表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才-Psy-  作者: 蒼乃謙十郎
第一部「畜生道」
2/53

第一章「孤狼たちの序章・2」

静まり返った部屋に、二人の息遣いだけが交差する。

 カチリ──乾いた音を立てて、五嶌はエアガンの安全装置を戻した。


「もう一度だけ聞く。何のつもりだ」


 女は肩で息をしながら、唇をきゅっと結んだ。

 表情は思いのほか真剣で、ふざけている様子はない。


「弟子にしてって言ってるんだよ。聞こえなかった?」


「その前に、不法侵入だろ。警察呼ぶぞ」


「呼べば? お兄ちゃんの死因、ちゃんと説明してもらえるのかな?」


 その言葉に、五嶌のまなざしがわずかに揺れた。


 亜佳里は一歩前へ出る。

 肩までの茶髪が揺れ、童顔には似つかわしくない鋭さを帯びていた。


「新妻和昭は、殉職ってことになってる。でも、あの夜の現場、矛盾が多すぎる。監視カメラのデータは消されてるし、報道も途中で止まってる。お兄ちゃんの死は、あんたと関係あるでしょ」


 言葉に詰まりそうになりながらも、彼女は続ける。


「わたし、警察官になろうとした。お兄ちゃんみたいになりたかった。……けど、試験に五回落ちた。毎年、毎年……。バカだって、何度も言われた。でもやめられなかった」


「……」


「それでも無理だった。お兄ちゃんの死の真相を知りたくて動いてたら、ある日、ネットで見つけたの。公安の元刑事が開いた探偵事務所──“五嶌亮伍”。兄が生前、唯一“友達”って呼んでた人。……あんたしかいないって思った」


 息を吸い、叫ぶように言った。


「だから、お願い。弟子にして。なんでもする。掃除でも、書類でも、聞き込みでも……。敵を、兄の仇を──この手で見つけたいの」


 沈黙が落ちた。


 その場の空気を裂くように、亜佳里は部屋の隅に目を向け、壁に飾られた古びた猟銃を手に取った。


「……?」


 見よう見まねで銃口を自身の口元へと運ぶ。

 彼女の手が震えるのが見えた。


「──死ぬ気で来たんだよ。そっちが本気じゃないなら、わたしは……」


 次の瞬間。

 五嶌の声が鋭く割り込んだ。


「やめろ。弾なんか入ってねぇ」


 ピタリと動きが止まる。


「その銃、観賞用だ。分解してもトリガーは引けないし、マガジンも飾りだ。口にくわえる前に、せめて確認くらいしろ」


 ──静寂。

 亜佳里は、ばつの悪そうな顔をして銃を下ろす。


 しばらくの沈黙のあと、五嶌はため息をついた。


「……根性だけは、あるみたいだな」


 驚いたように、亜佳里が顔を上げた。


「わかった…住み込みでいい。ただし、家賃はタダでも、給料は期待するな。三食と雑用、あと週一で警察からの依頼書類の整理が仕事だ」


「えっ、それって……」


「弟子じゃねぇ。雑用係だ。いいな。」


 亜佳里の目が、ぱっと輝いた。


「やった……! え、あの、いつから?」


「今からだ。まずはその足元、散らかった書類を時系列で並べ直せ。時事案件だけ除けておけ」


「う、うん!」


 勢いよく屈み込んだ彼女の動きはぎこちなく、資料の束がまた一つ崩れた。


「おい、余計に散らかしてどうする……」


 五嶌が頭を抱える。

 ──静かに、だが確実に、止まっていた時間が再び動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