三品目・和風パスタ
急に現れた幽霊の母親に、タクミは料理を教えてもらうことになった。
昨日はだし巻き卵を作った。
今日のレシピは何かな?
外で雀の鳴き声が聞こえる。
昨日は結局お風呂に入らないまま寝てしまった。でも今日の晩ご飯はハンバーグだから、朝からご機嫌なのだ。あ、自分で作るんだけどね。
シャワーを浴びて、歯磨きして、朝ごはんの準備をする。昨日の味噌汁の残りをあたためながら、レンジで冷凍ごはんをチンする。目玉焼きを作ろうかなと思ったんだけど、なんだか朝から母親が出てこなかったので、作り方がわからないのでやめた。そのかわりお弁当用でおいていた昨日のだし巻き卵を一緒に食べた。
朝ごはんを食べたあと、散歩に出る。何をするとかはないんだけど、学校がない日で、家でずっと引きこもってるより、外に出たほうがいいかなと思って、たまにしている。
散歩はその日にもよるし、天気にもよるけど、だいたい30分〜1時間くらいかな。普段歩き慣れている道でも、ゆっくり歩きながら眺めていると、小さな綺麗な花を見つけたり、あとは自分の中で、考えていることを整理できたりする。
『おはよー、タクちゃん』
急に母親の声がした。
「お、どうしたん今日は寝坊したん?朝に目玉焼きの作り方聞こうと思ったけど、母ちゃんおらんかったから、昨日のだし巻き卵を食べたわ」
『あ…うんうん、そやねん。ごめんなぁ、教えてやれんくて。あっ、その代わりにお昼は母ちゃんの得意の和風パスタ教えてあげるからな』
「おっ、ええやん和風パスタ!ちょっと今日はイタリアンな気分やってん」
『どんな気分やねんな。あー、それでな、今日の晩ご飯、ハンバーグとマカロニサラダって言うてたんやけど、ちょっと晩は母ちゃん用事あるから、明日の日曜日の晩でええかな?』
幽霊にも用事があるんだな。幽霊事情はわからんけども、そう言われたらそうなんだろう。
「そうなんや〜。ハンバーグ楽しみにしとったけども、まぁ明日に教えてくれるなら、全然ええよ。」
母親と話しながら歩いていると、前からちょうどチィが歩いてきていた。手を振っている。
「おー、どうしたん。珍しいやん、こんな時間に散歩?」
「おはよー、タクちゃん。うん、うん。タクちゃんが週末は散歩してること多いって言うてたやろ。やからもしかしたら外歩いてたら、タクちゃん歩いてるんとちゃうかなーて、少しだけ出てきてみてん。ほんまにおると思わんかったわ」
なんだかチィが嬉しそうにしている。そんな人が散歩してるのを見つけて嬉しいもんなんだろうか。
「よかったやん、見つかって。あ、今日の晩ってチィなんか用事あんの?」
母親が用事で料理教室はお休みだから、暇なのである。
「え、今日の晩っていうか、特に何もないけどどうしたん?」
「そうなんや。じゃあどっかご飯食べにいこーや。それか僕の家で食べる?」
「え、え、家で2人きり!タクちゃんそれはちょっと急すぎるわ!わ、私は、まぁ心構えはできてるっていうか…いや、ちゃうちゃう!そんなんちゃうねん!」
なんかよくわからんことを言うチィである。
「え、まぁ家なんもないから外のほうがええか。学校の向こうのファミレスでも行く?」
なんかチィの顔が赤くなったり、上を向いたり、なんか忙しい。相変わらず見ていて面白い。
「あっ…うんうん。ファミレスな。ファミレスでええよ。あ、じゃあママが今日夜勤やから夕方16時くらいに家を出るから、そのあとに集合でもええ?」
「うんうん、僕はずっと暇やからいつでもええよ」
また近づいたら連絡することを伝えて、チィと別れた。
『タクちゃん、チィちゃんのことって、どう思ってるん〜?』
チィと話してる時はいなくなっていた母親が、また急にあらわれた。
