第五章「暴乱地<アバランチ>」
公安本部。画面越しに警報画面が映し出され、鬼頭大吾が低く告げた。
「浄水施設で関係者5名が行方不明。雨宮は全身が癌化し死亡、霧島アヤも拘留中にエアエンボリズムで殺された。現場には職員の指紋があるが、部屋にいた記録はない。おそらく瞭然の仕業だ」
「渋滞と電波妨害で、多人数の突入は困難。単独での潜入を頼む」
五嶌は淡々と頷いた。
出発した五嶌のようすを見ていた亜佳里は、拳銃ケースに手をかける。
(真実を知らなきゃ……お兄ちゃんの事件の答えが出せない)
彼女は苦しみながら、五嶌の背中をひそかに追い始めた。
現場への道路はバス停すら通行不能。携帯は圏外、無線もノイズだらけ。
「完全遮断だ。車も人も、何も通らせていない」鬼頭は冷静な声で状況を確認。
「支援は車両を置いて20分後に動く」と告げた。
3. 単身潜入と不意の分断
午前4時。五嶌は施設西壁のパイプから侵入し、亜佳里は緊急口から地下へ。
鉄扉がギシリと閉まり、二人は見えない距離になる。
供給室に近づいた五嶌が銃を抜こうとする――その時、轟音が響き渡る。
「グワァァンッ!!」
巨大な衝撃波が通路を揺らし、防火シャッターがゴゴゴゴ……と降下。亜佳里の視界から五嶌が消えた。
「五嶌さんっ!」
シャッターの奥に消える五嶌を眺め、一瞬の逡巡。亜佳里は冷静になる。
(二波目に備えなきゃ……)
亜佳里は背後の鉄格子を押さえ、隙間から音を聞き取った。
地下タンク室。水が渦巻き、エアサプレッションされた水流が轟音もろとも押し寄せる。
「俺の名は是空!!テメェら温室でぬくぬく育ってきた人間の平穏を破壊し尽くしてやる……!」
是空は水槽の蓋を抉り、圧縮させた水の束で轟く爆風を生成。天井が崩れ、照明が一瞬消える。
亜佳里は携帯式圧力センサーを構えたが、水圧波が強すぎて背筋が凍った。
「くっ……圧縮帯が……収束点を……!」
彼女は水面に潜ってトンネル状の水流を捻り、逆相の超音波装置を起動した。振動が爆裂中心へ直撃、是空の拳の衝撃を“相殺”させた。
その隙に、亜佳里は銃で後頭部を撃ちながら近寄り、首根っこを掴んだ。
「お兄ちゃんの仇……!」
是空は苦悶の声を上げて倒れ込む。闘いは終わった。
5. 闇に紛れた刺客――五嶌 vs 花月
一方、五嶌は防火シャッターの轟音の後、襲われた。彼を壊すように現れたのは五年前に起きた事件のの雰囲気をまとった黒ずくめの男。
「五嶌亮伍とかいったか。久しぶりだな」
その声は凍てつき、左手に浮かぶ狐刺青が闇に揺れる。
花月は刃先を喉元へ滑らせながら――瞬間移動で数度切り裂いてくる。
五嶌は反撃しようにも血を吐き、床に崩れ落ちる。
「俺の名は花月。現人類の大多数は……不要だ。暴乱地は成るのだ、貴様ら皆を葬る」
花月の言葉は文語体の冷徹で、刃が鎖骨へ食い込み、五嶌は意識を失った。
暗闇から銃声が響き、花月は刹那を止め、振り返る。
「ここは壊しすぎて使い物にならんな ふふ……次の幕を、楽しみにしている」
そして彼は壁伝いに消え、闇へ吸い込まれていく。
亜佳里は慌てて五嶌を抱き起こし、床に倒れる彼を支えながら叫ぶ。
「動いてください、五嶌さん!返事してください!」
廊下に散らばる瓦礫、割れた配管。
数日後、白い病室。五嶌は点滴に繋がれ、亜佳里が横に座っている。
「体はボロボロだ。鎖骨は折れているし、肺に穴が開いている。治療には3か月は必要です」
医師の声に、亜佳里は黙って頷き、手を握る。
「私がついてます。必ず、一緒に戦いましょう」
五嶌は彼女の手を握り返し、かすかに笑った。
夜の公安本部。鬼頭はスマホを片手に数名の人物へメッセージを送信する。
「五年ぶりですね。ーーー」