表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才-Psy-  作者: 蒼乃謙十郎
第一部「畜生道」
9/53

第八章「取引・1」

バー「月のパレオ」裏の空間に設けられた密室――かつて裏社会の拷問部屋として使われていたその場所には、今や厳重な鍵が施され、誰一人として外に出ることは叶わない。

照明は弱く、空気もどこか埃っぽい。だが場の緊張感は、何よりも濃密だった。


丸テーブルに並ぶ3つの座席。薊未和子はその中央にゆったりと腰掛け、タロットのようなトランプを混ぜながら言った。


「今夜、あなたたちに挑んでもらうのは、私が“裏メニュー”と呼んでいるゲームよ。全部で五つ。三つ先に勝った方の勝利。単純明快だけど――頭と心臓の強さが要るわ」


五嶌は腕を組み、警戒したまま視線を逸らさず問う。


「……お前は能力を使わないと保証できるのか?」


薊は笑みを浮かべる。「当然よ。私が能力を発動すると脳波に特有のパターンが生じる。ほら、これを見て?」


彼女は壁の端末を操作し、古びたモニターに脳波測定器の出力を映し出した。青いグラフが穏やかに推移している。


彼女は手元のボタンに指を触れた。「違反した場合、私にも罰が下るよう設定してある。強制的に脳内神経刺激が作動するの。簡単に言えばで電気ショックね」


「……見せるだけじゃ信用できないが」

五嶌は眉をひそめる。


薊は少し肩をすくめた。「さて、ゲームに集中しましょうか。第一ゲームは、【レイズ・オア・ディグ】」


テーブルに専用のデッキが置かれ、薊がそれを広げる。


「ルールはシンプル。13枚のカード、1から13までが揃っていて、プレイヤーと私が1枚ずつカードを引きます。お互いにカードは伏せたまま――中身は絶対に見せない。交互に“宣言権”を持ち、『ライズ(相手より高いと読む)』『ディグ(相手より低いと読む)』『スルー(判断を保留)』のいずれかを宣言できる」


亜佳里が小さく首を傾げる。「スルーって、意味あります?」


薊は頷く。「ええ、スルーは1回まで使える。勝負の見極めが難しいときに使えば、次のターンに宣言が持ち越される。だが、2回目は許されない。失格よ」


五嶌が言葉を挟む。「じゃあ、宣言が当たったら?」


「当たれば1ポイント。そしてこのゲームのラウンドは2ポイント先取制。」


「つまり最大で三回戦い、二回勝てばいい」

五嶌が腕を組んだまま、ふっと鼻で笑った。「面白い。勝負してやろう」


薊はすっと手を差し出した。「では、ランダムにサイコロでプレイヤーを決めましょう。奇数は新妻さん、偶数は五嶌さん」


コロコロ、と転がされた12面サイコロ。奇数――亜佳里。


「わたし?!」


亜佳里は思わず声に出すが、五嶌が肩を軽く叩く。「落ち着け。初手はお前のほうが相手の様子を見やすい」


「なんか…馬鹿にされてる気がします」

薊は苦い顔をしながらカードを切り、1枚ずつ裏向きに二人に配った。


第一ゲーム「レイズ・オア・ディグ」:ターン1(宣言権:亜佳里)

亜佳里はカードを握った手に力を込める。カードの数字は“7”。絶妙に中間。強くも弱くもない。


相手の手札が何かは、絶対に分からない。見えない情報の海で、唯一の頼りは――相手の“揺らぎ”だ。


目の前の薊は微笑んだまま、まるでガラス細工のように完璧な無表情。


「くっ……こんなの読めるわけ――」

彼女は頭を振る。視線が泳ぎそうになるが、五嶌の声が飛ぶ。


「目を見るな。呼吸を見ろ」


――呼吸。


薊の胸元。規則的な呼吸。しかし、そのリズムがわずかに――速い?


「……ライズ!」


薊が小さく笑った。


二人のカードが公開される。


亜佳里:7

薊:6


「お見事」

薊が口元を覆い、笑う。


「えっ、当たった!? マジで?!」


「……過信してたな」

五嶌が呟いた。「今の相手の呼吸は、少し自分のカードに自信がなかった証拠だ。焦ってた」


ターン2(宣言権:薊)

カードが配られ、亜佳里には“4”、薊には何かが配られる。薊は表情を一切変えない。


ただし、今回の薊の動きは先程と違う。少しだけ、口元に笑みが浮かんだ。


「ライズ」


――即答。


カードを公開。


薊:8

亜佳里:4


「……うぐっ」

亜佳里は悔しげに呻く。


「なっ……なんで即答でわかったの?」


「あなたがさっき自信を見せて勝ったのが逆効果になったのよ。次のターンで運を戻すような不安が表情に出ていたわ」


「……うそ、そんなので……」


五嶌が補足する。「心理的な“反動補正”を利用されたな。人間は勝った後、自然に慎重になる。そこを読まれた」



ターン3(宣言権:亜佳里)

カードが配られる。今度の亜佳里のカードは“10”。勝てる……か?


だが――薊が視線をそらし、微かに鼻を鳴らす。余裕のある態度。自信か、誘導か?


「……読めない……どうすれば……」


「一つだけ、ヒントをやろう」

五嶌が低く言った。「“表情”の正体は感情の一貫性だ。何かに自信がある人間は、一瞬でも姿勢を崩さない。だが――誘導のときだけ、人はわざと‘感情のフリ’をする。注意しろ」


亜佳里は思い出す。薊がカードを引いてから、少し顎があがっている。


自信なさげを装っているが――不自然に“魅せている”。


「……ディグ!」


宣言が空気を裂く。


カードを公開。


薊:12

亜佳里:10


「やった……!!」

亜佳里の叫びに、薊が肩をすくめる。


「よく読んだわね。確かに、今の私はわざと“自信なさげ”に見せようとしたの。人の目は、騙しやすい」


【第一ゲーム・勝者:亜佳里 1-0】

亜佳里が深く息を吐いた。こわばっていた指が、ようやく解ける。


「し、心臓が……バクバク……」


「よくやった」

五嶌は小さく頷く。「次は俺の番だな」


薊はカードを回収する。


「いい調子ね。さて、第二ゲームは……どれにしましょう?」


彼女の指が滑る。次なる戦いの火蓋が、再び静かに落とされようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