「ん?どうって…幼馴染み?」
『あんたも相当鈍感っていうか…ガキっていうか。まぁなんにしても、チィちゃんを泣かすようなことしたらあかんよ』
「え、僕今まで女の子をいじめたりしたことないから大丈夫やで。あ、てかお昼に買い物しとくものある?」
『まぁええわ…買い物なー、昨日買ったやつでだいたい足りるんやけど…あ、明日の晩ご飯用に、少しだけ買い足しとこかな』
いつものスーパーで、ハムとベーコンと、ちくわを買った。昨日に散々言われていたのもあって、折りたたみのエコバッグを持ってきている。
『タクちゃんやるやんか、そういうひとつひとつの意識が大事なんやで。母ちゃん嬉しいわ』
なんかわからんけど、母親が喜んでるなら、それでいいか。
「そういえば、母ちゃんって、僕がご飯ちゃんと作れるようになるまでずっとおってくれるん?」
母親は少し目を見開いて、それからそっと閉じた。しばらくしてから僕のほうを見て言う。
『あぁ…まぁそうやな〜。そりゃタクちゃんの上達具合によるかもやなぁ』
なんとも曖昧な言い方である。
「ほな、僕がずっと下手くそなままやったら、ずっとおってくれるん?」
『アホなこと言いな。そんなタクちゃんがおっさんなっても母ちゃんがついとったら、気持ち悪いやろ。何事もほどほどがええんや』
うまくはぐらかされたような気がする。今更だけど、母親とずっと二人暮らしだからといって、とくに母親にベタベタで育ったわけではない。でも、なんとなく、母親はいつまでも僕を子供扱いしてるような気はする。
「朝にお肉食べてへんから、お腹空いてきたわ。はよパスタ作って食べたいわ」
家に帰って、さっそくお昼ごはんづくりの準備をする。少し大きめのフライパンに水を入れて、火にかける。スパゲティを茹でるようの水だ。
『水が沸騰するまでの間にな、材料切ったり、あ、あときゅうりの漬けもん作ろか、少し野菜あるとお弁当にも使えるしな』
ニラを数本切って、そのあときゅうりを向きをまっすぐでなく、色んな方向にバラバラに1本分切った。
「このきゅうりバラバラに切るのはなんなん?」
『これはな、乱切りって言うて、なるべく面が多くなるように切ってるんや。そのほうが味も染みるし、今回は漬けもんやからそこまで大事やないけど、煮物の時とかは味も見た目も変わるんやで。料理は味もそやけど、見た目、彩りも大事やからな』
なるほど。たしかに母親の料理はいままでもそうだった気がする。当たり前に食べてたけど、いつも美味しかった。食べる前から美味しそうだった。
えのきを半分くらいに割いて、下の部分を切り、全体を半分くらいに切る。
玉ねぎは上と下を落として、半分に切ってから、皮を剥き、使わない半分はラップをして冷蔵庫に。
『玉ねぎを薄切りする時は、のこぎりみたいにギコギコさせて切ったらええよ。他の野菜みたいに上からトントン切ると、繊維つぶしてしもて、目ぇ痛い汁がいっぱい出ちゃうからな』
そうなんだ、まぁ前後に包丁をスライドして切るほうが、スッと切れるし、切り口も良い気がする。
切ったきゅうりはザルにいれて、塩をパラパラとふり、そのまま置いておく。
豚肉は細切れで元々小さいやつを買ってるので、それをパックの半分取り出して、塩コショウと、片栗粉を全体にまぶす。こうするとお肉の旨味が炒めた時に出てしまわないらしい。色んなことにひとつひとつ意味があるんだな。
『はい、お湯沸いてきたから、パスタ茹でるで〜。塩はほんまに少しでええわ、味はあとでつけるからね。パスタ一束が100gやから1人前分やからそんなもんかな、それをぐるぐるして、塩かき混ぜてからぶわっとフライパンにいれてな』
キッチンタイマーで5分を設定した。
「相変わらず擬音語多いな〜。まぁそのほうがわかりやすいっちゃあわかりやすいんやけど」
『わざとわかりやすいようにしとんやんか。難しい言葉使ってもタクちゃんわからんやろ』
ほんとかよ…。
キッチンタイマーが鳴る。パスタを皿にあげ、茹で汁を少し残して、あとは捨てる。そして、また火にかける。
『はい、これからが時間との勝負やでー、時間かけすぎたら、パスタがまずくなってまうからね。どんどん具材ほりこんで炒めるで〜』
ニラ、えのき、玉ねぎ、豚肉をいれて炒める。茹で汁を少し残すことで、野菜が焦げずしんなりするみたいだ。ほんだし、塩コショウ、酒、しょうゆをいれて、さらに炒める。最後にごま油をフライパンの外側からたらーっとかけて、少し火を強くして、仕上げ炒めをする。ごま油のいい香りがした。
『んじゃ、盛り付けるで〜。皿に入れてたパスタをちょいほぐして、まんべんなくまーるくしてから、上に具材をどんと乗せるで』
「パスタと具材は混ぜないんや?」
『一緒に炒めてもいいんやけど、そしたらパスタが余分に火いれすぎてせっかくの食感がなくなってしまうんやわ。あと彩りやな。パスタの上にこんもりと具材があるほうが見た目美味しそうやろ。最後に真ん中にネギぱらぱらっとしたら完成や』
たしかに美味しそう。
『あ、ほんで、塩漬けしてたきゅうりな。軽くしぼって、ごま油と炒りゴマと、鶏がらスープの粉すこーしかけて、混ぜてな。これはそれで完成や。浅漬けきゅうりのナムル風やで』
言われるがままに作っていく。思ったのは、ほんとに簡単な作り方のが多いから、僕でもやろうと思えば料理ってできるんだ、って思わせてくれる。横に母親がいてくれるから、尚更なのかもだけどね。
「いただきまーす!」
めちゃくちゃ美味しい。自分で言うのもなんなんだけど、お店でも出せるくらいじゃないかな。
「めちゃくちゃ美味しいやん。きゅうりもあっさりしてていい感じやわ」
『そりゃそうやろ、母ちゃんレシピなんやから。あ、今の具材に溶き卵いれて一緒に炒めても美味しいで、最後らへんにな。忘れてたわ』
忘れないでくれよ〜。でも卵なくても全然美味しい。
「調味料って入れたけど、そこまで入れてない気がするんやけど、結構味あるのはなんで?」
『んー、まぁ食材の量とかにもよるんやけど、よう言うやろ素材の味がなんたらかんたら、って。調味料とか味付けって大事なんやけども、やりすぎは結局体にも、実際の味にもよくないんよ。全く味なかったらそりゃ美味しくないんやけど、ちょうどええくらいがええっていうことやで』
そんなもんなのか。
「まぁ美味しかったらなんでもええんやけどね。ごちそうさま〜」
パスタもきゅうりも美味しかった。そして、いつものようにお腹いっぱいになると眠くなる。
あ、夕方くらいにチィと待ち合わせをするんだった。その時間くらいにアラームを設定してお昼寝をすることにした。
『食べてすぐ寝たら牛になるで〜!もぉ〜!』
母親がしょうもないダジャレを言ってるけど、もう眠いから無視をする。
「母ちゃん今日もありがとうな。夕方にチィと出かける用事あるから、それまで少し寝るわな。おやすみ〜」
『しゃあないな〜。おやすみ、タクちゃん』
今日の母ちゃんは、ほんのり笑顔だった。
三品目、和風パスタ。
ごちそうさま。
タクミんちの冷蔵庫の中身
◯たまご 8個
◯白だし
◯ニラ 三分の一
◯玉ねぎ 2.5個
◯きゅうり 一本
◯豚肉 150g
◯ミンチ(合い挽き) 300g
◯もやし 二分の一
◯キャベツ
◯マカロニ
◯スパゲティ 400g
◯マヨネーズ
◯えのき茸 半分
◯ウインナー 12本
◯ハム薄切り 4パック
◯ベーコン 4パック
◯ちくわ 4本




