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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蜘蛛型パワードスーツ女VSアンドロイド娘

作者: 日ノ竹京

 月夜に黒く光る八つの足がビルの壁を這う。その素早く規則的な脚の動きは、モチーフだろう蜘蛛というより、ムカデの歩行のような奇妙に心地よいウェーブを描いていた。ビルの窓に丸い足跡を残しながら地面と垂直に進むその蜘蛛は路地の中を駆けるものを見つけて、合金製の前腕を威嚇するように持ち上げた。美しい曲線を描くその足の先は丸く潰れる形になっていて、壁への吸着機構と──銃口の役割を兼ね備えていた。


「逃がさないッ!!」


 蜘蛛型パワードスーツの中心で操縦をする女が怒鳴る。彼女の声に呼応するように黒く大きな足が重心を低くビルに張りつくようにして銃撃の反動に備え、前腕が変形を始めた。浮き上がった艶やかな黒の外殻の内側から無骨なガトリングガンの銃身が露出する。ふたつの銃口が狙っているのは路地を走る茶色いセミロングの髪の娘だ。その腕の中には二、三歳ほどの男の子が抱かれている。大きな蜘蛛を見上げるその男の子の黒髪と、目元のほくろの位置は彼に銃口を向ける女とそっくりだった。


「アタシの坊やを返せ!」


 ビルの壁から、女が一つに結んだ黒髪を振り乱しながら手袋型のコントローラーを身につけた手を前へ突き出す。黒い手袋に光が駆け巡り、直後、銃口から弾が発射され始めた。違法な威力まで改造されたガトリングは一秒足らずで最高スピードに到達し、まるで雨のように路地の中の親子へ降り注ぐ。


「ッ……マザーシステムへ接続、特殊操作──って、やってる場合じゃない!!」


 恐怖の表情で逃げまどうセミロングの娘が叫んだ。その白い喉の中に見えるスピーカーから、キュルルッ、と口頭操作を早回しした甲高いノイズが出力される。


「電磁シールド展開ッ!!」


 彼女が子どもを胸の中に抱きしめた瞬間、彼女の細い背中から白く鋭い羽のようなものがふたつ立ち上がった。衣類を突き破ったそれは文字通り光速で青白い翼を展開し、娘を銃弾の雨から守る。それどころか、緩やかに湾曲した光の羽根から跳ね返った異常な威力の弾丸は、一切速度を落とすことなく主のところへ向かっていった。


「あぁッ」


 蜘蛛の足で生身の体を包み込んで守るも、すり抜けた弾が女の頬を抉っていく。たまらずにビルの上へ飛び上がっていく蜘蛛を見て、娘は防御態勢を解除するともう一度駆け出した。抱いている子どもが唸り声を漏らすと、はっと気がついたように笑みを浮かべて子どもを見下ろす。


「大丈夫、怖くありませんよ。君は私が守ります。だって私は君の『ママ』ですからね」


 そのあやす手つきは慣れたものだ。走りながらも腰の衝撃吸収装置によって上半身は常に安定していて、ふわふわ心地よく揺れる彼女の腕の中で男の子はそのうち目を閉じて眠り始めた。豪胆なものだが……あんな女のもとで兵器ばかり見ていれば、こんな状況にも慣れてしまうものなのかもしれない。だから、それを見かねたご主人様はこの子を連れて逃げ出したのだ。


 彼女は恐怖心を学習してしまい、不良品として解体される予定の自動人形だった。四肢パーツをもがれた体で必死に廃棄場から逃げ出した先で、男と生まれたばかりの息子に出会い新しい四肢と、この男の子を守り育てるという仕事を得たのだ。


 彼女は路地から抜け出すと、きょろきょろと周囲を見回した。夜の街は静かで、昼夜つけっぱなしのモーテルのネオンサインだけが輝いている。その看板の上に、背の高い青年が立っているのを見つけて、娘は急いで彼に駆け寄る。


「ソロモン王!」


 彼は娘が足元に跪いても微動だにせず、目深に被ったフードとマントだけが風に揺れていた。


「この審判をやめてください! 私は彼女に勝てません、『奪い合って勝ったほうが母親』なんて……横暴です! この子に向かって銃を撃つあの女のどこが『母親』なのでしょう!」


 ちらりとソロモンの瞳が見下ろす。しかしその視線は彼女ではなく、少し後ろへ向けられていた。

 直後、娘の体は地面から突き上げられ、膝をついた体勢のまま数センチ浮き上がった。子どもが火がついたように泣き始める。


「このガラクタが!!」


 女のスーツの前腕は銃身から浮き上がった外殻が先端へ集まっており、それが手のように動いて娘の左足を掴んだ。逆さに持ち上げられたかと思うと、女のほうへ引き寄せられる。


「あ! やめて! ま、マザーシステムへ接続ッ……」


 泣き叫ぶ男の子に女の手が伸びて、娘は慌てて男の子を抱え込んで抵抗した。身をよじりながら必死に口頭操作を進める。青い虹彩の中のアイカメラで泣く子どもの表情を見つめながら、その声は段階的に早く、甲高くなっていった。


「特殊操作No.008の使用権限を申請:許可

 パーツ変形を開始 ──失敗

 異常:四肢パーツに操作の互換性がありません


 特殊操作No.502の使用権限を申請:不許可

 再申請:不許可


 ──マザーシステムへの接続を解除


 安全装置を解除します」


 自動人形のうっすらと開いた唇から高速のノイズが止む。そこから先の操作は内部演算のみで処理された。


 カッと娘の全身から光があふれ出る。両足の皮膚を模していた外層が排熱のために開き、顔を寄せていた女は突如高温にさらされてとっさに娘を放り投げた。しかし自動人形の娘が自分の息子を抱いているのだと思いだして、自らのただれた肌にも気づかず「坊や!」と慌てて振り返る。


