変わらない学校だったけど、昼休みにチィがいつも来ていたのが来ていないと少し違和感があった。昼休みの時にチィにはメールをしておいた。帰りにみると返事が来ていた。
『昨日はありがと、タクちゃん。もう熱も下がったし、ノドも昨日よりは痛くなくなったよ』
そうか、それならよかった。家に帰って、まず確認をする。
「母ちゃん、今日はハンバーグ作れるんやろな?」
『はいはい、今日は大丈夫やで。てかチィちゃんもすぐ熱下がってよかったやんね。今日はチィちゃんの顔見に行かんでよかったんかいな〜?』
母親がニヤニヤしている。
「もうええって。そんな毎日、顔見んでもいなくならんて。てか食材まぁまぁ残ってるけど、これ使い切れんの?」
『使い切るというか、まぁ作ったら大丈夫や。それに傷む手前になったら、冷凍保存ていう手もあるんやで。なるべくは生のままがええんやけど、傷むよりかは冷凍やわ』
そういうもんなのか。母親も僕の知らないところできちんとやり繰りをしてくれていたんだな。
「さっそくハンバーグ作りたいんやけど、何からしたらいいん?」
透明な母親は人差し指を立てて、チッチッと左右に振る。
『焦ったらあかんで、タクちゃん。物事には順序ってもんがあるんや。料理も恋愛も順序が大事。焦ってしもてチィちゃんとの恋愛が失敗してしもたら嫌やろ?』
なんの話だ。まぁとりあえずお米を炊くほうから先にすすめる。ご飯炊いてる間に、色々できるからだ。お米を炊飯器の内釜にいれて、お水を入れ、炊飯器にセットしてから炊飯のボタンを押す。
「今日はハンバーグと、マカロニサラダと、あと味噌汁にするんかな?」
『味噌汁でもええんやけど、ハンバーグとマカロニサラダと洋食やから、汁物もそれに合わせてコンソメスープとかにしようと思うで。そのためにキャベツとベーコンも買ってるからな。まぁとりあえず鍋に水いれて火にかけよか、小さい片手鍋も出して水いれて火つけてな』
いつも味噌汁を作ってる中くらいの片手鍋と、それより少し小さい同じく片手鍋に水をいれて、火にかける。
「1個はスープとして、もうひとつはなんの鍋なん?」
『もうひとつはマカロニを茹でる用やで〜。はい、お湯が沸騰するまで食材切ったりするで〜』
キャベツを何枚か剥がして千切りにする。スープにするから切り方は適当でいいみたい。ベーコンは1パック全部を1センチくらいの短冊切りにしておく、これがスープ用。きゅうりは斜めに薄くスライスしたあとに、それを縦に細く切って千切りに、続けてハムを1パックあけて、丸いハムを半分に切り、それを重ねてきゅうりと同じような千切りにする。ハムはボウルの中へ、きゅうりはザルにいれ塩をふって混ぜた。
『ちっこい方の鍋が沸いてきたから、塩パラパラっとして、マカロニ全部いれてな〜』
マカロニを鍋にいれて、キッチンタイマーを5分にしてスタートする。
『あ、ちくわとゆで卵もマカロニサラダに入れよっか。ちくわはそれ自体に味があるから、色んな料理に合うんやで。おでんだけじゃくて、スープとかサラダとか炒めもんとか。マカロニ茹で終わったら、その場所でゆで卵作るで』
どんどん切るものが増えるけど、順番に言ってくれるから、まだわかりやすい。たぶんこれを一気に言われると混乱するし、ぐちゃぐちゃになってしまいそうだ。ちくわを2本輪切りにして、ボウルに入れた。
ちょうどその時、タイマーがなったので火を止めて、シンクにザルを置いて、マカロニをお湯ごとザルにあげる。ゆで卵はこれで作るのかな…?