「……大丈夫ですか、ケガはありませんか……少し、ここに座っていてくださいね」


 暗い道の先には、真っ白いプラスチックと人工筋肉で構成された長い足で男の子を地面に座らせ、布切れになった皮膚を脱ぎ捨てる娘の姿があった。上半身の外層を開いて、陽炎を作りながら胴体や腕のリーチを倍ほどに伸ばし、まるで獣が我が子を守るように四つん這いで男の子の上に覆い被さる。蜘蛛の女をらんらんと輝く青い目で見据えるのに、女は、ヒステリックな言葉にならない金切り声を上げた。


「なんで、お前が、母親ヅラしてるのよ」


 歪んだ唇から唸り声が漏れ、娘の熱で焼かれた目から涙がこぼれ始める。


「お前がアタシの坊やを盗んだんだろうが!!」


「私は盗んでなどいません!!」


 女はその瞬間、なりふり構わず自動人形へ突進を始めた。蜘蛛の足がアスファルトを削り取りながら走り、その爪のついた太い前腕をやみくもに振り上げる。娘は両手を構え、その伸縮する腕で蜘蛛を受け止めた。殺しきれなかった衝撃が彼女を数センチ後退させる。


 その瞬間、幼児の不明瞭で、甘い笑い声が聞こえた。


「オイオイ、それを壊すなよ!」


 自動人形は、主人の声を聞いてハッと振り返った。同時に女も声の主を振り返って、「だって、こいつが!」という甲高い声を上げる。


「ハニー! その自動人形だって誘拐犯の駒かもしれねぇ。ぶっ壊すより、綺麗に取っておいてメモリを取り出したほうがいいだろ? な? だからほら、腕とかだけもぎ取っておけばいいんだよ。お前はバカなんだから言うとおりにしておけって」


「ど……どういうことですか? ご主人様!」


 娘は混乱して暗闇から現れた彼女の主人に向かって叫んだ。


「私はあなたからお子様を預かりました! 誘拐なんてしてません! ご主人様!!」


 男は煩わしそうに手で振り払う仕草をした。「なに言ってんだよ、このポンコツは」


「どうして?」


「どういうことなの?」


 自動人形の娘と蜘蛛の女の声が重なった。その直後、小さな温かいものが二人に触れる。


「んーう」


 生みの母と育ての母の体を掴みながら、男の子は満足そうににこにこと笑顔を浮かべていた。


『──これより、審判を始める』


 まるで全方位から聞こえてくる不思議な声が彼女らを包み込んだ。看板の上に立つソロモンがゆるりと手を高く振り上げ、彼の背後に緑色の光が集まり、巨大な剣のホログラムが現れる。


『争いの──根源を──』


 彼女らが呆然と見上げる前で、剣は緩慢に動き始めた。その鋭い刃は、娘と女のちょうど中心を狙って落ちてくる。


『──切る』


 低い声が言うのに、二人は慌てて刃の下から我が子を遠ざけようと男の子の手を取った。子どもが両腕を引っ張られて痛みに顔を歪めるのに、子どもを引っ張る相手を睨みつけた。


「あなたはなんなのよ! アタシの坊やを離して!!」


「私は、この子を守るように言われたんです!!」


 緑色の光を放つ剣が男の子に近づいていく。だけどこれは審判なのだ。『奪い合って、勝ったほうが母親』だと──


「そうソロモンが言った」と彼女に伝えたのは、あの男ではなかったか?


 二人の顔の間に緑色の刃が差し込まれるのに、自動人形の娘はとっさに男の子の手を離した。蜘蛛を模したパワードスーツから飛び降りた女の腕が男の子を抱き寄せ、地面に尻もちをつきながらも全身で庇う。


 直後、彼女たちの間を剣が分かった。ソロモンの剣が切ったのは、彼女たちに嘘を吐いた男の体だった。


     *


「アタシ、アイツに坊やが誘拐された、身代金が必要だって言われてずっとお金を渡してたの」


 モーテルのネオンサインの下、二人は女の蜘蛛の足をベンチ代わりにして座っていた。処刑されたと錯覚して気絶した男はソロモンの操るホログラムに運ばれていき、ただ、無駄な争いの形跡と二人にとって大切な男の子が残った。


「すみません、私、火傷させてしまって……」


「いいのよ、こんなのすぐ治るから。あなただってそれ、戻らないんでしょ?」


 顔に軽い火傷が残った女が笑いながら自動人形の娘の細長く伸びた体を指差した。つるんとした白い頭部で、娘が小さく頷く。


「ねぇ、アタシ、直してあげよっか」


「ふぇ?」


「そのさ、一応、あのバカがバカしてる間、アタシの坊やの世話見てくれた恩もあるし。アタシ結構腕のいいメカニックよ。コイツも自分で作ったの」


 カンカン、とベンチにしている蜘蛛型パワードスーツを叩きながら言う。「い、いいんですか?」と娘はもじもじ膝に抱きかかえている男の子の頭を撫でながら聞き返した。


「でも、私……戻っても……」


「じゃあ、戻してあげるし今後もメンテナンスしてあげるから……アタシと一緒に、今後もこの子を育ててよ」


 女は冗談っぽく娘の肩を抱き寄せて、白いプラスチックの手と一緒に男の子を抱き寄せた。大きなくりくりした瞳が二人の手の主を見上げて不思議そうな顔をする。


「かーちゃんとママでもいいじゃない?」


「……えへへ、はい。かーちゃんとママでもいいかもしれません」

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