『うんうん、ほんまは小さいフライパンでもゆで卵できるんやけど、今日はその鍋があるから、それをそのまま使おか。水はそんなにいっぱいいれなくていいで。卵の高さくらいで。火にかけて、あとはほったらかしでいいわ。スープの方に、野菜いれていくでー』
沸いた鍋にキャベツの千切りとベーコンを入れる。そして、コンソメをひとかけいれて、火を中くらいにする。
『いよいよ、ハンバーグ作りやで〜。ゆで卵とスープしてるから、フライパンをそこに置いて、そこでこねこねするで』
「え、フライパンで直接混ぜるってこと?」
『そうそう、どうせそこで焼くし、洗い物も減るやろ。まずは玉ねぎをみじん切りな。玉ねぎを半分こにして、切る前に縦に包丁でしゃっしゃっと切り込みを入れる。それからザクザクと切ったら、もう粗みじん切りの完成やで。楽やろ?』
相変わらず擬音語の説明が多い。まぁ身ぶり手ぶりがあるからわかるんだけどね。玉ねぎを1個まるごとみじん切りにしてフライパンに入れる、そして、買っていたミンチも全部いれ、パン粉と水を少しだけいれる。全体に塩コショウをして、こねる。
『よーく素早くこねるんやで。モタモタしてたらお肉が傷んじゃうからね。食パンの残りとかあったらそれをちぎって生パン粉みたいにして使ってもいいんやで、今日は普通のパン粉やけど』
「まぁよくわからんけども、とりあえずこねれたで。量少ないからまだマシやったわ」
『で、こねれた固まりを…んー半分にしよかな。2つにわけて、その半分を今の晩ご飯用。残りの半分はそれを2つにわけて、お弁当用に冷凍しとこか』
言われたとおりに大きいハンバーグ1つと、小さいハンバーグ2つにわけて丸めた。小さい方はラップして、冷凍庫に入れた。
『ゆで卵の方はもう火ぃ止めていいで〜。お湯流して少し水いれて冷やしとき。あとはマカロニも少し冷めたと思うからボウルにうつしてな』
「今日はなんか行程がやたらと多いやんな。もう疲れてきたわ」
同時に三品作るのはさすがにしんどい。だって初心者だし。
『あと少しやから頑張りや!男の子やろ。あ、ハンバーグは焼きたてのが美味しいやろから、先にマカロニサラダのほう作ろ。スープの火はもう止めとってもいいよ』
熱がとれたゆで卵のカラをむく。卵の上と下をゴンゴンとヒビをいれて、両手で軽く握ると、全体にヒビが入る。するとむきやすくなるんだそうだ。おぉっ、ほんとにポロッとむけた。
『上手いことむけてるやんか。まぁ結局潰すからあれなんやけど、むき方わかってるほうがいいやろ』
むいたゆで卵と、塩もみしていたきゅうりも軽く絞ってボウルに入れ、塩コショウ、マヨネーズ、ほんだしを少し入れて、スプーンで卵をつぶしながら混ぜる。めちゃくちゃ美味しそうだ。
『シーチキンあったらこれに入れてもいいんやけど、今ちょっと高いやろ。まぁなくても美味しいわ。混ぜれたら冷蔵庫でちょっと冷やしとき、そのほうが味なじんで美味しくなるで』
炊飯器の音が鳴った。ちょうどいいタイミングだ。ハンバーグを焼く前に炊飯器のフタをあけて、ご飯をかき混ぜておく。
『ハンバーグは10分くらいで焼けると思うわ。大きさによって違うけどね』
ハンバーグが乗ったフライパンにそのまま油を少し垂らし、コンロに置いて火にかける。
『両面を焦げ目ついたらあとは、フタをして蒸し焼きがほとんどやから、火は中くらいでいいよ。強すぎたらコゲてしまうからね』
ハンバーグが焼けるいい音と匂いがする。
「めちゃくちゃお腹減ってきたんやけど〜」
『あともうちょいやからファイトやで〜。自分でこんだけ作るんも大変やけどな、頑張ってな』
母親がそう励ましてくれるから、仕方ないなぁと頑張る。こうやってこれからも教えながら励ましてくれるんだろうか。フライ返しでハンバーグを返して、フライパンにフタをする。タイマーを7分にしておいた。蒸し焼きにしている間に、コンソメスープにコショウを少し足して、器に入れる。ご飯と、マカロニサラダもそれぞれ用意をした。ちょうどタイマーが鳴ったので、フライパンのフタを取る。美味しそうな匂いと湯気がふわっと出てきた。
『あ、ハンバーグお皿に取ったらな、せっかく美味しい肉汁が出てるから、それでハンバーグソース作ろ。ケチャップとウスターソース適当に入れて、火にかけるだけやから』
まぁまぁお腹は空いてたんだけど、最後ということでソース作りだけする。調味料を入れて、火にかけながらぐるぐる混ぜると、不思議とハンバーグソースみたいになってきた。出来上がったソースをハンバーグの上にかける。
「めちゃくちゃ美味しそうやん。これは僕だけの力やったら絶対作れんかったわ~」
『あはは。でもタクちゃんよう頑張ったで。あったかいうちに食べや』
「うんうん。じゃあ、いただきまーす!う〜、うまっ!」
自分で頑張って作れたという達成感もあったと思う。あとお腹がめちゃくちゃ空いてたのももちろんある。でも一番は、母親と一緒に作れた料理なんだ、という気持ちがより美味しくさせたのかもしれない。
『タクちゃん、少しだけ出かけてくるから、ゆっくり食べときや。また帰ってくるけどな』
「最近お出かけ多いな。うん、わかった、いってらっしゃーい」
思わず、ご飯を2回もおかわりしてしまった。やはりハンバーグは神だ。マカロニサラダもまたいい、マカロニとハムときゅうりに合わせて、卵がいい具合につなぎと味のアクセントになっている。コンソメスープはあっさり味で、ハンバーグの濃い味と、マカロニサラダのマヨ味を、やんわりと和らげてくれた。
六品目・ハンバーグ
マカロニサラダ
コンソメスープ
ごちそうさまでした。




